ランチタイム

 チキンとチーズのサブマリンサンドにココナッツジュース。甘辛のソースが多少重たいが、湯がかれた緑菜も挟まれているので、シイナにとっては貴重な、葉物を口にするチャンス。三人とも両手を埋めて、丸い机の三方に着いた。中央はシイナ。

 昨日と同じく包装紙をちぎって器用に食べるカノンを尻目に、ソフィアは包み紙を先まで巻ききって、食べる分だけを露出させてかじっている。カノンは四本ひと巻きだからそうする必要があっただけで、通常の一人前ならソフィアのようにすれば済む話だった。茹で上がったシイナがソフィアに倣うその横で、二本目を食べ終えたカノンが話し始めた。


「なんかさぁ、納得いかないんだよね」


「んぐっ」


 丁度一口目をかじっていたシイナが、何かを勘違いして動きを止める。半分近く食べ終わっていたソフィアは、サンドイッチを中断して、ジュースに口をつけながら後を継いだ。


「ボリュームでしょ、どーせ」


「確かに足らんけどね。そうじゃなくてさ、なんか上手くやり込められた気しない?」


「ん?」

 

 左右を交互に確認しながら咀嚼する。


「あーまー、気持ちは分かりますけどね」


「んっ、んぅ。え、なに?」

 

 飲み込んで、飲み下して、会話に参加したシイナに、二人の視線が集まる。


「私ら丸め込まれたよね」


「じょーとー手段ですけど、あんな自然にやってのけられると、ちょっと悔しーですね」


「ちょっと待って、それって。私凄い計算高いみたいになってない?」


「大丈夫、そうじゃないのは分かってる」


「そーなんですよねー。だからこそ余けーに」


「ねぇ。こっちこそ納得いかないよ?」


「あっそうだ、シイナち、シイナ。今日もお店使えるようになった」


「あれ、予約、あ、そうなんだ」


「いやー、見事ですねー」


「お願い、流して」


「七番隊の関けーですか?」


「うん」


「そーですか」


「ななばんたい……」


 なにかふんわりとした遣り取りと、唐突な切れ目。両手で持ったコップの水面を見つめる者、只管左右を確かめる者、ここぞとばかりにサンドイッチを頬張る者。

 シイナが口の中で「あっ」と呟いた。


「ねぇ、巡礼って、私も行った方がいいのかな?」


「んぐっ? んぅ。その前に、お山決めて貰わないとだね」


「おやま?」


「守護山ですね」


「いっぱいあるんだ?」


「南側ぐるーって山脈じゃないですか。あの峰のうちのどれかが、見守ってくれてるんですよ」


「そうだったんだ。勝手に行っちゃ駄目なの?」


「ダメって事はないんじゃない? でも、キツイと思うよ」


「一年に一回は自分の守護山にもーでましょーって言われてますからね」


「そっかぁ。二人は見てもらったの?」


「私はリーティア岳でした」


「私はウリア」


「ふぅん。誰に見てもらうの?」


「シセロさんですね」


「やっぱり⁉」


 急に身を乗り出して大声を上げるシイナ。左右の二人が目を丸くする。


「どうした?」


「だって、あの人やっぱりそうなんだって」


「そーって、どー?」


「ほら、占いとか魔術とかやってそうじゃない? タロット並べて『あなたの運命は』とか」


「あっはははっ。似てねぇ」


「あー分かるー、分かっちゃうー」


 のけ反るカノンと項垂れるソフィア。


「だって私言われたもん。初対面の時、『ようこそ、迷える子羊よ』って」


「あっははは、ひーっ」


「だめだー、次会った時、吹き出しそー」


 余程カノンのツボに嵌ったらしい。落ち着いては思い出しを繰り返している。それでも食べ物は手放さない。けれど完全に手が止まってしまった。やがて潮が引くと、二人が食べ終えている事に気付いて、サンドイッチを机の上に置いた。


「そういや、あんたさ、」


「カノン?」


「えっ」


「名前」


「……ソフィアってさ」


「何ですか、カノンさん」


 満面の作り笑顔。


「くっそ、覚えてろ」


「どうしたの?」


「いやぁ、折角だし今日実験しようよって」


「実験って……」


「どーしても食べなきゃだめですか?」


「その言われ方は、傷つくんだけど」


「こっちだって、分け前減らしたくないんだけどさ。確かめたいじゃん? 私とシイナの、どっちが特別なのか」


「特別って」


「んー、別に門限とか無いですが、遅くなるなら一度戻りたいですね」


「結構かかっちゃうよね、きっと」


「だねぇ。止め時が分からないからね」


「なんで? なんでそうやって危ない感じにしちゃうの?」


「だってほんと幸せ過ぎるんだって」


「酷くなってるからね? ソフィア、本当にただのお菓子なの」


「えーまー。そこはー、信じたいですよ?」


「カノン、どうしてくれるの?」


「えぇぇ。めんどくさいし、もう口にねじ込んじゃったら? 昨日の残り有るでしょ?」


「お茶が無いじゃない」


「そっか。あれ、でも、今日のシイナ、甘いよね」


「言い方。うん、移っちゃったみたい」


「シイナ経由だと平気なんだね」


「もう。わかった諦める。あのねソフィア、バニラの香りのお菓子は出来たんだけどね?」


「はい。きょーのシイナ、ずっと美味しそーですもんね」


「食べられません。でも、使ったハーブの効果が強かったみたいで」


「ほー」


「疲れてる人は眠気に抗えないみたいなの」


「は? え、それ、え?」


「凄い気持ちいいよ」


「カノン……」


「薬じゃないんですか? あ、ハーブって」


「違うから、ちゃんとハーブなの、多分。だって、私は眠くならなかったし」


「ほー」


「だからあの、他の人にも試してもらいたいなって。疲れてる人代表で、ソフィアに」


「効き具合に個人差がおーきーと」


「そう言われると、その通りなんだけど」


「速こーせーは?」


「私はもう、イチコロだった」


「自分でゆーんですか。なるほど、厄介な薬ですね」


「ハーブ、ね?」


「こー遺しょーは? 禁断しょーじょーとか」


「もう、完全にそういう扱いだよね」


「いやー、だって、聞く限りは、」


「私、経過観察中みたいよ?」


「自分でゆーんですか……」


「食べないと居られないって事はないみたい」


「いくらでもイケるけどねぇ」


「そーいう、あー、この人ならへーじょー運転ですね。うーん……」


 真面目な顔で沈黙する者、唇を噛む者、ここぞとばかりに頬張るもの。やがて、唇を撫でる手を止めたシイナが切り出した。


「ごめん、やっぱり忘れて?」


「んぐっ?」


「あーいえー、きょー味があるのも事実なんで」


「そうなの?」


「んくっ。どっちにしたって、私は食べたい」


「あ、はは」


「作るんですよね、今日?」


「うん、それはね。実は私も食べたいし」


「ちゅー毒」


「違うよ?」


「じょー談は置いといて、ひとまず仕入れ元を確認させてください。返事はそれからでもいーですか?」


「うん。元々案内するつもりだったし。お代貰っちゃったし、ちゃんと情報渡さないとね?」


「へっへっへぇ」


 わざとらしくニヤニヤするソフィアの横で、カノンが最後の一口を飲み込んだ。


「んくっ。ごめん、私はここまで。冷蔵庫行かないと」


「そっか。じゃあ、また後でだね。昨日と同じくらいでいい?」


「あぁ、今日はちょこっと遅めで」


「そうなの? 何かあるなら手伝うよ?」


「んー、まぁ、適当で」


「そっか、わかった。そしたら、ごちそうさましようか」


「あぁ、分かっちゃったわ」


「なに?」


「なんかなぁって思ってたんだけど、ほら、お母さんみたいだ」


「あー」


「やめて、お願い」


「じゃあ長女? お姉ちゃん?」


「ならあなたは次女ですね。じゆーほんぽー」


「いやいや、あんたに譲るから」


「いーえ、私は上二人を見て育った、ちゃっかり者の三女です」


「自分で言うのか」


 すっかり人影がまばらになった、広場の隅の笑い声。やがて立ち上がり後始末を終えると、カノンが一人港へ向けて歩いて行った。残された二人は寂れた方へ向かう。来た時とは違って、雑談に花を咲かせながら。食べ物、洋服、カバンに小物。大体はソフィアが商機につなげようとして、シイナの貧乏自慢で幕を閉じる。ツケ、一張羅、借り物の高級品。静かな道の上に声を響かせながら、昨日一人で歩いた道を、二人並んで進んで行った。

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