第8話 破壊と気づき
最初のアクション決定時間。
俺はバトル前から決めていたアクションを3つ、さっさとバーに放り込んだ。
『離れる』『構える』『撃つ』の3つ――すなわち、遠距離からの銃による射撃だ。
銃は『構える』アクションをしなければ発射できないという欠点があるので、最初のラウンドは丸々使いきるしかない。
しかし、そうするだけの利点はある。
正面から見たところ、ゾディアックは遠距離武器を持っていない。
そうであれば、相手の攻撃の届かない距離から、ギンガだけ一方的に攻撃ができる。
いくつか懸念する事態はあるが、成功すればこれ以上ないアドバンテージになりうる。
(味気ないけど、物足りない感じはするけど……それでも、俺は勝たなきゃいけないんだ!)
悔いがどうしてもぬぐい切れない心を言い訳で封じながら、OKをタップ。
『Time up!』
システム音声に、タブレットに落としていた視線をフィールドへ向ける。
無言のまま白い盤上にたつ2体のテオスを凝視していると、前から声がかけられた。
「まずは、小手調べをさせてもらうよ。背負ってる銃の威力も見たいしね」
「!!」
びっくりして顔をあげた俺に、オサムは肩をすくめた。
「何を驚いているのさ、アップデートは国内で共通じゃないか。でも、ゾディアックのブリュンヒルデもそのおかげでちょっとだけ強くなったよ」
「何……?」
『1st round. Action start!』
問答は、システム音声によって強制終了となった。
怪訝な顔をしたまま、俺は再度盤面へ視線をもどした。
最初の5秒。
ギンガは予定の通り、ゾディアックから離れる。
ゾディアックは――そう視線を動かす俺の心は、不安に揺らいでいた。
(ここで追ってこられたらマズい)
もし、ゾディアックが距離を詰めてきたら、これからの行動は無駄になる。それどころか、相手にとって完全な隙をみせる状態だ。
オサムは、ギンガの背部武装が銃であると気づいていた。遠距離武装を持っていないゾディアックが近づいてこない理由はない。
(読みが甘かった……っ!)
己の浅慮に奥歯を噛みしめながら、祈るようにして、黄金の騎士の動向を見つめる。
ゾディアックは、その場から動かず、自慢の金ピカハルバードを構えるだけで終わった。
「何……?」
怪訝な表情をする俺に、オサムは余裕たっぷりの顔で口を開く。
「撃ってきなよ、その銃の威力がどんな物でも、ボクのゾディアックには効かないから」
「効かない……だって?」
「ふふふ……」
意味深な笑みを浮かべるオサムから、テオスたちへと視線を戻す。
アクションは、2つ目から3つ目に移ろうという最中だった。
俺から見て手前には、折り畳んで背負っていた銃を展開し終わり、長い銃身を構えようとするギンガがいる。どうやら、2つ目のアクションまでは問題なく行えたようだ。
では、ゾディアックは2つ目のアクションで何をしたのか。
疑念を持ったまま奥の金ピカ鎧に視線を移した俺の頭に、疑問符がさらに増えた。
「動いてない……?」
そう、ゾディアックはその場から微動だにしなかったのだ。ハルバードすら全く動かさず、まるで固まってしまったかのように。
『構える』と同じようにも見えるが、それよりもさらに動きを抑えている。何も変化がないかと聞かれれば、5秒前よりすこし鎧の赤の色合いが強くなっている事だろうか。しかし、それが何の効果を持つのか、見当もつかない。
「……?」
答えを探すように顔をあげた俺の視界に入ったオサムは、さっきと同じ笑みを続けている。
「ふふふ……さぁ、最後のアクション開始だ」
自信に満ちたオサムの声に俺の視線は盤面に戻った。
最後の5秒。
ギンガは、構えた銃の狙いを定め――引き金を引いた。
ガォン!
このゲームでは聞いたことの無かった《発砲音》が、周囲に響く。
すぐさま、ゾディアックを見る。
金の鎧に身を堅め、斧槍を構えた騎士は、最後のアクションだというのにその場を動かない。
(動いていない……何かを待っているのか?……いや、集中をしている様にも見える……)
ゾディアックの挙動とオサムの考えに思考を巡らせながら盤面を見つめる俺は、ある変化に気づいた。
(……ん?ゾディアックの周り、何か赤いような……)
ゾディアック自身どころか、周囲のフィールドを円形状に包み込んでいる赤い光に気がついた直後――、
バシッ!
赤い光がゾディアックの周囲を障壁のように包むと同時に、火花のようなエフェクトが煌めいた。
「何!?」
エフェクトが霧散した後には、ハルバードを大きく横に振り切った体勢のゾディアックの姿。
黄金の鎧には――目立った傷はなかった。
「ウソ……だろ……?」
呆然とした俺の口から、言葉がこぼれた。
「あっはははははは!どう!?ブリュンヒルデの新しい特殊アクション『バレット・ブレイク』さ!ブリュンヒルデの持つ炎の属性を付与した正確無比な斬撃で銃弾を切り裂くアクションは、その大きな銃でも突破できなかったね」
我慢しきれないという様子で、オサムは大笑いしながら今のアクションのタネ明かしをする。
「……くっ!」
『Both survival.(両者生存) Next round start!』
システム音声が告げた思考時間のスタートに、俺は一旦悔しさを心の奥へしまい込むと、ギンガのとる次の行動を決めるべく、アクション一覧に目を落とす。
軽くななめ読みし終えた時、あるアクションがなくなっているのに気づいた。
(……あ、『構える』がなくなってる)
しかし、考えてみれば当然の事だった。
現在のギンガは、すでに銃を『構え』終わっている。わざわざ再び『構える』必要がないのだ。
銃弾の再装填も終え、あとは引き金を引くだけの体勢をとるギンガを見つめていた俺の思考に、閃光が走った。
(今できる体勢のアクションの中から選ぶというなら――)
自分の推測に則って、3つの1ゲージアクションを振り分ける。
『Time up!』
筐体から聞こえる声に、視線をタブレットから盤面へと向ける。
「おや? 秘蔵の切り札を破られた割に、あんまりヘコんでないね」
「落ち込むのは、昨日で終わったんだ」
意外そうに片方の眉をピクリとさせたオサムに言葉を返しつつ、俺はシステム音声に集中する。
『2nd round. Action start!』
(始まった……!)
さらに気を張り、盤面とタブレットを凝視する。
最初の5秒。
ゾディアックは、再び『構える』の姿勢をとっている。鎧がほのかに赤く光り始めているのを見ると、どうやらさっきの『バレット・ブレイク』を狙っているのだろう。
(よし、狙い通り……)
昨日の戦いで、俺は効果が無いと知りつつ、同じ行動を取ってしまった。今なら、それが悔しさに駆られた愚かな行いだったと反省できる。
しかし、そんな戦いにも意味はあった。
(オサムは俺を、バカの一つ覚えしかできないヤツだと思っている……実際その通りだけど、今は昨日よりは冷静だ。アイツの過小評価を逆に利用してやる!)
「ギンガ――走れ!」
俺の声が届いたかのように、ギンガは巨大な銃を構えたままフィールドを疾駆する。
俺が選んだ一つ目のアクションは『近づく』だった。
「やれやれ……無茶苦茶するね。近づいたら、遠距離武器じゃ攻撃できない。それくらいは使っていなくてもちょっと考えれば分かるだろう?」
オサムは、そう言って肩をすくめる。
「やけっぱちだな……」
「近づいてから武器を持ち換えるとかやっても、このラウンドでまともな攻撃ができるわけがない」
オサムの友人達のギャラリーも、口々にそう漏らした。
俺の選択を、頭に血がのぼった行いだと思っているのだろう
「…………」
俺は嘲笑には答えずに、だたフィールドとタブレットを黙視するだけだ。
次の5秒。
ゾディアックは『バレット・ブレイク』の為の姿勢をとり続ける。
今度は、鎧から赤い光がフィールドに広がっていくのがしっかりと見てとれた。
(やっぱり、あの鎧――ブリュンヒルデがアイツの根幹なんだ)
防御だけではなく攻撃にも作用するその効果範囲の広さは、確かに頼りたくなるのもわかる。
(でも、逆に言えば――)
考えを纏めながら、ギンガに視線を向ける。
銀髪の軽戦士は、まだフィールドを疾走していた。腰の部分にあるスラスターも噴かしているその速度は、まるでフィールドに青と銀のラインを刻んでいるかのようだ。
「まだ……突っ込んでくる!?」
ギンガの全力疾走に、オサムは驚いているようだった。
しかし、見開いた目をすぐに細めると、さっきと同じように肩をすくめて口を開いた。
「逆に好都合だよ。『バレット・ブレイク』は矢弾を迎撃するだけじゃない。その斬撃自体も強力な一撃になる。わざわざ攻撃範囲に入ってきてくれるなんて――」
オサムの言葉が途切れた。
俺は、操作を終えたタブレットを握りしめると、フィールドに集中する。
オサムが黙ったのは、ギンガが大きく膝を曲げ、身を屈めたからだ。
最後の5秒間が始まったのだ。
「まさか、ここで『飛び上がる』をするのか?なるほど、確かに『バレット・ブレイク』の直撃は避けられるだろ――」
「それだけじゃない。ギンガの動きを見てればわかるぜ」
操作が終わって余裕を取り戻した俺は、軽口を返しつつ、ギンガとゾディアックを見つめる。
大きく身を屈めるギンガ。そのすぐ前には、赤々と光を放つゾディアックが、身の丈以上のハルバードを野球のバッターの様にふりかぶって立っている。
そして、その赤色の刃が真一文字に薙ぎ払われた瞬間――、
「今だッ!」
思わず気持ちが溢れた叫び声と同時に、ギンガは銃を正面に向け――引き金を引いた。
ガギャッ!
弾丸が撃ち出された音と鎧に当たった音がほぼタイムラグ無く響く。
「銃を撃った……? そうか、《チェンジ・アクト》を使ったね!?」
「ああ。『飛び上がる』を『撃つ』で上書きしたんだ。こうすれば、『飛び上がる』の初期動作で体を丸めているギンガの上を、『バレット・ブレイク』の刃が通り抜けると思ってな」
「そして、そのガラ空きになったお腹に向けて銃を撃ったという事か……しかし、銃は――しかも大型のその銃なら、絶対に『構える』アクションが必要になるはず! いったいどうやって……」
「《チェンジ・アクト》で入れ替えるアクションは、ラウンド開始時点で使用可能なアクションから選ぶだろ? ギンガはさっきのラウンドの最後で『撃つ』を選んでいたから、『構える』を選択する事ができなかったんだ。でも、『撃つ』は選べた。だから、考えたんだ――《チェンジ・アクト》を使えば、『構える』をキャンセルできるんじゃないかってな」
「……」
無言のまま苦々しい表情を浮かべるオサムの視線は、自身のテオスであるゾディアックに注がれている。
ゾディアックの胴体を覆っている黄金の鎧・ブリュンヒルデ。
そのわき腹部分には、ギンガが放った銃弾がしっかりと食い込んでいる。
――ピキ
かすかな音は、ギャラリーたちが固唾を飲んで見守るデュエルスペースに、はっきりと響いた。
……ビキビキビキッ!
銃弾を起点にして縦横無尽に疾走する亀裂は、みるみる胴部全体に広がっていき――
バキャアア!!
ゾディアックの首下から腰までを覆っていた鎧は、粉々に砕け散った。
破片は、フィールドに落ちる前に青い粒子へと還元され、やがて見えなくなった。
「どうだ!! これで『バレット・ブレイク』も『コネクト・ザンバー』も使えないぞ!」
2つとも、鎧と武器が揃って初めて使用可能になる技なので、例え武器を手に持っていても発動させる事はできないのだ。
勝利に等しい歓喜の声をあげる俺に、オサムは肩を震わせながら叫んだ。
「まだだ……まだ、終わってない!!」
そして、自分のタブレットを俺に突きつけて再び口を開く。
「ボクのゾディアックはまだダメージ0だ! 今度はさっきみたいな奇策は使えないんだぞ! ボクは負けない……絶対に……負けるわけにはいかないんだ!!」
胸の奥底から吐き出すように叫び声をあげると、オサムは手元に戻したタブレットに熱のこもった視線を落とした。
『Both survival.(両者生存) Next round start!』
システム音声が響くと同時に、くっつくくらい接近していた2体のテオスが、お互いに跳びすさる。近距離のアクションスタート位置まで移動したのだ。
思考時間が開始したというのに、俺は集中できずにいた。
「…………」
オサムの必死さに、俺は一人の男子の姿を重ねていた。
紛れもない、昨日の俺自身だ。
「くっそぉ……」
悔しさがありありと伝わってくる声に顔を上げると、涙を端に溜めたままの両目でタブレットを凝視するオサムの姿があった。
さっきまでの余裕はすっかり消え失せ、頭をがりがりと掻き毟りながら必死にアクションを考えている。
しかし、そんなカッコ悪さを見せてしまう理由が、俺には痛いほど分かる。
オサムも、自分の為だけに戦っているわけじゃないからだ。
今、周りでこの戦いを見つめているギャラリーたち――友達たちと一緒に遊ぶ場所を手に入れる為に、戦っている。その目的の為に、ただガムシャラに。
「……」
周囲のギャラリーを見回してみる。さっきまでは疎外感や気を張っていたせいもあって、ロクに見えていなかったからだ。
(年は俺の仲間たちと同じくらいか……人数も同じくらいだな――あ、そうだ……)
ふと心に浮かんだ、淡い希望。
それは、実現すればとても素敵な事だろう。
(それを実現させるためにも、この戦い、絶対に勝ってやる!)
さっきまでとは違う種類の闘志に突き動かされ、俺はタブレットの画面に触れる自分の指を見つめる。
(俺は、友達の為に戦っている……なら、あいつ等に胸張れる戦いをしなきゃだよな……俺らしい戦い方で勝ってこそ、本当の勝利だ!)
決心と共に、ページをめくっていく。
たどり着いたのは、装備している武装のページ。
(マサミ、ごめんっ!)
装備中の銃を外す。
すると、ギンガが握っていた長大な銃は瞬く間に塵となって消え、代わりに準装備状態にあったバスタードソードが、ギンガの手に戻った。
(この操作、ルール上は『武装を落す』アクションに近いって理由で違反にはならないグレーゾーンだから、やるのはマズイんだけど……でも、遠距離武器にばっか頼って勝つなんて、俺らしくないぜ!)
迷っていた心を振り切り、新しい気持ちで俺はアクション一覧を眺める――。
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