第4話 圧倒

 バトル開始直後、まずは、アクション決定時間として15秒が与えられる。

 各プレイヤーはこの制限時間の間にテオスに取らせたいアクションを一覧からバーにはめこんで決定するのだ。

(まずは……といっても、悩む程選択肢はないけど)

 俺の行動は単純明快。

(剣の届く距離まで近づいて、ぶった斬る!)

 これだけだ。

『近づく』『斬撃(縦)』『斬撃(横)』という3つのアクションを、1つずつバーまでスライドして離すという動きを繰り返し、最後にOKをタップする。

『Time up!』

 システム音声が厳かさすら感じる声色で、アクション選択時間の終了を告げた。

「最初の動き、どう出るか楽しみね……」

 つぶやきに顔をあげると、マサミが目を細めてフィールドを凝視しているのが見えた。

「さっき道で言ったこと、覚えてる?」

「え?」

「吠え面かかせてやるって言ったのよ」

 顔をあげたマサミの口元に妖しい笑みが浮かんでいた。

『1st round. Action start!』

 システム音声と同時に、アクションをスワイプしたバーが減っていく。

 同時に、フィールド上の2体のテオスがそれぞれ動き始める。

 最初の5秒。

 俺のギンガは猛然とダッシュしてミルケイとの距離を詰める。一方のミルケイはハルバードを両手で構えて身を屈めた。

 次の5秒。

 ギンガは頭上に大きく振りあげたバスタードソードをミルケイめがけて振りおろす。対するミルケイは一瞬でギンガの頭上高くまで飛び上がった。当然、ギンガの渾身の一撃は避けられてしまう。

「なっ……!」

 アクロバティックな動きに開いた口がふさがらない俺に、マサミは予想通り、といった様子で再びため息をこぼした。

「はぁ……やっぱり」

 そして、1ラウンド目最後の5秒。

 高々度からまるでミサイルのように降ってきたミルケイの一撃が、見当はずれに剣をなぎ払っているギンガの脳天に決まった。

『Critical hit! HP of Ginga 0! Winner Milky wey!』


 勝負が終わっても、俺はしばらく言葉が出なかった。

(完全に戦いの次元が違う……)

 嫌がおうにも、実力差を思い知らされた。

 タブレットに視線を移すと、そこには完全修復されたギンガの姿がある。

 一方、フィールドには未だにマサミのテオスが実体化しており、流れるようにアクションを連続させている。

「強い……」

 口からこぼれたのは、そんな当たり前な言葉だった。

「そりゃあ、全米大会2連覇してるし」

「は……?」

 あっけらかんと言ってのけるマサミが、窓際を指さす。

 そこにあるのは、2つのトロフィー。

「あのトロフィー、マサミが取ったのか!」

「そうよ。私とこの娘――ミルケイでね」

 紹介された桜色の騎士は、自身の身長よりも長い斧槍を垂直に立てた。

「……井の中の蛙、大海を知らずって奴か……」

 深いため息をつきながら、俺は床に座り込んだ。

「どうしたの?」

「ここまで完封されたのは、2度目なんだ……くそっ、アイツだけにゃあ負けちゃいけなかったのに……っ!!」

 今日あったデュエルスペースでの出来事が頭の中にあふれだし、気づいたときには、大声で叫んでしまっていた。

「何か……あったの?」

 心痛のにじむ声に、知らず知らずまたうつむいてしまっていた顔をあげる。

 そこには、さっきまでの勝ち誇った顔は無く、ただ俺に心配そうな表情を向けてくるマサミがいた。

 そのまま、俺の横に座ると、優しい顔をこちらに向けてくる。

「私でよければ、話を聞くわ」

 温和な声色でかけられた言葉が、心地よく耳に入ってくる。

 普段なら「カッコ悪い」とか「恥ずかしい」とか言って喋りたくないはずの話題なのに、そのロックをマサミの言葉は一瞬で解いてしまった。

「実は……マサミに会う前、ホビーショップでバトルしてたんだ。それも、ただのバトルじゃない。隣町からやってきたヤツとの、デュエルスペースを賭けた戦いだった……」

「デュエルスペースを賭けたって、どういう事?」

「隣町のホビーショップが潰れたんだってさ。だから、こっちのデュエルスペースを使うしかないんだ……金持ちなオマエには、分かんねぇと思うけどよ」

 思わず、余計な一言をこぼしてしまい、口を押さえながらマサミの方を振り向く。

「ごめん……」

「いいわ。私も向こうではお店で皆と遊んでるし、気持ち分かるもの……」

 皆と遊んで――そう言った時、一瞬だけマサミの表情がかすかに陰ったのを、俺は見てしまった。

 言葉をかけようか悩む俺に、マサミはさっきと同じ優しい表情で口を開いた。

「ところで、どうしてあなたが戦う事になったの?」

「俺が、この町で遊んでる奴らの……なんつーか、カオヤクみてーな感じだし、皆の中で一番強かったから」

 一番強い――口にしたら、その虚しさに思わず苦笑が漏れた。

「どうしたのよ」

「いや、なんかおかしくなっちゃって。今日だけで2回もボコボコにされてる俺が、この町で一番強いとか言って粋がってたのかって思ったらさ。……バトルは完敗だった。金ピカ鎧と金のハルバードを持つ相手に一発もダメージを与えられないまま、必殺技を喰らって瞬殺だ。負け惜しみで、明日の同じ時間に再戦をやるって言い逃げしてきたけど、アイツが乗るかどうか……」

 我ながら子供っぽい言動だったと思う。中学にもなってあんなカッコ悪い事するなんて思わなかった。

「……でも明日、俺は絶対に勝たなきゃいけない。俺の為じゃない。イッキ、ジョー、レイ……俺と一緒にあの店で遊んでる皆と、これからも遊んでいく為に、俺は勝たなきゃいけない……」

 すっ、と横から伸びてきた手が、知らずに堅く握っていた拳を包み込んだ。

「!」

 ハッとなって、横に顔を向ける。

 そこに座るマサミの顔に、さっきまでの慈しみの色はなかった。

「明日再戦って言ったわよね?なら、まだ一日近く時間はあるわね」

「何、言って――」

「私が貴方を鍛えてあげるわ!」

 そう宣言して立ち上がった彼女の碧眼は、情熱に満ちていた。

「鍛える……?」

 呆気にとられたままの俺に、マサミは手をさしのべてきた。

 半信半疑な表情を浮かべながら、彼女の手を取って立ち上がる。

「このゲームはステータスの強化によって持てる武器や防具の強さが変わるのは知ってるわよね?これから私と夜通しバトルすれば、あなたのギンガの持てる武器は確実に強くなるわ」

「いくらステータスが上がっても、肝心の武器を持ってないんだ……」

「心配いらないわ」

 得意顔で言ったマサミがタブレットを操作する。

 しばらくすると、まっさらだったフィールドにあらゆる武器と防具がうず高く積もっていき、あっという間に小山を作り出してしまった。

「……」

 あまりの物量に言葉が出ない俺を見ながら、マサミは得意満面な表情で両手を広げた。

「この中から、好きな装備をあげるわ」

「いいのかよ……」

「ええ。バトルは、武器の性能だけで決まるものじゃないから」

 彼女の言葉に、俺は首を傾げる。

(どういう事だ?バトルは、相手の防具より強い武器でブン殴れば勝てるってモンじゃないのか……?)

「ふふっ、わかんねーよって顔してる。今夜中に貴方がこれに気づくかどうかが、明日の勝負の勝敗を決めるわ」

「それ、教えてくれないのか?」

「普通に教えるだけじゃ、お手本と同じ動きにしかならないもの。例え明日の戦いに勝てたとしても、再び戦ったらパターンを読まれて負けてしまうわ。貴方、相手は金の鎧とハルバードを持ってるって言ってたわよね。喰らった必殺技って、コネクト・ザンバーでしょ?」

「どうしてそれを!?」

 一言も喋っていない事実をさらりと言い当てられて驚く俺に、マサミは自身のタブレットを操作して一枚の画像を俺のタブレットに転送した。

『全日本大会勝利者贈呈品』

 金色の縁取りがされたその見出しの下には、装備一式を着込んだテオスの写真がいくつか貼り付けられている。

 その中の一枚に、俺の目は釘付けになった。

「この格好……っ!!」

 そこに写っているのは、間違いなく今日の対戦相手――オサムのゾディアックが纏っていた装備そのものだった。

「入賞者用贈呈品……ブリュンヒルデ……3ゲージアクション:コネクト・ザンバー……あの武器、そんなにスゴい物だったのか」

「相手の実力も相当な物よ。だから、付け焼き刃じゃどうにもならないの。さ、始めましょう」

 再びまっさらになったフィールドに、藤色のマントをたなびかせてミルケイが出現した。

「まずは、基本戦術のおさらいから」

「分かった」

 画像を消すと、こちらもフィールドにギンガを出す。

「貴方のギンガは、可動を阻害しづらいポイントアーマーで、近距離武器は両手でも片手でも扱えるバスタードソード。対して私のミルケイは、全身を鎧で防御しつつ最低限の可動範囲は確保して、長柄武器で攻撃手段も多いハルバードを近距離武器に選んでるわ。この状態で、ギンガがミルケイに勝る部分はどこ?」

 まるで授業を受けているような気分になってくる。

 普通ならげんなりとなって窓の外を眺めてしまうところだが、相手がマサミで、しかも話題が俺の大好きなベルデウスだ。そんな気持ちはカケラも起こらない。

 俺は無い知恵を絞って答えをひねり出す。

「素早さ……か?」

 マサミは、俺の回答に満足げな表情を浮かべる、しっかりとうなずいた。

「正解。じゃあ、次の問題。さっきみたいな必殺技を無しにして普通に戦うとしたら、貴方はどういう戦術を取れば勝てる?」

「相手より早く近づいて、力一杯ぶった斬る!」

 今度は自信満々に即答できた。

 しかし、マサミはまるで膝かっくんをくらったみたいに崩れた。

「ど、どうしたんだよ?」

「それはこっちのセリフよ。ミルケイは鎧を着てるのよ?バスタードソードの両手斬りでもダメージを与えるのは難しいわ。まして、相手はより防御力の高いブリュンヒルデ。普通に走り寄って斬るだけじゃ勝てないの」

「なら、どうしろってんだよ」

「それを考えるのが、貴方のやる事よ。さっきの答えも参考にしてね」

 ぴしゃりと言われてしまったので、俺はもう一度頭脳を回す。

(昔っから考えるのはニガテなんだよなぁ~……)

 がしがしと頭を掻きながら、ギンガの後ろ姿を見つめる。

 胸や腰、肩など最低限の部位しか覆っていないポイントアーマー。

 頼りなく見える装備だが、マサミは「上手い人も使う」と言っていた。

 それだけのポテンシャルがあるという事なんだろう。

(こんな隙間が多い防具の一体何が……あ、隙間……隙間か!)

「……相手の攻撃をかいくぐりながら近づいて……相手の鎧の隙間に剣を刺す?」

「正解よ」

 半信半疑のまま出した答えに、マサミはうれしそうな顔で応えてくれた。

 対する俺は、懐疑的な表情を浮かべる。 

「でも、そんな事できるのか?」

 ベルデウスで扱えるアクションは、俺が知る限り『剣を振る』『近づく』などの簡単な物ばかり。とてもそんな複雑な動きをさせられるようには思えない。

 俺の回答は、「もし人間同士の戦いだったら」という仮定で導き出した物で、ベルデウスにおける行動の制限などは完全に無視している。

 しかし、目の前の女子はニヤリと口元をつり上げている。

「できるようにするのよ。これからね」

「は……?」

「あら、ステータスを上げていくとアクションが増えるの、知らないの?」

「そりゃ知ってるよ」

 テオスたちには各種ステータスが設定されていて、バトルでもらうポイントを振り分ける事で強化していく。

 ステータスは武装装備の条件になっている他、テオスのとれるアクションの種類にも関わっている。

 たとえば、体力と速度に関係するステータスを上げ続けていくと、馬上槍による突撃ができるなどといった物だ。

「彼我のステータスや装備に差があればあるほど、勝った時のポイントは増えるわ。さっきの私との戦いでも、それなりにポイントは入っているはずよ」

 言われて、最初のステータスのページを開く。

 確かに、0だった残りポイントが3ケタまで増えていた。

「おおっ……こんなポイント、イッキと戦った時でももらえないぞ」

 急いでステータスにポイントを割り振っていく。

 速度と、より重い装備を扱う為の体力を中心として。

「昼のブリュンヒルデとのバトル分もあるでしょうね。振り終わった?それじゃ、始めましょうか」

「よし!」

「必殺技は使わないけど、やるからには、本気でいくわよ」

『Tablet set!』

 俺とマサミの長い夜は、システム音声によって始まった――。

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