クソジュースにだって空き缶はあります

シャル青井

第1話 消えたクソジュースの謎

「ランサ! 大事件よ、大変なことが起こったわ!」


 民辻ユリナがけたたましく杉高ランサ探偵事務所に飛び込んできた時、当の探偵はのんびりとジュースを飲みながら読書の真っ最中だった。


「どうしました? 相変わらず騒々しい。空から槍でも降ってきましたか?」

「そんなわけないじゃない! それより問題はそう、そのゲロマズジュースよ!」


 その自称助手の女子高生が指差したのは、ランサが手にしていた奇抜なまでにカラフルなジュースの缶である。

 ノヴァクラウン。

 知る人ぞ知る地域限定の炭酸飲料であり、ランサはこれを愛飲しているのだが、これを自分以外が飲んでいるところを見たことがなかった。

 ユリナの評価は『強すぎる炭酸とわざとらしいフルーティさの絶望的なチグハグ感に消毒液の突き抜ける痛さをプラスした飲む拷問』という辛辣なものであり、世間の評価も概ねユリナと似たようなものである。

 そんな飲料がなぜ未だに販売され続けているのかはそれこそ大いなる謎であったが、いかに名探偵のランサといえど、それを解き明かすつもりはない。

 むしろランサはそのことに疑問すら抱いていないかもしれない。


「おや、ようやくこの美味さに気がついたんですか?」

「はぁ、そんな呑気なこと言っていていいわけ? いい、ランサ、よく聞きなさい。今回起こった大事件っていうのは、その飲む拷問のゲロマズジュースが売り切れてたということよ。あなたがいつもそれを買っている例の自販機でね」

「え?」


 ユリナの告げた大事件を聞いて、ランサは言葉を失った。


「売り切れ? 売れたんですか? この、ノヴァクラウンが?」

「だからそう言っているじゃない。あなた以外にそのゲロマズジュースを好き好んで飲む人間がいたなんて信じられないわね……」

「うーん、でもそれはおかしいですね。あそこの自販機のノヴァクラウンは補充されたばかりですし、ストックは充分に合ったはずですよ。たとえノヴァクラウンじゃないにしても、いきなり売り切れるなんてまずありえない」


 言いながらランサは携帯電話の履歴を探り、それなりの履歴の先にあった自販機業者の番号を示して見せた。


「ほら、つい3日前に補充依頼の電話をしたばかりです。電話すれば翌日には来てくれて、それから私が2本買ってますが、その後の3日で一気に売り切れになるはずがありませんからね……、これは、なにか裏があるかもしれません」

「は? いやちょっと待って。なにそれ? あなた、なんで無関係の自動販売機の在庫管理とかしてるのよ!」


 ユリナが驚きの表情を向けてくるが、ランサはさも当たり前であるかのように言葉を返す。


「そりゃあストックを切らしたくないですからね。このへんだとノヴァクラウンはあの自販機以外だと市役所近くの個人経営の酒屋くらいしか置いてないですし……」

「……そう……、ま、まあいいわ、それでこの件、調査する気になったの?」


 ユリナのその質問に、ランサは小さく微笑みを返す。


「ええ、もちろん。これは重大な事件ですよ。なにしろ放っておくとずっとノヴァクラウンが売り切れ状態になりそうですからね」


 その私怨丸出しの力強い宣言を聞いて、ユリナは呆れて肩をすくめていた。

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