第7話 再戦開始


「――ケ様、ダイスケ様」

「ん……」

 優しく揺すられる感覚に、ぼんやりと目をあける。

 そこには、スーツを着こなした老紳士が俺を覗き込んでいるのが見えた。

「あ、ロウさん……」

「おはようございます。ダイスケ様」

「おはよ……ふあ……」

 挨拶を返そうと開いた口からは、代わりに大きなあくびが出た。

「ここは……?」

 背中を包む柔らかい感覚に、周囲を見回す。

「あれ……なんで俺、ベッドに……?」

 俺が寝ていた場所は、まるでホテルの一室のような部屋だった。

「僭越ながら、わたくしが部屋までお連れしました。朝、遊戯部屋を覗いた所、お嬢様もダイスケ様もお眠りになられておりましたので」

「はぁ……あ!」

 意識が完全覚醒した俺は、上半身を跳ね上げた。

「今、何時ですか!?」

「午後2時でございます」

「もうそんな時間!?」

 再戦の時間は3時。この屋敷には大体30分くらいで着いたから、ギリギリセーフか。

「俺、行かなきゃ!」

 ベッドから飛び降りた俺に、ロウさんはカバンを差し出してくれた。俺が筐体の横に置きっぱなしにしていたカバンだ。

「玄関は、この部屋を出て左に進んでください。いってらっしゃいませ」

「ありがと!」

 深く頭を下げるロウさんに礼を言うと、俺は部屋を後に走り出した。


 広くて長い廊下を疾走する。

 左右の壁に掛けられた絵画や置かれた食器類なんて見ている余裕もない。

「はぁ……はぁ……やっと、扉が、あった……」

 まるで、校庭を端から端まで走りきったような疲れ方だ。

 肩で息をしながら、でかい扉を押し開く。

「あ――」

 夏の陽射しが降り注ぐ門のかど。

 陽光を避けられる場所に、淡いピンク色のワンピースを着たマサミが立っていた。

 ストレートにした髪が、夏の風と日の光を受けて黄金のように輝いている。

 まるで、一晩でぐんと年上になってしまったような錯覚をしそうになった。

「おはよう。眠れたかしら?」

 まさにお嬢様という言葉がぴったりな姿に、思わず俺は見とれてしまっていた。

「ちょっと、聞いてる?」

 と、固まったままの俺に、マサミは唇をとがらせて不満そうな声を漏らした。

 とたんに、歳がぐんと近づいたような気がして、俺はようやく口を開けられた。

「あ、ああ……眠れた。ありがとう」

「それはよかったわ。ホビーショップにいくんでしょ?私も行くから、案内して」

「来るのか!?」

 まさかの発言に、俺は大声で聞き返した。

 マサミは、俺の驚きを意に介した風もなく、腰に手をあてた。

「当たり前でしょ?私が一晩かけて鍛えたんだから、結果を見たいわ」

「そ、それもそうだよな……」

「あと、これをあげる」

 言いつつ、マサミは肩にかけていたバッグから取り出したタブレットを手早く操作する。

 程なくして、俺のタブレットに『アイテム受信』のウインドウが現れた。

「これ……」

 タップしてアイテムの姿を見た俺は、それまで見てきた既存の装備とは全く異なる物に、数瞬の間言葉を失ってしまった。

 渡された装備――それは、銃だった。

 しかも、ただの銃じゃない。両腕で保持しなければならないくらいのサイズと、ギンガの上半身はあろうかという長い銃身を備えている。

「今朝のアップデートで解禁された、遠距離武器の新カテゴリーよ。ギンガが持てる一番大きいサイズを選んでおいたわ」

「これを、くれるのか……?」

「ええ。ブリュンヒルデの防御力を破るなら、これを使った方が手っとり早いわよ」

「……わかった。サンキュ」

 一言だけ礼を言うと、俺はマサミに背中を向けて歩き始める。

 ありがたさと、どこか感じる物足りなさ――そんな感情がない交ぜになった顔を、アイテムを渡してくれた彼女に見せるのは、失礼だと思ったからだ。

(俺の為を思って、わざわざ渡してくれたんだ)

 そう思いつつも、どこか釈然としない心を拭いきれない。

「銃は、特殊なアクションがかなり多いわ。まず――」

 マサミが親切にしてくれる説明を聞きながら、俺は彼女と一緒にホビーショップの自動ドアをくぐった。


 仕切りののれんをくぐって入ったデュエルスペースは、まるで全く別の場所になってしまったような印象を受けた。

 壁に貼られたポスターや自販機、ゲームの筐体などはなにも変わっていない。

 しかし、そこに集まっている人間は、全員見知らぬ他人ばかり。

 とてもよく知っている場所のはずなのに、まるで安心や楽しさを感じない――そんなスペースに、たった一日で変貌してしまっていた。

(俺の……俺たちの遊び場が……)

「大丈夫……? 顔色、悪いわよ?」

「あ、ああ……大丈夫」

 横に立っているマサミに肩を叩かれ、茫然自失になっていた俺はようやく自分を取り戻した。

「ん……? あ、本当に来たんだね」

 奥からかけられた声に、胸の奥から自然と闘志が燃えあがってくる。

 格好悪く、ベソをかきながら逃げ出した自分――フラッシュバックしてきた一日前の醜態を心の奥底に閉じこめると、俺は声を張り上げた。

「ああ。約束通り、このデュエルスペースを賭けて、もう一度俺と戦え!」

「いいよ」

 返ってきた言葉は、とてもあっさりとしたものだった。

「今朝のアップデートで変更や追加になった物も多いし、丁度良い相手が欲しかったんだ。そう――」

 一旦言葉を切ったオサムは、まっすぐ俺を見返すと、口角を上げながら再び口を開いた。

「適度に実力の劣る相手が、欲しかったんだよ」

「貴様……ッ!」

「皆、少し待ってて。30秒で片づけるから」

 自分が勝つ事を確信しているオサムの態度に、俺は奥歯をきつく噛みしめながら、タブレットを取り出す。

「じゃ、私は外のモニターで見てるわ。がんばりなさい」

「特訓の成果、見ててくれよな」

 肩を軽く叩いて踵をかえしたマサミに軽口をまじえて答えると、タブレットの同期を開始する。

「今の子、どっかで見たような……まぁ、いいや。こっちは準備できてるから、さっさとキミのテオスを出しなよ」

「言われなくても……」

 マサミにもらった銃のページを、白紙だった遠距離装備のページに上書きし終えた俺は、声を張る。

「テオス、セッタップ!」

 俺の声を認識した装置に、接続のランプが点り、フィールドにギンガが実体化していく。

「ほほぅ……これはまた――」

 光の粒子が形作っていくギンガの姿を見たオサムの口から感嘆ともとれるため息が漏れた、

「ずいぶん、強化したじゃないか」

「ほとんど寝ないでバトル三昧だったからな。当たり前だ」

 今のギンガは、昨日のギンガとは別のテオスと言っても過言ではないくらいに変わっている。

 ステータスからして段違いだが、外見の装備だけでもかなり異なる。

「昨日のポイントアーマーセットから、腕部は体力と筋力アップのショルダーアーマーとガントレッド。脚部は素早さと防御アップを兼ねたレッグガード。さらに、腰部の特徴的なスカートアーマーによって素早さと攻撃力をあげているね。なるほど、昨日の猪突猛進をより突き詰めたってわけだ。武器は……同じバスタードソードタイプではあるけど、質の高い物に換えたのか」

「…………」

 ギンガの装備の内訳をすらすらと説明して見せるオサムに、俺は言葉がでなかった。

「驚くことはないさ。その装備はボクも使った事があるから知っているだけだよ」

 そう言いおいたオサムの目が、鋭く細められた。

「しかし……それを装備できるとなると、あんまり余裕ぶっていると足下をすくわれるかな?」

 一段トーンの低い声に、オサムが本気になったことを俺は感じ取った。

「それに、背面に懸架している黒い筒……みんな、ごめん。待ち時間を1分に延長するよ」

 周囲に声をかけつつ、オサムはタブレットをタップする。

 俺も、画面に表示された『Battle start』の文字をタップした。

『Tablet set!』

 閲覧モードからバトルモードに切り替わっていく画面とオサムのゾディアックを交互に見ながら、俺は戦術をいくつかパターン分けして組み立てていく。

『Set up finish! Battle start!』

 システム音声が、運命の火蓋を切って落とした。

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