第2話 出会い


 初夏の陽気が、帰り道をさらに辛く、そして長く感じさせる。

「くっそぉ……」

 うなだれたまま、とぼとぼと歩く。

 零れ落ちる涙をぬぐう気力も無い。ただ夢中で家への道を進むだけだ。

 と言っても、家で誰かが待っててくれるわけじゃないけど。

「はぁ……皆に、何て言おう……」

 今日の戦いは俺とオサムの間だけの勝負じゃない。この加音町に住むヤツらと隣の寝音町に住むヤツらとの、遊び場を賭けた一大決戦だった。

 俺たちにとって、今最高の遊び。

 それは『ベルム・エクス・デウス』――通称ベルデウスというゲームだ。

 自分の人形――テオスに様々な装備をさせ、ステータスを振り分けて強化していくゲームだが、他の同種のゲームとの最大の違いは、戦闘方法にある。

 普段はタブレット内で育てたりしているテオスや装備のデータはデュエルスペースに設置されているフィールドに送信して実体化させないとバトルできないのだ。

 さらに、そのバトルはテオスに取らせる行動――アクションを選択するだけで、直接コントローラーなんかを使って操作することはできないのも特徴的だ。

 オサムは、隣の寝音町のホビーショップが閉店したからこっちに来たと戦う前に宣言していた。

 つまり、今のデュエルスペースが無くなってしまうと俺たちも近くでバトルする場所がなくなってしまうという事だ。

 せっかくの夏休みだというのに、最大の遊びを取り上げられるわけにはいかない。

 しかし――、と俺は頭を悩ませる。

「最後にああ言ったものの、どうすりゃ勝てるんだ……」

 あの金ピカ鎧と金ピカハルバードをどうにかしないと戦いにすらならない。

「くそっ!」

 じんわりと汗ばむ短髪をがりがりと掻き毟り、思わず走り出そう上体を起こした瞬間――。

「痛っ!」

 上げた顔にガツンと固い物がぶつかった。

「きゃっ!?」

 短い悲鳴のした方に顔を向けると、そこには一人の女の子が尻餅をついていた。

 白いワンピースと夕陽をうけて輝く金色のツインテール、そして俺を見上げてくるツリ目がちの青い目の隅に、涙が浮かんでいた。

「大丈夫!?」

 女の子を起こそうと手を伸ばす。

「え、ええ……ありがとう」

 俺の手を握る女の子。もう片方の手には薄型軽量のタブレットが握られていた。

 どうやら、お互い下を向いていたから相手が近づいている事に気づかなかったようだ。そして、目と鼻の先まで接近した所で俺が勢い良く頭を跳ね上げたため、女の子のタブレットに俺の頭がぶつかり、反動で女の子が倒れてしまった……という事だろう。

「ごめん、ちょっと考え事してた」

「こちらこそごめんなさい。ちょっとミルケイの調整してたら夢中になってしまって……」

 お互いにお辞儀をしあう。

 と、上半身を持ち上げた俺の視界に、彼女が掲げたタブレットが入った。

 中央に描かれた鎧を纏った少女と、そこから方々に伸びた線の先にある装備の名前。そして下に表示されている各種ステータス。

 見間違えなんかじゃない。

「これ、ベルデウス?」

「そうよ。日本でも流行ってるのね?」

「え?」

「私、おととい日本に帰ってきたばかりなの。ねぇ、アナタもベルデウスやってる?」

 目を輝かせ、身を乗り出してくる女の子の勢いに圧倒され、気づいたら俺は首を縦に振ってしまっていた。

「なら、私とバトルしない?」

 バトル、という言葉に心臓が大きく跳ねる。

「いや……でも、バトルしようにも場所がないし……」

「大丈夫。私の家にフィールドあるから!」

「え!?」

 有り得ない話じゃない。

 タブレットに入れた特殊な形式の電子書籍とソフトを操作する事で空気中に散布されたMANAを通じて様々な効果を現実世界に及ぼす技術――通称・タブレットマギウスが世間一般に広がったのは、俺が生まれる前の話だ。

 ベルデウスで、フィールドの上でデータが人形として実体化するのも、フィールド内にある高濃度のMANAが各々のプレイヤーのデータを読み取った機械の指示でテオスを作り出しているのだ。

 つまり、高濃度なMANAを散布して留めておける場所と、ベルデウスのデータを読み取る装置があれば良い。普通は、2つの装置をパッケージングしたひとつの筐体という形でメーカーがレンタルや販売をしている物を使う。

(もちろん、べらぼうに高い上にスペースもとるんだけど……)

 普通は店舗毎に1台置いているかどうかという物だ。

「家に……?」

 唖然とする俺に、少女は大きく頷いた。

「私の家、あそこなの」

 指差した先には、西洋の洋館が建っていた。

「あの幽霊屋敷、おまえん家だったのか」

 思わず口走ってしまってから、慌てて口を両手でふさぐ。

「幽霊屋敷とは失礼ね!」

 腰に手をあて、プンプンと怒る女の子。

 その剣幕と失言をしたという負い目から、俺は声がしぼんでしまい、言い訳がましくなってしまう。

「だって……あの屋敷、いつも誰もいないじゃないか」

「私たち久留間家の別荘のひとつよ!普段は使用人が掃除してくれてるの!見てなさいよ、バトルで吠え面かかせてやるんだから!」

 怒りの収まらない女の子に引っ張られ、俺は幽霊屋敷改め、久留間邸へと招かれたのだった。

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