疑わしさ

「何かお探しですかー?」


「え?」


 カノンと歩いたのより一本東。金属製のあれこれが多く並ぶ通りで、辺りを見回しながら彷徨うシイナに声が掛かった。立ち止まって、そちらを向く。


「お力になれるかもしれませんよ」


「いえ、お構いなく」


 芝居がかって聞こえる声音。ニコニコしながら近づいてきた女性を、シイナはばっさりと切って捨てた。それきり再び歩き出す。すると女性が追ってきた。


「いやいや、かんゆーとかじゃないですから」


「いえ、本当に、結構ですから」


 取り付く島もない。女性の笑顔も凍り付いている。それでも追う。


「そこまでけー戒されると、ちょっと辛いんですが。とゆーかお姉さん、慣れてますね」


「本当に、押し売りじゃないんですね?」


 諦めない相手に対して思う所があったのか、シイナは立ち止まって向き直り、目を見つめた。一歩遅れて倣った相手も、真正面から受けて立つ。逸らしたら負けだとでもいうように。


「この辺顔なじみばっかりですから。あくどい事はできませんよー」


「押し売りじゃないんですね?」


「違います。ふ、ふふふ」


 先に折れたのは女性の方。相変わらずのニコニコ顔だが、瞳が少し大きくなった。


「高いバッグもってキョロキョロしてるから、危ないなーって。でも、大じょー夫そーですね」


「そこまでなんだ……」


「あー、プレゼントですかー」


「いえ、借り物です」


 目を光らせるとはこの事だろう。一瞬、明らかな間が空いた。


「よろしければ、」


「ご成功をお祈りしてます」


「ほんとーに鉄壁ですね。まー、それはそれとして。カテゴリだけでも教えていただければ、大体の位置はお伝え出来ますよ。ここ広いですし」


 実際、カノンと別れてから、優に1時間は経っていた。ここに至ったのだって、カノンと歩いた道沿いに目当てのものが無かったからだし、区割りから考えれば、同じ規模のものがもう二つはあるはずだ。何かが引っかかっているらしく、今もシイナは悩んでいるが、協力を仰がざるを得ない状況なのは疑いようがなかった。


「香料、なんですけど」


「こーりょー? こー辛料ではなく?」


「はい。バニラオイルか、ビーンズを」


「オイル……せー油でしたら、この奥ですが。あっ豆類はこっちのとーりです。にしても、うーん……」


 読み取りにくいフラットな表情。それでも、先程までの作り物より余程信用できる。内容までは定かでなくとも、考え込んでいるのは本当だろう。


「インゲンみたいな形の鞘で、胡麻みたいな種が沢山入ってて」


「ほー」


「乾燥させた状態で売ってると思ったんですけど」


「どの辺りで採れるとか、御存じないですか?」


「暑い地方って聞いたことが。でも、詳しくは」


「そーですか」


 ご丁寧に腕組みまでして、首を傾げた。頭の中に地図でも描いているらしく、視線が宙を彷徨っている。髪飾りを着けた方へ傾いているから、重さに引っ張られている様にも見えた。

 一方のシイナは、無言で彼女を見守っている。物珍しそうな目線の対象は、芝居がかった仕草か、それともその髪型か。結われた尻尾が胸まで届いているから、かなりの長髪。しかも頭の右側に集められているから、相当丁寧に手入れされているはず。けれど、編込みが頭の天辺から始まっているので、オシャレというよりはモノモノしい。目指した先が見えないのに、かけた労力だけはハッキリと伝わる、そんな髪型。加えて左側は帽子の様な髪飾りで大げさに装飾されているので、左右のバランスはとれているように見える。


「ソフィアです」


「はい?」


 姿勢はそのままに視線だけを寄越して、突然女性が名乗りを上げた。 


「私の名前」


「はぁ、えっと、シイナ、です」


「よろしくお願いしますねー」


「はい、こちらこそ?」


 先程までの警戒心はどこへやら。勢いに流されて自己紹介を済ませてしまったシイナ。今更唇を舐めている。


「あの、私」


「お買い物、御一緒してもいーですか?」


「は?」

 

 押しの一手。ソフィアと名乗った女性が、返事を待たずに畳みかける。ただし、その顔からは、とってつけたような笑顔は消えていた。


「思い当たらないんですよねー。ば、ねら?」


「はぁ」


「だからちょっときょー味があるんです。もちろん、言い出した身としては? ちゃんとご案内しなきゃーって使めー感もありますし?」


「そうですか」


「あれ、なんか距離が。わかりました、この際だからハッキリしましょー。ぼったくりなんてしませんっ」


「ぼったくり”は”、ですか?」


「いやまーそのー、しれっと自分のお店つれったりとか? そんな感じのはしますけど?」


「はぁ。もういいです。わかりました。信じます」


「良かったー、ほんと、」


「”信じます”からね?」


「あー、はは、はぁ。ほんと、慣れてますね」


 ソフィアの顔の広さは相当なもののようで、行く先々で在庫まで持ち出させては、次の当てまで絞り出させていた。しかも、会話の内容も必要最低限。道中も移動は直線的で、雑談はそこそこに情報整理。商売人というよりかは、研究者のような立ち振る舞いだった。シイナの表情が徐々に緩んでいく。

 結局ほぼ全ての商店を覗いて、それでも目当てのものは見つからなかった。


「うーん」


「あの、ちょっとお茶でも」


「あー、折角のお誘いなんですがー、そろそろ時間切れで」


「あっ、ごめんなさい、私、」


「いやいやー、此方こそ、お役に立てなくて」


「そんな、助かりました。その、いろいろ見て回れたし」


「そー言ってもらえると? ご案内はできたのかな?」


「はい、何が何処にあるのかって、なんとなく」


「それは良かった。今後とも御ひー屓に」


「あ、はは」


「いちおーあっちに、個人でされてるお店が幾つかあります。けど、こー辛料入るかなー?」


「この後、行ってみます」


「そーしてみて下さい。こっちでも、もーちょっとツテをあたってみますけど」


「いえ、そこまでは」


「いやいやー、お互い見つけたらじょーほーこー換しましょ?」


「あはっ。わかりました」


「あれ、距離が」


「まだ気は許してませんよ?」


「えー、結こー頑張ったんですけどー」


「あはははっ」


 西の尾根が眩しい。風はまだまだ暖かい。カラッとした空気は色々な匂いを含んでいて、この時間だと空腹を刺激される。飲食物は沢山並んでいるが、先立つ物の無いシイナには、もうしばらく辛抱の時。


「そうだった……」


「どーしました?」


「あぁあぁ、えっと、じゃあそろそろお開き、ですね」


「そーですね。あっそーそー。このとーりを進むと、赤い建物がありまして」


「赤い?」


「ここからでも、ちょっと見えてるんですけどね。ほら、あれ。あそこの入って左に大体居ますので。もし居なくても、受付の子捕まえて貰えればー」


「そう、ですか」


「シイナさんは普段どちらに?」


「着たばかりなので、あまりこれと言って。あ、えっと、セネカさんの宿に、お世話になってます」


「おー、近いですね。じゃー何かわかったらお知らせしますね」


「ありがとうございます」


「いやいやー、これからも仲良くしましょーね」


「また、そうやって。はい、こちらこそ。今日はお世話になりました」


 丁寧に頭を下げるシイナを見て、ソフィアは目を丸くした。顔を上げたシイナと、そのまま目が合う。


「……んふ。それじゃまたー」


「はい、またお会いしましょ」


 遠ざかっていく背中を見送りながら、シイナは躊躇いがちに手を振った。右の掌を、あごの横で、小さく。けれど直ぐに、肩にかけたトートバッグの持ち手を両手で握りしめ歩き出す。さっきまでとは違う、少し寂れた街並みに向けて。

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