真っ白だった未来絵図 -コラボ外伝- 星灯トモリと半透明だった未来絵図

千菅ちづる

序章 -ショッキングピンク-

「はぁ、もうすぐこの魔女っ娘コスも暑く思えてくるんだろうな……。」

 日光自体は、肉体を持たない魂だけの存在となっているウチの体に当たることなく通り抜ける。とは言っても、アスファルトやそこらの建物……特にビル群に反射された光は、まるで等比数列のように現世の気温を底上げしていく。手に持つ『ランタン』がともしびである以上、光と温度を感じることはできなければならない……らしい。

 ま、箒に乗って宙に浮いているウチが感じる暑さなんて、生きてる人たちに比べれば大したことないのかもしれないけど。

 ジャック・オー・ランタンたるウチが、この身を覆う季節感を放り出してまでこの世界に顕れていることには理由がある。


 それは、つい先日訪れた街でのこと────。


*****


「さてと、今日はどこで肝試ししよっかなー。」

 蒼白い月明かりが世を照らす中、ウチ、星灯ほしどもりトモリは、箒に乗り空中から今宵の遊び場を探していた。


 ……生前、当時一人暮らしの大学三年生だったウチは、哀れ極まりない形で命を落とした。だけど死後、ウチの魂は、神さまさんに『ジャック・オー・ランタン』として雇われることになった。現世において、【迷える人に道を示す】手伝いをするっていう役目だとかなんとか。

 そんなこんなでジャック・オー・ランタンになったウチは、死んたいまも、役目の範囲内なら現世に干渉することが叶ってる。

 ウチの役目の名前に沿うなら、本来ハロウィンの時期にだけ顕れればいいはずなんだけど、このご時世、人生の道に迷う人は減ることを知らない。いやむしろ増えてばっかりって言ってもいいくらい。

 だから、いつどこに喚ばれてもいいように、いつも現世の空で揺蕩ってる。ジャック・オー・ランタンのウチには、ちょうどいい乗り物もあるし。

 もちろん、役目に則ったことじゃないと生きてる人への干渉自体はできない。でも夜になったら、このランタンを使って、暗がりに肝試しに来る子どもたちを震え上がらせて楽しむことはできる。それがなんと面白いことか。


 というわけで、現在進行形でいい場所を探してるんだけど……、なんだろうこの街……。人気ひとけのある場所とない場所がはっきりし過ぎてる。

 それに……、この街はなにか淀んでるように感じる。空気、だけじゃない。人気ひとけのない場所は言うに及ばずなんだけど、人通りの激しい場所や通学路なんかからも、言い知れない淀みを感じる。気を抜けば全てを呑み込んでしまう沼のような、迷い込めば二度と出られない森のような、そんな薄気味悪さがこの街のあちこちに漂っている。

 おかげでウチの役目を果たすべき場所と人をセンサーのように教えてくれるランタンも、終始淡く点滅してる始末。

 これじゃ迷い人が居ても見つけられないって……、狂った方位磁針みたいになってるもん。


「ん……?なんだあの娘。高校生……かな?」

 淀みに淀んだこの街において、さらに一際異彩を放ってる女子高校生が、夜の通学路をとぼとぼと歩いている。

 一瞬、月に向けて、あからさまな忌避感を示す視線が彼女から送られた。

 その服装からはところどころに乱れを感じさせる。夜遊びをしていたのかもしれないと思ったけど、視線の源たるその瞳はどこまでも虚ろに霞んでいて……、とてもじゃないけど『花の女子高生』という言葉からは遥かに遠い存在に見える。

 ……それになにより、彼女を見つけた矢先────ウチの手に握られているランタンが、その明滅を一段と激しくさせていた。

 これはつまり……。

 あの女子高校生は、その若さにして、もう人生に迷いを抱いてるってことか……。

「まぁ……、理由はなんとなく分かっちゃうんだけどさ。あの風貌も相まって。」

「さすがはトモリだな。毎晩現世の子どもたちと戯れているだけとはいえ、それでも、『現世への顕現頻度』が他の者より高いだけのことはある。」

「うおっ?!あ……────。」

 ────ギャーーーッ!!!!!

 唐突に降ってきた神さまさんからの声に、箒の柄に跨がるのではなく”座っていた”ウチは、驚きのあまり箒から腰を滑らせた。

「ん?なにをしておる。箒を使って腕力を鍛え始めておるのか?」

 どうにかギリギリのところで箒の柄を掴んだものの、ランタンが予想以上に重くて正直まずい。……って状況なんだけど。

 (相変わらずのんきだなぁ……っ、この神さまさんは……!)

「違う違う違ーう!!どこの世界に、急に箒をぶら下がり機代わりにして片腕筋トレするバカ魔女がいるってんですか!?……というか、このままじゃ落ちます!!確実に落ちます!!助けて神さまーーー!!!」

 「世話の焼けるやつよのぉ」なんて言いながら、ウチが体勢を整えやすくするべく小さな旋風つむじかぜを作ってくれた。その風を足場に、ウチは浮遊する箒に座り直す。

 死ぬかと思った……。いや、もうとっくに死んでるんだけど。

「神さまさん……、助けてくれたことには感謝しますけど、急に声かけないでくださいね……?けっこうこれのバランスとるの、難しいんですから。」

「それはすまないことをした。しかしそなた……、”さま”と”さん”を同時に遣っては二重表現になってしまうぞ?」

「親しみを込めてあえて”神さまさん”って呼んでるんですよ。」

 続けざまに「はぁ……」と嘆息を吐く。この一連の挨拶紛いのやりとりを終わらせる意味合いもあった。

「……それで?あの娘の身に一体全体なにが起きたら、あんな真っ黒な未来しか見えなくなってるようなくすんだを浮かべることになるんですか……?」

「……我は粗方知っておるが、とても口にできることではない。されど、そなたの灯は彼女が生きることに迷いを抱いておることを明確に示しておる。ならばここはそなたの役目に従うべきではないか?」

 知ってるけど言えないときたか……。

 神さまさんは人間の感情には疎いからなぁ……。けどこういう返しをされたということは、彼女の迷いの種は、全てを知る神さまさんにも理解できないほど複雑怪奇な感情が入り乱れた問題だってこどだろう。

「やれやれ、それもそうですね。まずは彼女を知るところから始めるとしますよ。」

 言葉を発したあと、ウチはすぐに彼女が来た方向へ箒の柄の先を向けた。

「うむ。しかしトモリよ、そちらはあのむすめの行く先とは逆方向になるぞ?」

「これでいいんですよ。あの娘の所へならランタンの光を辿っていけば自ずと着けますから。……それより、ウチの予測が外れてることを祈っててください。」

 あぁ、ウチはこの言葉を向けている相手がどんな存在か分かっていながら、それでも「祈っててください」なんてことを言ってしまった。

 神さまさんは、祈られることはあっても、祈ることはないというのに。

 ウチの予測の正誤も全て知っているはずで、しかしそれでも、

「承った……、祈っておろう。」

 と返してくれた神さまさんは、やはり尊い存在なのだと、いまさらながら改めて感じさせられた。


 彼女の不安定な足痕は、それでも、この街に充満する淀みの質とは明らかに一線を画していて、ランタンの光を頼りにウチはあの娘が歩んできた道を進み続けた。

 この先には、必ず彼女の迷いの種がある。でもウチが思った最悪の予測の通りではあってくれないで。彼女の、生き方に迷う前の願いに比べれば、ウチのこの祈りなんて、きっと脆弱なものなんだろうけど、それでも────。


 過去、外れてた試しがないウチの予測は、しかしウチの祈りに反して、今回も見事に的を射ていた。


 その、事後の現場を見たとき、

「やっぱり、か……。」

 と口をついて出たウチ自身に嫌気が差すのに、そんなに時間はかからなかった。

 一つ舌打ちを挟み、ウチにできることを考える。

 彼女の身に降りかかっているこの絶望的な状況を覆す……、そのためにウチができること。

 足下に、彼女の写真と共に学年とクラスと名前が記された小さな手帳が転がっていた。

 恐らく生徒手帳なんだろうけど、手帳そのものはひどく歪曲してて、その歪さはここで起きていた事の重大さまざまざと表しているかのようで、ウチの原動力に火を点けるには十分な代物だった。

「『1年5組 相原あいはら 心深ここみ』……か。これからウチは、どんな手を使っても、絶対に君を光の道へ導いてみせるから……っ。君が光の道を歩めるようになるまで、ウチは君のためだけに、何でもしてみせるよ。」

 ウチと神さまさんにしか聴こえないこの”誓い”は、されど言葉にしたことで、確固たる”覚悟”へと変わっていた。

 高校一年生のこの時期にこんなモノを背負ってしまえば、その心は重さに耐えられるはずもない。……もう既に、心深ちゃんの心は軋んでしまっているに違いないのだから。

 心深ちゃんの慟哭の痕跡がまだ残っている内に手を打たなければ、深く暗い水底へと彼女の心は沈み尽くして、見えない力に圧殺される。

 境界線上が少しずつ明るさを取り戻し始めている。

 ────でも、ウチにできるのは、心深ちゃんではなく、”彼”に接触すること。

 ウチが過去に戻れたら、なにもなかったことにできるんだけど。

 ────こんなウチにも、心深ちゃんを希望に導けるんなら。

 ジャック・オー・ランタンのウチとしては、本望だ。


***


「ウチが過去に戻れたら、なにもなかったことにできるんだけど。」


 この自嘲に満ちた小さな呟きを、しかしどこぞのサンタが聴き逃すはずはなかった。

 いや、正確には、そのどこぞのサンタを模範にした彼、と呼ぶべきか。

「行くのか?カゲル。」

「はい、神様。織姫の彼女ザクロはあの調子ですし、こういう事案は彦星たる僕が引き受けるしかありません。太極図で表すなら、彼女は陽で、僕は陰といったところですから。」

 「それに……」と彼は続ける。

「今回は月も味方のようですからね。トモリ先輩の助力はお任せください。」

「そなたの助力が必要にならないことが本来なら良いのだがな……、どうやら今回ばかりはトモリ一人でどうこうできる話ではなさそうだからの……。ヒノザシにも此度は事前に伝えておる。そなたは、干渉し過ぎることなく、ただ過去と出逢いの歯車を整えてくるとよい。」

 神からの言葉を耳にした彼の面貌には薄っすらと笑みが浮かべられていた。

「心得ました。では、行って参ります。」

 直後、小さな星々が煌めく新月の夜空の中のような空間から、彼の気配は身を潜めた。

「さてさて……、此度は我らも総出になるやもしれぬな。しかし過去へ赴くとは……、いつかのそなたを思い出させるなぁ────、陽当ひあたりアタル。」

 懐かしいその名に、神は深く、感嘆の息を零した。


**


「へっくち!」

 季節外れのくしゃみが出た。誰かおれの噂でもしてるのか?

「どうしたのー、アタルー?……風邪じゃないよね」

「まさか。そんなんじゃねぇよ」

 心配する彼女の表情はおれの返答でいとも容易く破顔する。

 けれどまたすぐに、不安に満ちた表情を浮かべる彼女。しかしその視線はおれではなく、好青年風の男子高校生の後ろを歩く一人の女子高生に向けられていた。

「……ねぇ、あの娘、すごく暗い顔してない?あたし、どこかの掲示板であの娘見たことあるよ。……恥ずかしい写真を貼られてた覚えがある」

「デート……って感じには見えねぇしなぁ」

「アタルぅー、さては助けたいって思ってるでしょ?」

 にまにまとした表情をおれに向けてくる。

「ま、できるところまでな。おれはいつも通り、おれがやりたくてやるだけだ」

「ふふん、そういうとこ、我が夫ながらカッコいいと思います」

 彼女の誇らしげな表情に背中を押され、「じゃあちょっといってきます」とだけ言い残し、反対車線の歩道を歩く高校生たちの元へとおれは駆ける。

「いってらっしゃい、あなた」

 マタニティウェアを着込み大きくなったお腹を抱える彼女のその言葉は、おれにとってなによりのエールになった。


**

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