第二十二話 キナ臭い

「なので、今のところは――」


 前回ハクアと会ってから早二日経った。あれからハクアとは会っていない。本当に、もう会わない気なのだとしたら唐突すぎる。

 月一の会議の中でも、俺はもんもんとハクアの事ばかり考えていた。


「という事で、兄貴が持ってきてくれた金のおかげで、騎士達によって起こされた損害はなんとかカバーできてるっす。シナツキ組が強力してくれたのがでかいっすね。立て直す事も不可能じゃないっすよ」


 今のナワバリの状況をゴーズが簡潔に説明している。これからどうナワバリを運営していくか決める会議だが、俺はあまり役にたっていない。

 俺は一応このナワバリの主をやっているものの、やる事は剣を振るって守るだけなので運営は全てゴーズたちに丸投げ状態だ。


 段取り良く会議が進む中、完全に置物状態の俺が考える事といえばやはりハクアの事だ。

 毎日の様に来ていたハクアが、昨日も、今日も来ていない。前回、「もう会わない方がいいのかな」なんて言っていたからこそ、胸が締め付けられる。


「――じゃあそうゆう事でまとめるっす。では兄貴最後に一言ありますか?」

「ハクア……」

「……兄貴?」

「はっ! すまん、今のは聞かなかった事にしてくれ」

「はあ。了解っす」


 思わずハクアの名前を呟き、場がちょっと変な空気になる。

 ハクアの事しか考えていなかった会議は、こうして幕を閉じた。




「ただいまー」


 会議を終えて、いつも通りバー苗木の夢へと帰ってくる。挨拶をして中に入るとマスターがいた。

 しかし、いつもならば掃除をするか食器を磨くかしているマスターが、珍しくカウンター席に座って新聞を読んでいた。


「おかえりん」

「ああ。めずらしいな。新聞を読むなんて」

「結構読んでるわよん。基本的に自室で読むから知らないと思うけどん」


 四つ折りにした新聞をテーブルに置きながらマスターは答える。


「それで、今日もハクアちゃんは来てないの?」

「ああ。その様子だと俺がいない間に来たとかいう事はなさそうだな」

「ええ。なにか理由は聞いてる?」

「いいや」


 心当たりはあるが、ハクア本人から直接聞いた訳ではない。


「そう。じゃあ、理由は多分これね」


 マスターは、何となしにテーブルに置いてある新聞を突きながら言った。


「理由?」

「読んだ方が早いわん」


 そう言って、マスターは新聞を放り投げてきた。

 そこには大きく、『愚かな帝国。進攻の兆しあり』という文字がでかでかとある。書いてある事は、帝国をとにかくこき下して姫騎士を褒め称える記事だった。


「……戦争。つまり、ハクアが戦うという事か」


 この事実を知り、いくらか合点がいく。前回、様子がおかしかったのは何もマスターとの会話の内容だけではないのだろう。戦争の出撃命令でも出たから、変だったのかもしれない。

 それに、最後になにかを言いかけて止めたハクア。あれはもしかして、戦争の事を話そうとしていたのかもしれない。


「それにしても早くないか? 小競り合いレベルなんだろ、前回からまだ三カ月ぐらいしか経ってないけど」

「ええ……帝国にとって王国との戦争は、帝国という栄光を落とさないためのものなのは知ってる?」

「…………?」

「姫騎士、まだ子供ともいえる少女一人に負けたから進攻を止めるなんて帝国の名を地に落す事よん。だから、負けた訳ではないと小競り合いレベルの無駄な事を三年も続けてるのん」

「なるほど」


 確かに、でたらめな強さを持つとはいえ姫騎士は17の少女だ。そんな少女一人に負けるって恥ずかしい。それでも結局負けるなら進攻なんてしなければ良いのに。それが大国の見栄というものなのだろうか。


「それで、帝国内でも無駄な戦争なんてやらなきゃいいのにって不満が高まってるの。それなのにこんな早く進攻してくるなんて変なのよねん」

「そりゃ確かに変だな。しかし、そんなに変なら王国もなんか対策するだろ」

「それがねー。どうもそーじゃないみたいなの。全てを姫騎士がどうにかするから大丈夫って楽観視してるみたいなのよん」

「……また、ハクアに全てを背負わせるのか」


 この国の軍は機能しているのか? ハクア一人いればどうにかなるほど甘い物じゃないと思うけど。


「……それより、マスターは良くそんな事知ってるな」

「ほほほほほ。ちょっと昔のツテをたどってねん」


 マスターには何かあるのは昔から思っていた事だが、俄然過去が気になって来た。どうしてそんなオカマやってるんだろう。


「まっ。俺はハクアの元にいくよ」

「そうなのん?」

「約束したからな」


 一人では戦わせない。

 国がそんなだらしねえなら俺一人ぐらい助太刀にいかないとな。


「でも、今回はきな臭いわよん。行かない方が良いと思うけど」

「そりゃ無理な話だ。ハクアの元へは例え神々の大戦ラグナロクの中だろうが向かう」

「はあ。ラブラブねん」

「相思相愛なんだ」


 絶対に一人にはしないと約束したんだ。男ならそれを守る。それだけだ。


「でも、もう一度忠告しておくわ。今回は嫌な予感がする」

「何を言われても行くよ。だが、その忠告は受け取って最大限準備する」

「そう。じゃあいってらっしゃい。これあげるからん」


 マスターは、ポケットから小さな布袋を取り出して俺に放り投げてくる。

 中を見れば、大量の鉄貨が入っていた。


「これは……?」

「交通費。必要でしょん?」

「ああ。ありがとう」


 剣を持って、俺はバーを後にする。出来る限り準備するために、貧民街を駆け回った。



 ◇



 カレツキ平原――。のすぐ近くにある町に俺は来ていた。カレツキ平原といえば帝国との戦争が良く起こる場所だ。最近では小競り合い程度の争いしかないため、戦争まじかと言っても町は平和だった。


 しかし、帝国がなにかたくらんでると言っても、姫騎士相手に機能するものとは何だろう。先日ハクアから聞いた事だが、ハクアには不意打ちが通用しないらしい。

 王都全体をカバー出来る魔力感知能力で、潜伏している敵がいてもすぐにばれる。背後からの不意打ちといえば戦争の常套手段だが、ハクアにはそれが通じない。大量の弓矢も、魔法も。物量戦すら通じない無敵の存在相手に、なにか出来る事があるのだろうか。


「ふぁ~」


 いろいろと考えていると、ついつい欠伸が出る。だがそれも仕方のない事だ。時刻は絶賛夜。そろそろ眠りに就くべき時だ。

 そんな中、俺はとある一軒の宿屋前に来ていた。


「おお……警戒してるな」


 俺が来ている宿屋は、この町で一番豪華な宿屋だ。そして、ここにはハクアが一向が宿泊している。

 戦場で突然乱入するより、一度ハクアに話を通しておこうと来たのだが……騎士たちが警戒していて普通に接触する事は難しいだろう。


 だが、よく見れば騎士たちの表情は緩んでいる。まあ、護衛対象のハクアは無敵の姫騎士なのでそこまで気合をいれて護衛をしていないのだろう。


「……屋根からいけば気づかれないか」


 おおかたハクアが泊っている所は一番高い所だろう。えらい人は高い所が好きだから。ならば屋根からいけばいいという単純な判断で、俺は隣の家の屋根に登る。


 そこから、宿屋の屋根に飛び移って一息ついた。


「ふう。……警備、ずさんすぎだろ」


 夜とはいえ、屋根の上の不審者おれに気づかないとはちょっと心配だ。


「……ここかな?」


 屋根の上から下をみれば、バルコニーがある。なんか豪華そうなので、ここにいる気がした。

 音をたてないように屋根から慎重に下りる。しゅたっと少し足音がたつものの、無事に侵入に成功した。


 これでさあハクアを探しに行こう、となるわけだが、俺はそれをできなかった。


「誰……」


 俺の首元には、鋭利な刃物が突き付けられている。背後をとられた俺は、ハクアによってすぐさま捕えられた。


「さっきから屋根の上でコソコソと。……あなたは……あれ?」

「ひさしぶりだな。ハクア。ちょっと刃物下ろしてくれる?」

「グレイ? どうしたの?」


 鋭利なナイフをしまったハクアは、困惑した様に俺を見てくる。


「そりゃ、ハクアが戦争に行くと聞いたからな。来ない訳がない」

「グレイ……うれしい」

「それは良かった。戦闘が始まったらドサクサに紛れて合流する予定だから」

「そっか、ありがとう」


 うるうるとした目で俺は見つめてくるハクア。その顔には、ほっとした様な表情があった。


「まあ、そういう事で。またな」

「待って……」


 突然、ハクアは俺に抱き着いてくる。さあ帰ろうとした俺は、帰るに帰れなくなった。


「どうしたんだ?」

「……戦争の前は怖い。いかないで」


 俺の胸に顔をうずめてくるハクアは、嗚咽混じりの声で懇願してくる。

 その様子を見て、俺はそっとハクアの髪を梳く。


「了解。ずっと、そばにいるよ」

「うん……」


 姫騎士と呼ばれ、人外の強さを誇るハクア。だがここにいるのはまだ子どもともいえる弱い少女だった。

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