6th phase-4

 夜になり、ホテルを抜け出す。

 私は幸か不幸か上条さんと同じ部屋だったこともあり、彼女が風呂に入っている間に部屋を出て行ったのだ。

 まあ、あの女と同じ部屋にいるとストレスがたまりそうだったから、さっさと消えたかった、というのもあるが。

 そして、電車に乗って伏見駅を降り、有名な竹林を目指す。

 昼は観光客で賑わう観光地も、夜は誰もいないこともあって、非常に静かだ。

 風が吹けば竹が揺れ、その音が反響する。

 それほどの静寂の中、一人夜の竹林を警戒しながら進む。

 一応、ホテルの食事用ナイフを一本失敬したが、果たして役に立つだろうか。

 不安になりながらも、闇夜を進む。

「……」

 ふと、違和感を覚える。

 あまりにも、気配がなさすぎる。

 通常、ここまで静かだと足音は大きく響き、むしろその反響を利用して奇襲をかける連中だっている。

 にもかかわらず、ここまで無音を貫くのは普通の人間には難しい。

 ということは、おそらくこれから会う人間は、確実にプロだ。

「……Open the eye」

 先に目を起動しておく。

 暗視モードも起動するが、見る限り人の影は見られない。

 瞬間、『眼』が確かに何かを視た。

「……!」

 バックステップで身を躱すと、先程まで自分が立っていた場所を、何かが穿つ。

 それは、弾丸だった。

 7.62 mm の弾丸が、私の頭を吹き飛ばすべく飛来したのだ。

 炸裂音が聞こえなかったから、サイレンサーをつけているのかもしれない。

 それに気づいた私の行動は早かった。

 竹で編まれた塀をよじ登り、遮蔽にする。

 闇夜にまぎれたスナイパーを発見することは難しい。

 私の『眼』を使えば発見できるだろうが、発見する頃には二発目が私を吹き飛ばすだろう。

 まいったな。

 迂闊に、動けない。

「……」

 周囲を見渡す。

 暗い竹林は、時期的に落ち葉が少ないこともあってか、まだ動きやすそうだ。

―――まあ、ないよりはマシか。

 深呼吸を一つ。

 そして、竹林の中を一気に駆け出した。

 案の定、視界が悪い中でも弾丸が飛んでくるが、竹に遮られて予想通りに命中しない。

 そんな中、走り回るとわざとらしく倒れた。

 そして、身動き一つせずに、チャンスを待つ。

 しばらくすると、何かを踏みしめるような音が聞こえる。

 それでも足音が聞き取りずらいのは、足音を立てないような訓練を受けてきたからなのだろうか。

 そんな足音が徐々に近づき、私のすぐ近くで止まった。

 ここだ。

 勢いよく起き上がり、隠していたナイフを突き刺しにかかる。

「……!」

 むこうも警戒していたらしく、ナイフは手にしたライフルで受け止められた。

 敵の手にしたM24 スナイパーライフルは、私のナイフの強度ではビクともしない。

 暗視ゴーグルに防弾チョッキという重装備。

 そこから伺える僅かな胸の膨らみから、おそらくこいつは女性だろう。

 ナイフとライフルのつばぜり合いからも、力が拮抗しているのが伝わる。

 だが、これは予想通りだった。

 倒れていた間に拾った大き目の石で、狙撃銃を思い切り殴りつけた。

「……なっ!?」

 驚いたような声を出した女だが、もう遅い。

 ボルトアクション式ライフルのボルトハンドルをへし折り、破壊する。

 これで、少なくともこの銃はパーツを交換しない限り使えない。

「……これで、狙撃はできませんよ、亡霊さん?」

 軽く挑発する。

 これで激昂でもしてくれれば、対処はしやすいのだが。

「……見事だ。流石は、あの男の娘だな」

「……え?」

 何を言ったか理解するよりも早く、女は暗視ゴーグルを取り去った。

 外見は20後半から30代前半くらいだろうか。

 短く切りそろえた髪に、切れ長の瞳。

 修羅場を潜ってきたのだろうその眼からは、恨みが感じられるほどの殺気を湛えている。

「……お互いに初めましてだろうな。私は、芦野あしの瑤子ようこ


「おまえの父親、鬼道正義に、全てを奪われた者だ」

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