第5話 休憩
「いったん休憩しましょ。少し疲れたわ」
「ああ……」
疲れたという割にはテキパキとした動きで内線電話に手を伸ばすマサミを見ながら、俺は床にへたりこんだ。
「つ、強ぇ……」
やるからには本気で――その言葉に嘘偽りは全く無く、毎バトル毎ラウンド、俺のギンガはことごとく弄ばれた。
必殺技など使わなくとも、十分すぎる程に実力の差を痛感させられた。
(だけど……)
得るものが全く無かったわけじゃない。
俺は、ポイントを振り分けて強化したステータスに合う武器を、色々と試していった。普段は使うことの出来ない武器や防具を、惜しみなく使えるこのバトルは、それだけでも価値がある。
武器によって変わるアクションや武器固有のアクションなどを試行錯誤してみるのは、それまで味わった事のない楽しさだった。
ギンガが纏っている防具もバトルの度につけ換えて、武器との相性を探している。
そして、様々な武器を使ったからこそ気づいた事がある。
(オサムは、強い……)
昼に戦ったときは漫然と武器の差ぐらいにしか考えていなかったが、いざアイツの使っていた武器であるハルバードをギンガに持たせてバトルした時、俺はハッキリ思い知らされた。
ハルバードは、万能武器だ。
槍の刺す能力と斧の斬る能力を両立し、さらにもう片方についている鉤爪で相手を転倒させるなど、おおよそ近接武器でできる事は網羅しているだろう。
だからこそ、俺には難しかった。彼我の体勢や予測できる行動に的確にあわせなければ、ハルバードの威力は半減してしまう。与えられる15秒という時間の中でそれを判断してアクションを決めるには、俺のバトルの経験では到底足りなかったのだ。
(もっと色んな相手とバトルしないと……)
「疲れたのはわかるけど、イスにくらい座ったら?」
頭上からかけられた言葉に、思考を中断して顔を上げると、マサミがイスを持ってきてくれていた。
「あ、ああ……ありがとう」
「眠気覚ましにコーヒーを頼んだけど、飲める?」
見た目同い年なマサミに子供扱いされ、俺は思わず口をとがらせた。
「大丈夫。ブラックでも全然ヨユー」
「あら、意外ね。甘いのとか好きそうなのに」
「なんで?」
「そういう顔してるわ」
「顔って……どんな顔だよ。あんまり甘いのは食べないんだ。金がかかる割に腹にたまらないから」
「ふぅん……」
俺の答えに複雑な顔をするマサミ。
と、そこに、扉のノブが動く音が聞こえた。
「あまり夜更かしが過ぎますとお体に障りますよ」
ロウさんは釘を刺す言葉とは逆に、静かにコーヒーカップを2つと、ケーキを置いてくれた。
「コイツを明日の昼過ぎまでに強くしなきゃいけないんだもの。時間がもったいないわ」
言い訳をこぼしながら、マサミは優雅な動きでコーヒーカップに口をつける。
「ダイスケ様も、冷めないうちにどうぞ」
「サンキ――ありがとう……ございます」
丁寧に接してくれるロウさんに、こちらも思わず敬語で言い直してしまっていた。
マサミを見倣って、ゆっくりとコーヒーをすする。
程良い温度で喉を通り過ぎていった後、芳醇な香りが鼻を抜けていく。
「……おいしい」
「お口に合って、ホッとしました」
思わずこぼれた感想に、ロウさんはニコニコ顔を浮かべた。
「ところで、ダイスケ様。今一度確認しますが、ご自宅の方にご連絡などはしなくてよろしいのですか?」
この屋敷に入る際に聞かれた問いが、再びロウさんからなされる。
最初の時は、説明も面倒だったから簡単に断っただけだった。
だけど、今なら話しても良いだろう。
「……俺、一人暮らしなんだ」
「ほう、そのお年でですか」
「あ、両親はちゃんといるよ。けど、父さんは考古学者で海外に行ってて、母さんは天文学者で研究室に篭ってる。二人とも、たまに帰ってきても、コーヒー飲みながら書類と格闘して、部屋から滅多にでてこないんだ。だから、ほとんど一人暮らしみたいなもんなんだ」
「そう……立派なご両親ね」
感心した様子の感想は、マサミの口からでたものだった。
いつもなら、「大変ね」とか「一人でえらいね」なんて言われていたので、反応に困る。
「えっと……仕送りもらってるから食べるには困らないけど、遊びにそんなにかけられないんだ……ところで、何で俺を誘ったの?」
「……」
無言のまま、しばらく口を開こうとしないマサミ。
沈黙が支配してしまった空間の中、俺の心の中では様々な想像が駆け巡っていた。
(やべっ!俺、何かヘンな事聞いたか!?まずかったのか!?)
とっさに横のロウさんへ視線で助けを求める。
しかし、ロウさんは促すような表情でマサミを見つめている。
(どうする……どうする……?)
どうやって口を開こうか悩みに悩んでいた俺の耳に、マサミのかすかな呟きが届いた。
「……寂しかったの」
「寂しい?」
意外な言葉に、思わず俺はマサミの顔を覗き込む。
「船に乗る前は久しぶりの日本だってワクワクしてた。だけど、いざ着いてみたら友達が一人もいないのに気づいたの……そうしたら、急に寂しくなってきて……」
消え入りそうな声で、ぽつりぽつりとつぶやくマサミに、俺はわざと明るく大きな声を張った。
「なぁんだ、そういう事か」
「なんだって……」
ムスっとした顔をこちらに向けてくるマサミに、俺は自分の胸をドンとたたいてみせる。
「友達なら、一人できたじゃないか」
え、と疑問符を浮かべたマサミに、俺は笑顔で自分を指差す。
「こうやってずうっとバトルしてるんだから、俺とマサミって友達だろ?」
「あ……」
ハッと気づいた顔を一瞬だけ俺に見せたマサミは、すぐさまうつむいてしまった。
どうしていいかわからず、横のロウさんにこそこそ話しかける。
「……俺、何か気にさわる事言っちゃったんですか?」
「いいえ。逆でございますよ」
さっきと同じ、いや、それ以上のニコニコ顔で俺とマサミを見つめるロウさん。
「……?」
蚊帳の外におかれたような気分になりながら、俺はマサミが顔をあげるのを待った。
手の甲で顔をゴシゴシやって、ようやく俺に向けられた顔は、さっきまでと同じ、すこし高飛車な中に優しさが垣間見える表情をしていた。
「そうね……ありがとう。ダイスケ」
少し赤くなった目。その青い瞳は、溜まった涙がシャンデリアからの光を反射して星のように輝いている。
「お、おう……それじゃ、バトルしようぜ!ロウさん、ケーキとコーヒーごちそうさまでした!」
何か妙な方向に流れようとしていた雰囲気を壊そうと、俺は早口でまくしたてて椅子を飛び降りた。
「少し待ってて。顔を洗ってくるわ」
「お、おう」
扉が閉まるのを背中で聞きながら、俺は飛び跳ねる心臓を諫めるので必死になっていた。
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