第9話 決着


『Time up!』

 聞こえたシステム音声に、タブレットにくっつけていた顔をあげる。

 と、同時に顔をあげたらしいオサムと目があった。

 どちらからというわけでもなく、同時に口を開いた。

「「……このラウンドが、最後だ」」

 それは、ほぼ確実だろう。

 オサムのゾディアックは、無敵の特殊能力どころか、テオス自体の防御力もほぼ失っている。

 対して俺のギンガは、防具の損傷こそないものの、元々の防御力が低い。ゾディアックのハルバードをまともに受けてしまえばHPが一瞬で消し飛ぶだろう。

「ああ……ボクは、皆の為にも、絶対に負けない!」

「俺も、友達皆の遊び場を守る!」

『3rd round. Action start!』

 お互いの譲れない思いが口をついて出た時、システム音声が最後のラウンド開始を告げた。

 最初の5秒。

「ここは、剣の間合いだ!」

 俺の叫びとともに、ギンガは両手で握ったバスタードソードを構える。狙うのは、相手の素体部分だ。

(一晩かけて鍛えた『刺突』、見せてやる!)

 切っ先をゾディアックに向けた体勢のまま、相手の懐へ向かう。

 一方のゾディアックは、ハルバードを腰のあたりに構えている。

 もしこの一撃を避けられでもしたら、そのままゾディアックの一閃でジ・エンドだ。

「頼む……」

 祈るような視線を送る俺に応えるように、ギンガは足を前後に開き、半身の姿勢をとった。

 両手で握ったバスタードソードを、まるで弓につがえられた矢のように後ろに引き絞る。

 そして――背中から腰にかけて装備している推進器に火が入った。

「行っっけぇぇえええ――ッ!」

 俺の声がオサムに聞こえるより早く、ギンガは飛び出した。

 重量がかさむ銃を捨てて、より身軽になった身体は、バーニアの生み出す推進力をそのままモロに受ける。

 光の尾を引いて敵へ突撃するその様は、彗星そのものだ。

「なん……だって……?」

 オサムは、目の前で起きた現象に、思考がついていっていないようだ。

 ゾディアックも、主同様に構えたまま固まっている。

「今だ、貫け!」

 動かないゾディアックの胴体に、爆発的な加速力がプラスされたギンガのバスタードソードが突き刺さった。

 硬質な音と共に、ド派手なエフェクトと発生した煙がフィールド中を埋め尽くす。

「勝った……のか……?」

 言葉にしても、実感がわかない。

 ややあって――煙が薄れ、テオスの姿がうっすらと見え始める。

 ギンガは、膝を曲げた低い姿勢のまま、両腕を伸ばして剣を精一杯突き出している。

(ゾディアックは……)

 僅かに視線を動かそうとした俺の耳に、喉を鳴らす音が届いた。

「くっくっく……はぁーっはっはっは!!」

 堪えきれずに爆笑し始めた声の主は、オサムだった。

「残念だったね……ボクの勝ちさ!!」

 高らかな勝利宣言。

 それを証明するかのように、煙の中からゾディアックが現れた。

「そんな……まだHPが残ってるのかよ!?」

 愕然となった俺は、平然とハルバードを構えなおすゾディアックの姿を只々見つめるしかできない。黄金色の斧槍は、再び腰のあたりで保持された。

「はっははははは! ゾディアックのステータスはキミのギンガより上さ。それも、《チェンジ・アクト》を捨ててHPや体力上昇を優先してステータスを割り振っている。ギンガよりHPは断然高いよ。 いやぁ、ボクとしたことがすっかり忘れていたよ。その装備で『刺突』をすると攻撃距離と攻撃力がアップするんだったね」

「くっ……」

(確かに、素体のステータスは埋めようの無い絶対的な差だ。 けど、あの攻撃の時のエフェクトはクリティカルヒットになったって事だから、ゾディアックに残されてるHPはそこまで多く無いはず)

 考え続けながら、いつの間にかゾディアックを凝視していた自分に気づく。

「!!」

 その瞬間、俺の脳裏に電流が走った。

(あの体勢……もしかして――)

 2つ目のアクションをすぐさま入れ替える。俺の予測が当たっていれば、おそらく――。

「ふふ……」

 オサムは、せかせかと動く俺を、焦りが抜けた静かな表情で眺めていた。

 やけに長く感じた5秒が終わり、2つ目のアクションを行う時間が来た。

(ここで、全てが決まる……!)

 操作を終え、フィールドに目を落そうとした俺の耳に、オサムの勝ち誇った声が聞こえた。

「ふふふ……どんな小細工をしたか知らないけど、ボクの奥の手の3ゲージアクション『ハリケーン・スラッシュ』には勝てないさ」

「!!」

 オサムが口元を吊り上げながら放った言葉に、思わず目を見開いた。

(3ゲージアクションだって? 3ゲージアクション……だって?それなら――)

「それなら、俺の勝ちだな」

 オサムと同じく、こっちも口の端をゆがめる。

「ムッ……強がりはみっともないよ?」

 おもしろくなさそうに、オサムは憮然とした顔を向けてくる。

 しかし、俺の余裕は微塵も揺らがない。

「さぁ、どうだろうな……ほら、結果は見えたぜ」

 俺の言葉に、フィールドに視線を向けたオサムは、目を丸く見開いたまま固まった。

「そんな……バカな……」

 白いフィールドの上では、ゾディアックがハルバードを頭上に掲げて回転させていた。ハリケーンの名前の通り、周囲に竜巻が現れ始めている。

 しかし、その標的であるギンガは刃や竜巻の餌食にはなっていない。

 彼女はちょうど、ゾディアックの立つ場所から遠くの位置に着地したところだった。

「見ての通り、俺が2つ目のアクションで選んだのは『距離をとる』だ」

 してやったりの表情を見せる俺に、オサムは愕然となった。

「何故だ!? ハルバードより攻撃範囲の狭いバスタードソードを持ってるギンガが、近づいてこない理由なんてないはず! 遠距離では頼みの綱の銃を捨てていれば、なおさら距離を縮めるはずだ!」


 ――3ゲージアクションは、高い命中率と攻撃力を持っている一方で、熟練者から見れば明らかな欠点があるの――


 夜に聞いたマサミの言葉を頭の中でリフレインさせながら、俺はバトルの末に見出した決定的勝因を告げる。

「3ゲージアクションは、2アクション目の攻撃が当たらなければ、3アクション目の攻撃には繋がらない!2アクション目さえ避けられれば、3ゲージアクションは封殺できる!」

 そう、思い返してみれば、昨日のオサムとのバトルから攻略のヒントは出ていたのだ。

『コネクト・ザンバー』は、軽く引いたハルバードの刺突を相手にあてて体勢を崩させた上で、回転斬りを直撃させる。最初の刺突の際にテオスが纏う赤いオーラが、3ゲージアクション発動の合図だったのだ。

「まさか、一晩の間にそこまで理解しているなんて……一体キミは、何をしてきたんだ……?」

「ちょっとした特訓さ」

 オサムの言葉に、俺はさらりと答えを返す。努力ってのは自分の中でする物で、他人に誇るもんじゃない。

「だ、だけど、これで勝ったと思わない事だね。ゾディアックのHPを0にしなきゃ、勝負はつかないんだから」

「削りきってみせる。仲間たちの為にも、つきあってくれたマサミの為にも……そして、俺のプライドにかけて!」

 足掻きのようにオサムが並べた言葉を、内から沸き上がってくる思いで、一刀両断する。

 そして、最後の5秒が訪れる。

 3ゲージアクションの発動を失敗したゾディアックは、元の構える姿勢に戻っていた。けれど、その姿勢は命令をされていない待機状態と同義だ。

 一方、ゾディアックからみて中距離の位置に立っているギンガは、両手で持ったバスタードソードを顔の横に構える。

 フィールドと水平になった刃は、フィールドの光を受けて重厚な輝きを放っている。

 上半身の体勢をそのままに、ギンガは歩き出す。

 ゆっくりとした歩きだしは、すぐさま全力疾走へと変わった。

「もっとだ……もっと……」

 俺の願望に答えるように、ギンガの纏っている装甲が可動し、バーニアが後方に集まっていく。

 そして――バーニアに一斉に火が入った。

「行っけぇぇぇぇえええええええッッ!!」

 叫びに後押しされているように、ギンガの加速は止まらない。

 さっきの突きが隕石なら、今度の突きは一本の巨大な刃だ。

 光の刃の切っ先を司るのは、バスタードソードを構えたギンガ。

「ぐ……ゾディアック、堪えるんだ!この一撃で耐えきれば、逆転できるチャンスが来る!!」

 オサムも、ゾディアックに声援を送る。

 そのゾディアックは、ギンガの生み出した巨大な刃に突き刺されたまま、フィールドの四方を覆うアクリルボードへたたきつけられていた。

 そして、勝負の行方を見守る店内が静寂につつまれている中、システム音声が無感情に勝敗を判断した。

『HP of Zodiac 0! Winner Ginga!!』

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