Lost phase-22

 数日後、とある病院にて。

「……今日で、退院だったわよね、あいつ」

「あいつ? 風間さんですか?」

「そうよ! これで帰ってこなかったらこっちから殴り込みに行ってやるわよ!」

「……女性って、怖いな」

 若干引き気味のノアに、中指を突き立てて憤慨する瀬見。

 今日はあの事件以降、入院していた風間重一郎の退院日だった。

 出迎えには正義が向かっているため、この場にいるのは彼ら以外にはいない。

 木登は奥さんにナンパがバレたらしく、アメリカに逃亡している。

 何とも間抜けな話だが、出刃包丁片手に彼を追い回している奥さんの様子を見る限り、鬼気迫るものがあるのは確かだ。人間ではないのノアでさえ、この場からいなくなりたいと思ったほどだった。

 そうこう言い合ってる間に、病院玄関の自動ドアが開く。

 気づいた二人が視線を向けると、車いすに座る風間と、それを押す正義の姿があった。

「……来てたのか、二人とも」

「お疲れ様です、風間さん」

「……」

 労うノアと、視線を逸らす瀬見。

 対照的な対応の違いに、それを見た正義は困ったように頬をかく。

「えーと、……」

 何か言おうと口を開く正義だが、それと同時に風間が自分で車いすを転がし、瀬見に近寄る。

 体格の大きな普段の彼だが、今は彼女を見上げる形となっており、若干違和感を感じる状況となっている。

「……な、何よ?」

「聞いたぞ。お前らが、俺を助ける作戦を考えたんだってな」

 瀬見とノアを交互に見やる風間。

「正確には、情報を集めたのは彼女で、作戦立案が私でした」

 ノアがサラッと言う。

「……そうか」

 そう一言言うと、

「「……!?」」

「……すまなかった。ありがとう」

 頭を下げ、謝罪した。

 二人は驚きを隠せなかった。

 特に瀬見に至っては、当初殴ってやると息巻くほどだったため、目の前の光景が信じられないでいたほどだ。

「……な、何よ、急に」

 戸惑って視線を外す瀬見。

「おまえ達のおかげで助かったのは事実だ。その礼を言うのは当たり前だ」

「別に、礼なんて……」

「いや、全く未経験の中での功績だ。本当に、ありがとうな。腕がいい」

 素っ気なくふるまう彼女に、風間は再度礼を言う。

 そして、不意に彼は手を彼女の頭に持っていき、優しく撫でた。

「……!?」

 完全に不意打ちとなった彼の行動に、瀬見は顔を真っ赤にしてあたふたし始める。

「な、何すんのよ!?」

「何って、感謝の礼だよ。今はこれくらいしかできないから、許してくれ」

「や、やめなさいよ!」

「お、おい、突き飛ばすな! この車いすは止まれないんだぞ!?」

 彼女が思わず突き飛ばしてしまったことで、風間は流されるように離れていく。

「……あっ、ごめんなさい!」

 謝罪の言葉とともに、彼を追って瀬見も駆けて行った。

「……何なんですかね、あれ?」

「さてね。ふふ」

「……何を笑ってるんですか?」

「まあ、ノアにはわからないことさ」

 からかうように笑う正義。そんな彼に、ノアはため息をつく。

「それはそうと、これから私達はどうなるんです?」

「ああ。『闇』は本日をもって、正式に解散だ」

 あっさりと重大なことを言う正義だが、ノアはそれを予期していたかのように冷静だった。

「早くも、私は無職ですか」

「心配するな。後継の組織が立ち上がることになってる。風間を含め、君らにはそっちに入ることになるさ。顧問もドクターが引き継ぐみたいだし、まあうまくやって行けるだろう」

「……あなたは?」

「……僕には、まだやることがある」

 歯切れが悪い雰囲気で、彼は言う。

「まあ、近いうちにわかるさ」

 そう言って、正義は歩き始めた。

「どちらに?」

「風間達を迎えに。あいつら、今ほとんど金ないから帰れないだろ?」

 そう言って、二人は歩を進める。

「……あ、そうだ」

「? どうしたんですか?」

「カルタ! カルタなんてどうだ?」

「?」

 正義の突拍子もない言葉に、ノアは疑問符を浮かべる。

「おまえの名前だよ。正式に日本人として暮らすための名前だ。いい名前だろ?」

 自信満々な正義に、再びため息をつくノア。

「……まさか、初めてやったゲームから、その名前にしたんじゃないでしょうね?」

「……ダメか?」

「安直すぎるでしょう? まさか、娘さんにも同じように名前つけたんじゃないでしょうね?」

「……名前は妻が考えたんだが、漢字までは決められなくてな。そこだけは、俺が……」

「……娘さんに、同情しますよ」

 頭を抱えたくなるノアと、いい名前なんだがな、とぶつぶつとぼやく正義。

 二人はそうして、風間達の元へと歩いて行った。



 この数週間後、鬼道正義は処刑された。

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