第3話 招待


「おぉ……すげぇ……」

 扉が開いた瞬間、俺は思わず目を見張った。

 さっきまでいたホビーショップのデュエルスペースがすっぽり入ってしまうんじゃないかと思うくらいに広い部屋。

 その左右の壁に設えられた古い本棚には、難しそうな英語のハードカバーが綺麗に整頓されている。

 部屋の中央にはショップにあるのと同じフィールドが、なんと2つも設置されている。

 その横には休憩用なのか小さいテーブルとイスが2セットある。

 そして、部屋の奥の窓際にある小さい棚の上には、金色のトロフィーが2つ置かれていた。

「どう?お父様が私の為にって作ってくれたの!」

 女の子――久留間正美(くるま・まさみ)は得意げにそう言うと、えっへん、と胸を張った。

「では、ワタクシはこれにて失礼いたします……ごゆっくりなさってください」

 扉の横に立っているビシッとスーツを着こなした片眼鏡の老紳士――マサミ付きの使用人で、ロウさんというらしい――が静かにそういうと、部屋を出て扉を閉めようとする。

 その恭しい姿に、マサミは優しい声をかける。

「ありがとう、ロウ。何かあったら呼ぶわ」

「かしこまりました」

 ロウさんは、最後に深々と一礼をして静かに扉を閉めた。

 その一部始終に、俺は開いた口がふさがらなかった。

「すげぇな……本物の執事だよ……」

「ロウは、私の親代わりみたいなものだから。貴方も何かあったら気軽に声をかけていいわよ。……それで、どうかしら?私の屋敷のバトルスペースは?」 

「すげぇ……すげぇよ!いつものショップの比じゃねえ!本当にここ、タダで使わせてもらっていいのか!?」

 ホビーショップのデュエルスペースは使用料におやつ代くらいの金がかかる。

 大人数で割り勘しているからそれくらいで済んでいるけど、毎日行っているほどの金銭的余裕はない。

「いいわよ。元々私が誘ったんだし。さ、始めましょ?」

 待ちきれない、といった様子で、マサミは自分のタブレットを操作し始める。

 俺も準備をしようと、タブレットを取り出す。

 型落ち品をさらに安く買った物で、サイズや厚さも主流のタイプより大きく分厚い。

 しかし、だからこそこのゲームに合っていると、俺は思う。

「チッ……!」

 モニターを見た瞬間、思わず舌打ちしてしまった。

 スリープモードにもなっておらず、つけっぱなしになっていたモニターには、さっきのバトルの評価が映っていたのだ。

『評価:E』

 まるで、アプリ自体にバカにされているようにすら思える。

(くそっ!)

 ぶんぶんと頭を振って苦い敗北の記憶を心の奥に押し込めると、評価画面をタップで消して、バトルフィールドとタブレットの同期を開始する。

 ものの数秒で同期完了のメッセージが表示され、通常の画面へと戻った。

 ゲーム画面は、バインダーノートの様な形式を取っている。

 表紙には俺のテオスの名前――ギンガが大きく書かれ、その下にプレイヤーである自分の名前が小さく載っている。

 画面をスワイプして開いた1ページ目は、中央に武装を終えたギンガの3Dイラストが大きく載り、その左右に、武器や各部位に装備している防具の名称が注意書きのように記載されている。

 やり慣れているプレイヤーであればこのページを見ただけでテオスの能力や戦い方がわかる。

 今のギンガの装備はというと――

 近距離武器:バスタードソード

 遠距離武器:なし

 防具:頭部:なし

    胴部:ポイントアーマー・胴

    腰部:ポイントアーマー・腰

    腕部:ポイントアーマー・腕

    脚部:ポイントアーマー・脚

   装飾品:なし

(なんていうか……初期装備に毛が生えた程度だよな……)

 オサムの金ピカ装備を見てしまったせいで、余計に貧相に思えてしまう。

 だけど、これは今まで俺がバトルで勝ち取ってきたポイントで手に入れてきた装備だ。長所も短所も知り尽くしている。

 ずばり、ステータスの振りと装備で特化した素早さを、攻撃にも転化しようというコンセプトだ。

(装備に金かけられないってのがホンネだけど……でもこれが、今の俺のすべてだ!)

 よし、と気合いを入れ直して口を開く。

「テオス、セッタップ!」

 発声してすぐ、フィールド内に立体物となったギンガが現れた。

 手に持ったバスタードソードを縦横に振ると、戦闘体勢を取る。

 プレイヤーの声を認識したタブレットが同期している装置にデータを送信し、さらに装置がフィールドに高濃度で満ちているMANAを使ってデータでしかないテオスを現実の物として顕現させるのだ。

「ふぅん……」

 ギンガを見たマサミは複雑な表情をしていた。

「な、なんだよ……」

「別に?そういう装備をしている人には、二種類のタイプがいるわ。本当に強いか、本当の始めて間もないかのどちらか」

「なら、俺が前者だって事を証明してやる。おまえのテオス、早く見せろよ」

 息巻く俺に涼しい視線を向けると、マサミはつぶやくように口を開く。

「Τέως set up!」

 外国帰りらしい滑らかな発音に一瞬聞き惚れてしまった俺は、続いて現れたテオスに目を見開いた。

 藤色のマントを翻しながら顕現したそれは、桜色の甲冑が全身を覆った女騎士だった。

 武装は、細身の身体にミスマッチなほど長大なハルバードのみ。近距離武器だけを装備させてくるという事は、ロングレンジでの撃ち合いは考えなくて良さそうだ。

さらに、斧槍を手足の延長のように振り回して見せるその姿は、ステータスにおいて速度や器用さを優先させているのを窺わせる。

「どう?私のミルケイは」

「すごいな……戦闘前のデモでこんなに動くもんなのか」

 今まで見てきたのは、武器を2・3回振ったりするだけだった。

 マサミのテオス――ミルケイはそんな次元の動きじゃない。演武と言っても通じるくらいだ。

 思わず漏れた感嘆の言葉に、マサミはなぜかため息で答えた。

「……そう。それじゃ、始めましょうか」

 トーンダウンした声に違和感を覚えつつ、俺たちはタブレットの画面にポップアップした『Battle start』の文字を同時にタップする。

『Tablet set!』

 システム音声のアナウンスと同時に、先ほどまでのタブレット画面に変化が起きる。

 ステータスがぎゅぎゅっと縮まり、出来た隙間に1本のバーと単語の一覧が並べられる。

 バーは2本の点線で3等分されており、並んだ単語はちょうど区切られたバーに収まる大きさになっている。

 単語群は、テオスに取らせる行動――アクションの一覧で、バーは1ラウンドの時間である15秒を表している。

『Set up finish! Battle start!』

 システム音声によって、戦闘の火蓋は切って落とされた。

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