Lost phase-21
阿高の前に突貫した正義は、即座に発砲した。
「……!」
「おいおい、突撃か!?」
驚きつつも銃撃で反撃するあたり、阿高も相当の修羅場を潜ってきていることがわかる。
「……」
ジェニーは自身の銃を手にしつつも、阿高を援護できないでいた。
彼女を庇うような体勢で、阿高は正義を迎撃していた。
薄暗い中で援護しようものなら、下手をすれば阿高に命中してしまう可能性があったからだ。
お互いのマズルフラッシュを頼りに応酬を繰り返す。
しかし、連射速度は阿高のモーゼルの方が速く、徐々に追い詰められていく正義。
「……」
しかし、彼の顔は冷静だった。
弾丸が頬を掠め、足元に着弾しようが、全くと言っていいほど表情が変わらなかった。
それはまさに、生きる銃座だった。
殺人機械と呼ばれた男に、相応しい姿と言えるだろう。
「……くそっ!」
反対に、阿高は冷や汗をかき始めていた。
彼の脳裏に、この後に来るであろう特殊部隊の姿が過ぎる。
正義相手に時間をかけている余裕など、本来ない。
しかし予想外の彼の猛攻に、苦しんでいる現実が、阿高を心理的に追い詰めていた。
そして、
「……がっ!」
勝敗は、決した。
正義の弾丸が、阿高のモーゼルを弾き飛ばす。
取り落したモーゼルを取ろうと動こうとするが、
「……」
冷徹な表情の正義の持つ銃口が、それを許さない。
彼の銃口が阿高の頭を捉え、あとはトリガーを引くだけで全て終わる。
「……」
「……」
二人に緊張が走る。
「……っ!」
瞬間、彼らの間に影が割って入る。
正義の指はそのまま引き金を引き、弾が発射される。
放たれた弾丸は正確に影を捕らえ、そのままその者の身体を抉る。
月光が窓から差し込み、その影の正体を照らし出した。
「……ジェニー!」
その影の正体は、阿高をかばって立つジェニファー・リューミンだった。
銃を構えて躍り出た彼女だが、正義の弾丸が彼女の胸と脇腹に命中しており、出血がひどい。
「……あ、阿高……」
何とか言葉を絞り出す彼女だが、それは、正義にとって好機となった。
「……」
眉一つ動かさなかった彼は、さらに弾丸を放つ。
躱す力も残っていなかった彼女は、そのまま弾丸をその身に受けた。
「……ジェニー!」
倒れた彼女に阿高は駆け寄る。
すでに見開かれた瞳孔と、冷たくなってくる肌。
呼吸していない身体が、彼女がすでにこの世にいないことを物語っていた。
「……ジェニー」
阿高が強く肩を抱く。
その瞬間、ジェニーの左腕がだらりと落ちる。
彼女の左手の薬指にはめられた、指輪を煌めかせて。
「……おまえらは、何なんだ」
阿高が怨嗟を込めて正義を睨む。
「俺達みたいな社会のはみ出し者が、どういう扱いをされているか知ってるか? ほんの些細な失敗で刑務所に入って、反省して出てきたところで居場所はねえ。碌な定職につけず、周囲からはゴミを見る目で見られる。政府は更生して社会復帰した後のことなんざ知ったこっちゃねえって面で、結局見向きもしねえ。過去の過ちを犯しちまった奴らの救済なんざ、口先だけでする気もねえ! そんな奴らに、思い知らせてやるんだ! おまえ達が見捨てた奴らの意地って奴をな!」
激昂する阿高。
もはや全てを失った男は、ジェニーの手にしていた銃を手にする。
「……!」
正義は警戒して銃を彼に向ける。
お互いに、銃を向けあう形となった。
だが、
「……!?」
阿高は手にした銃を、正義から逸らす。
そして、そのまま自分のこめかみに銃口をあてがった。
「……もう、俺はここまでだ。あの世で待ってるぜ、糞野郎」
ニヤッと嗤った男は、そのまま引き金を引いた。
血と脳漿をまき散らせて倒れた男を見下ろし、正義は、
「……おまえの言うことは、真っ当だよ。だが、おまえ達の行動は、同じような連中を生むだけだ。やり方さえ真っ当だったなら、きっと、世の中をいい方向に変えられたのかもしれないがな」
と、呟く。
タバコを吸おうとポケットに手を伸ばす。
彼のお気に入りの、アメリカン・スピリット。
煙草を咥え、ライターで火をつける。ゆっくりと煙を吸い込み、肺に送り込むと心が落ち着いてくる感覚がする。
「……また、あいつに怒られるかな」
自嘲気味に笑う彼の脳裏に、亡き妻の面影が過ぎる。
瞬間、大きな音を立てて大勢の人間が突入する。
阿高達の罠をかいくぐって到着した、特殊作戦群の連中だった。
「……鬼道正義、だな? 『闇』の介入は連絡として受けていないが?」
リーダー格らしい男が声をかける。
「まあな。俺の独断だ。それより、こっちはすでに終わってる。この手柄をおまえ等にやるから、見逃してくれないか?」
「……言ってくれるな? 俺達の任務は、『ここにいる連中を皆殺しにしろ』ってことなんだが?」
「そう言いながらも、風間を回収したんだろ? 血と硝煙の臭いがしない。あからさま過ぎるぞ? 隠すつもりなら、上手いことやれ」
「……チッ」
舌打ちして、顎をしゃくって道を開けさせる。
正義はぞろぞろと通っていく部隊の連中を脇目に、その横を通り過ぎる。
館を出た彼を、薄っすらと昇る太陽が出迎える。
こうして、長い一夜がようやく終わりを迎えたのだった。
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