第二十三話 弱者
――何かが違う。それは、一目で分かった。
カレツキ平原を進軍する数千の帝国兵。それはいつも通りであるのに、明らかに普通とは違う強者。それが七名いた。
「……強いな」
「うん……」
カレツキ平原を進む帝国軍を見つけた段階で俺とハクアは合流した。もちろん周りには人っ子一人おらず、百に満たない王国軍は遥か後方に下がっている。
そんな中、敵は侵攻してきた。ただ、七名の強者。まず纏う覇気が違う。全員、俺より強いだろう。
それが七名。
「勝てるか?」
「分からない。あんなたくさん、の強い人と戦うの、初めてだから」
「なるほど未知って事か」
遠くからでもビリビリとくる覇気。あのハクアでも息をのむ強さ。
今回、帝国は本気でハクアを潰しにきているのだろう。小手先の技も、有象無象の軍も、ハクアには通じない。かつてハクアが言っていた事だが、『私を倒したいなら、量より質』という言葉がある。
多数の軍勢ごときハクアの魔法で一人残らず殲滅できるらしい。不意打ちも効かない。数の力も効かない、罠にはめてもすべてを破壊する。それが姫騎士。
そんな姫騎士を倒すべく、帝国軍が行ったのは圧倒的“質”による侵攻。強者七名で、ハクアを殺す事こそが今回の帝国の目的なのだろう。
ハクアさえ、いなければ今の王国に帝国は勝てる。姫騎士という戦力に頼り切った王国に――。
戦争といえば、多数対多数の対戦だと思い浮かべる。だがこれは、いうなれば決闘だ。
数千の帝国軍は突然ストップし、七名のみがゆっくりとこちらへ近づいてくる。軍隊は、この戦いに役にたたないという事だろう。
この舞台は、強者のみが立つ事をゆるされた場所。俺には、荷が重い。
「グレイ……」
近づいてくる七名を見て、ハクアは困惑の声を上げる。その顔をみれば、迷いが見えた。
「どうすれば……いいの」
そこにいたのは一人の少女で、姫騎士ではなかった。
ハクアはどうすれば良いのか分からないんだ。からっぽの兵器として生きてきたハクアにとって、不測の事態にどうやって対応していいか分からない。
だからといって、俺が的確な答えを出せるわけがない。俺だって戦場なんてこれが二度目の素人。
正々堂々迎え撃つか、不意打ちで攻撃するか、不測の事態として退却するか。それを指示する指揮官が、この場にはいない。
敵は強い。圧倒的だ。俺より強い奴が七人とか、最悪敗北すらありえるかもしれない。
だが、いくら考えても行動は出来ない。
ただ時間は過ぎ、俺とハクア。そして帝国の七人は対峙する事となった。
その間に会話はなく、濃密な殺気のみがすべてを物語る。自然と、ハクアが六人を。俺が一人を相手とる構造となった。
俺の敵は剣士だった。一目で業物だとわかる剣を構える。
「……ガイア帝国S級冒険者のアストレアだ」
一触即発の状況の中、俺の敵である男は自己紹介をしてきた。
「貧民街最強の剣。グレイだ」
「……貧民街? 騎士ではないのか」
まあ、俺の事は騎士と勘違いするだろう。ハクアと共に戦う者なんて騎士以外ありえない。
「今回の侵攻。いままでと毛色が違うようだが?」
「……王国の領土侵攻ではなく、姫騎士を殺す作戦だからな。その為だけに俺たちは集まった」
「なるほど。いいのか? そんな作戦をペラペラとしゃべって」
「ああ。どうせお前は死ぬ。死人に口なしだ」
それと同時に、殺気が襲い掛かってくる。敵は、強い。世界最強といわれる姫騎士を殺そうとする奴らだ。多分、俺では勝てないかもしれない。
だが、ギリギリまでこの男を引き付けられれば、ハクアの助けになるだろう。七人も相手とるなんてハクアでも負けるかもしれない。
「……あまり時間はかけない。加勢に、いかないといけないからな」
「じゃあ、それは阻止させてもらおう」
アストレアは、まっすぐ剣を構え襲い掛かってくる。俺はそれを辛うじて受け止めるが、理解した。こいつは、本物だ。
受ければ死が確定する攻撃を、何度も打ってくる。俺はそれに、防御する事しかできなかった。
「はっ!」
「っと。……」
脳が活性化する。心臓はうるさいほどに鳴り、体はここから逃げようと訴えかけてくる。
だが、引くわけにはいかない。アストレアの攻撃をいなした俺は、隙を見て攻勢にでる。
「はああああああッ!!」
「……良い、攻撃だ」
俺の渾身の一撃も、余裕で受け止められる。
「お前は……いつか俺より強くなるかもしれない」
「そうかい」
「有望な芽を摘む事になるのは、残念だ」
ここからが本番だとばかりに、アストレアの周りに四色の光が浮き上がる。
「火よ。水よ。風よ。土よ。敵を穿て」
アストレアの周囲に浮いた四種の玉は、詠唱と同時に猛スピードで襲い掛かってくる。
「っ!!」
あれは斬れない。そう判断した俺は、突進してきた光の玉を辛うじて避けた。
「……まさか。魔法剣士だったのか」
「ああ。俺に本気を出させるとは、感服するよ」
四色の光の玉は、俺を包囲する様に浮かび上がる。真正面にはアストレア。周囲には光の玉。まさに四面楚歌という事か。
そもそも、俺は剣だけのアストレアに苦戦していた。それが、魔法まで出してくるとなると、勝ち目はゼロに近づいてくる。
「魔法剣――『火剣』。強化魔法『ネオ』」
その上、アストレアの剣が突如発火して火の剣となる。さらにアストレアは緑色の光に包まれた。
「ちょっと、本気だしすぎじゃないか?」
「俺は敵を侮らない。お前を、評価している」
油断してほしかった。いや、アストレアにも時間がないのだろう。
ちらっと横をみれば、ハクアと帝国の六人が戦っている。
しっかりと連携をとっている六人にハクアも何とか対抗している。もし、アストレアが合流したらハクアの勝ち目がなくなるかもしれない。
ならば、ここで倒す。できなくても、時間稼ぎはしないといけない。
「水よ、踊れ」
覚悟を決めたところで、周囲に浮く光の内一つ。青色の光が突如分裂する。それは四方八方から襲いかかって来た。
「はっ!」
「……魔法、切れるんだ」
元のサイズならば斬れなかったが、小さく分裂した奴ならば斬れる。しかし、いかんせん数が多い。斬っても斬っても水の玉は縦横無尽に襲いかかってくる。
「凄いな。だが、すぐに終わらせる」
水の玉ですら精いっぱいなのに、アストレアまで参戦してきた。
「うごッ!」
風のごとき速度で翔るアストレアによって、大きく吹き飛ばされる。数メートルは吹き飛んだと思ったら、いつのまにかすぐ横にアストレアがいた。
「俺は、弱かったのか」
「才能はある。このままいけば、とても強くなっていた」
「その強さ、今欲しかったよ」
倒れてた俺の首筋に、剣はつきつけられる。少し動かすだけで、俺は絶命する。
多分、俺はここで死ぬ。
「じゃあね」
アストレアは剣を振りかぶる。その美しき所作は、俺への敬意なのかもしれない。
だが、死にたくねえ。ああ、まだ生きたい。まだ、ハクアとキスもしてない! その先だって。今死んだら、後悔塗れの人生になる――。
「死にたくない! 弱くても、今死ぬわけにはいかねえんだよ!!!」
火事場の馬鹿力というのだろうか、今剣を振りおろそうとしているアストレアを蹴る。そして、準備していた目潰し弾を投げつけた。
それによってよろけたアストレアを突き飛ばして、起き上がる事に成功する。
「ああああああ!」
剣は遠くに落ちている。だから、俺は呆気にとられていたアストレアの顔に拳をぶち込んだ。
「……っ!! 窮鼠猫を噛むだ! 覚えとけ」
「っちょっと、油断していたな」
だが、決定打になりえない。俺がしたことは延命でしかなく、今の俺ではあいつを倒せない。
「もう、楽に死ねないよ」
「死ぬつもりはない」
とにかく、無手では勝ち目はゼロ。俺はすぐに剣に向かって駆け出す。
ハクアから貰った相棒。これがなければ勝ち目は――。
「えっ?」
俺は落ちていた剣を握った。それなのに、拾えてない。
そうだ、腕がなくなっているんだ。俺の腕と、右手がはなればなれになっている。俺の腕の周りには、赤い光の玉が漂っていて、多分こいつが原因だ。
「っいっだああぁあぁあああ!」
全てを理解した俺にやってくるのは途方もない激痛。だが、アストレアはそれを味わう時間すらくれない。
「こんどこそ、さようならだ」
眼前には剣が迫っている。その剣は美しいまでの技巧で、俺の心臓を――
「グレイいいいいいいいいいッ――!!」
ハクアの悲鳴が聞こえる。それと同時に、俺を殺そうと迫っていたアストレアが消えた。
どこにいったかと思えば、数十メートル先まで吹っ飛んでいた。
それを為したのは、泣きながら俺の方を見てくるハクアだ。しかし、ハクアは俺を助けた事で隙が出来る。
それを見逃すほど、奴らは弱くない。
「姫騎士、とった!」
大剣を振りかぶった男がハクアの背後から斬りかかる。ハクアの様な少女があれを喰らえば、見るも無残な肉塊になる事は明白。
だが、それは起こりえなかった。
「どっか行って」
ハクアがそう呟きだけで、男は空高く吹き飛ぶ。なにか予備動作があったわけでもなく、魔法を受けたふうでもない。ただ、なんの前触れもなく吹き飛んだ。
「……雷、落ちて」
その上、残っていた五人にむけて空から雷を落とす。
もちろん彼らは強者。それを軽々と防ぐが、何度も降り注ぐ。何度も、何度も、何度も。
逃げようとして永遠に追尾して、限界なんてないように降り注ぐ。元凶であるハクアを殺せばと捨て身で突進する者もいるが、バリアの様な物に阻まれて必殺の一撃すら与えられなかった。
雷は永遠に降り注ぎ、五人の処刑が終わる頃には一帯が地獄絵図となっていた。
その上ハクアは、遠くに控えていた帝国兵に向かって魔法を放つ。
それは竜の
ハクアが放つ魔法は、強すぎる。圧倒的範囲、圧倒的威力、圧倒的持久力。数千の大軍に恐怖を抱かせる魔法を、ハクアは平気で何度も撃った。
それにより、武器も防具もすべて放り出して逃げる敵兵。さすがに追い打ちはかけようとせず、逃げる敵兵を尻目に俺の方に走ってくる。
「グレイ、右手が……」
「ああ……」
ハクアが起こした事に呆気にとられ、痛みを忘れていた。しかし、それが終わった事によって再度痛みが起こる。
「いっっっっっつ!!」
「治って」
ハクアがそういうだけで、痛みが消える。千切れた右手と、腕をくっつけたハクアは、再度魔法を掛けた。
「ごめんね。私が、もっと、早く本気をだしてたら。……怖かった。これ以上、力を振るうのが……。人を殺すのが」
ハクアは、俺の手を直しながら懺悔をする。
「んなわけないだろ。すべて、俺の弱さが原因だ。俺こそ、謝らないと」
俺が今回した事はなんだ。敵に殺されそうになって、ハクアに望まない力を振るわせて、その上謝らせた。邪魔しかしてない。
ハクアより強くなってハクアを守る。……そんな夢を抱いていた。
だが、今日のハクアを見れば分かる。六人の強敵相手に手加減をしていたんだ。本気をだせばあれぐらいどうってことない。数千の兵なんてすぐに殲滅できる。
人外、神の領域といえるハクアより強くなる。
俺がしていた事は、ただ剣を振るっていただけ。それだけで、ハクアより強くなれるはずがない。
俺はぬるま湯に浸かっていた。それが、ハクアに望まない力を振るわせる結果になった。
「ごめんな。俺は弱かった。弱いんだ」
俺の強さは井の中の蛙。ハクアが楽に勝てる相手にすら勝てず、何がハクアより強くなるだ。何がハクアを守るだ。
弱い。俺は弱い。今は、弱さが憎い――。
◇
俺は逃げた。戦場から。これ以上ハクアに合わせる顔がなくて、逃げた。
もっと力が欲しかった。ハクアを守れる力を、望まぬ力を振るうハクアを、守れるぐらいの力が欲しい。
強くさを求めて、逃げて、逃げて。俺はいつのまにか貧民街に帰りついていた。
「あれ、兄貴お帰りっす」
いつも通り、呑気な顔をしたゴーズがいる。その顔に、今は少しだけ救われた。
「ゴーズ。……ちょっと、旅に出ることにするよ」
「どういう事っすか?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべるゴーズ。
「もっと、強くなりにいく」
「……兄貴は十分強いっすよ?」
「それじゃあダメだ。王国最強、世界最強より強くならないと」
逃げ続けた俺は、決めた。強くなると。
今のまま、剣を振るっているだけじゃダメだ。ハクアの側で修行しても、絶対にハクアに甘えてしまう。
「じゃあ、このナワバリは捨てるんすか?」
「すまん。後は全部、ゴーズに任せる事になる」
「……なんで、強くなりたいんすか?」
「愛した女を守るため」
「……じゃあ、しゃあないっすね」
ゴーズは、ため息一つで頷いた。
「行ってくると良いっすよ。後は何とかしとくっす」
「ありがとう」
「良いっすよ。でも、強くなったら帰って来てくださいね」
「ああ。早く、強くなって帰ってくる」
いい部下を持った。
悪い上司ですまない。
強くなる。強くなりたい。
ただ、心残りがある。ハクアに『行ってきます』と言えなかった事だ。
だが、多分言ったらずるずると引き延ばして結局旅立てないはず。
ほんの少しだけ、待っていてくれ。強くなって帰ってくるから。
――この時、ただ強くなりたかった。だが、誤算だったのは俺がハクアの中でどれほど大きい存在なのか理解していなかった事だろう。
ハクアならば、俺がいない程度大丈夫だと思ってしまった。それだけは、誤算だった。
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