第2話 クソジュース缶はそこにある

 その自動販売機は、古くからの住宅街の片隅にある、小さな公園の脇に設置されていた。ランサの事務所から歩いて10分。適当に散歩がてらノヴァクラウンを買いに行くのに適当な距離といえるものである。

 特定の飲料メーカーのものではなく『100円以下』『安い』『冷えてる』などの文言が並ぶケバケバしい外観をした、いかにも怪しげな自販機であった。

 

「いつも思うんだけど、この自販機、収益出てるのかしら」

「まあ安いのは事実ですし、近所の人達は利用してるんじゃないですかね。この近隣は結構学生さんも下宿してますから」


 自販機のラインナップを見てみると、ゲロマズジュースことノヴァクラウン以外もたいてい怪しげな感じではあったが、それでもメーカーのわからないコーラであったり、安っぽいメロンソーダやコーヒーであったりと、味の想像はできそうなものがほとんどである。


「でも珍しいわよね、出不精で面倒くさがりのあなたがわざわざこんなところまで歩くなんて。しかもあんなゲロマズジュースのためにだなんて……」

「まあ、たまには歩くのもいいものですよ。色々と発見もありますし」


 そう言いながらランサは、自動販売機の横に備え付けられた空き缶入れの蓋を開けて中を覗き込む。


「ちょっと、何してるのよ!」

「これ見てください、おかしいと思いませんか?」

「なにがよ……おかしいのはあなたでしょう」


 ユリナが諌めるのももっともな話で、夕方前のこの時間帯は公園の前を通る人もちらほら見受けられ、ランサの行動は不審者そのものだった。

 だがランサはそんなユリナの嫌味も意に介せず、そのゴミ箱の中を見せる。


「ほら見てください。このゴミ箱、ノヴァクラウンの空き缶が一つもないんですよ」

「そりゃ、売り切れになるほど大量に買っていくなら、缶もそのまま持っていくんじゃないの?」

「ええ、本当に買いだめが目的ならそうするでしょう。でも、それならこんな自動販売機ではなく、市役所近くの酒屋で買ったほうがいいに決まってます。だが彼はそうしなかった。そうできなかったといってもいい。その理由は……、これです」


 ランサが指差したのは公園の道の横にある側溝だ。

 そしてゆっくりと、格子状の溝蓋を指でなぞり、その匂いを嗅ぐ。


「ジュース類をこぼした時特有のベタつきと、まだ残っているノヴァクラウンのあの特徴的な匂い。犯人はおそらく、ここでノヴァクラウンの中身を流していったんでしょうね」

「それってつまり、あのゲロマズジュースを買った人は、やっぱりゲロマズジュースは飲まなかったってことよね」

「……まあ、それはそういうことですね」

「じゃあいったいなんのためにこのゲロマズジュースを買ったのよ」

「その答えは簡単ですよ。缶ジュースから中身を抜いたらなにが残るか」


 その禅問答のような質問に、ユリナは思わず言葉に詰まる。

 そして彼女がたどり着いたのは、ごくごく単純な答えである。


「えーっと、空き缶?」

「そう、正解です。おそらくその人物の目当てはだったんでしょう。しかもここでわざわざ中身を捨てていったということは、それが必要となるのもこの近辺ということ。ちょっと歩いてみましょうか」


 そう促し、ランサは住宅街の方へと歩く。


「で、今度はいったい何を見てるの? あなたが適当に散歩なんてするわけないんだし、目的があるんでしょう」

「そうですね、玄関の脇、あるいは駐車スペースの端を見ていってください。ほら、たとえばあそこ、ノヴァクラウンの空き缶がありますよ」


 指差した先の駐車スペースの端に、ひっそりとあの派手な缶が転がっている。

 なんらかの意図を持って目を向けなければ、ただ空き缶が転がっているだけにしか見えまい。だがランサには、そこに全く別の意図が見えているらしい。


「わざわざこんなやり方をするあたり、やましい事があるとは思いますが、まだ犯罪絡みであるとまではいい切れませんね。ただ……」


 それだけ言って、ランサは脇に置いてあった空き缶を手に取り、どこかへと電話をかけ始める。


「そんなことのためにノヴァクラウンを売れ切れにしてしまった罪は重い。食べ物の恨みは深いんですよ……」

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