Lost phase-16

 時は数時間前に遡る。

「場所は旧『伯山荘』。今は閉鎖された山荘を買い取って、そこを非常用のアジトに改装したらしい。そこまで行く主なルートは2箇所。道中はトラップが仕掛けられている可能性がある」

 淡々と説明する正義。

 会議室に再集合したのは、いまだにぐったりと眠っている瀬見以外のメンバーだった。

「現状、このトラップ網を潜っていくのは危険と考えている。ただ、ここを通っていかなければ到達はできない」

「他のルートはないのか?」

 木登が尋ねる。

「ないな。2箇所ルートがあると言ったが、もう一本は獣道だ。闇夜に襲撃をかけるにはリスクが大きい。道に慣れてる奴ならともかく、俺達には厳しい。山荘に到達する頃には連中に逃げられてしまうだろう」

「……なるほど」

 納得する木登だが、悩みが解決した訳ではなかった。

 現在、正義の頭を悩ませていたのはこれだった。

 見えない中での強行軍は、ただでさえ道の悪い山道には危険だ。

 暗視ゴーグルをしたところで、トラップが行く手を阻むのは確実。

 そこで、こうして集まって対策を考える流れになったのだ。

「……ノア、何かないか?」

 ノアに視線を向け、尋ねる正義。

「……」

 ノアは少し考えると、

「……ないわけではありません。ただし、かなり費用を使いますが、大丈夫ですか?」

「もう考え付いたのか。計算が早くて助かるよ。ああ、金は気にするな。後で岩國さんに請求書を回そう」

「……いいねえ、そんなセリフ、言ってみてぇ」

 ため息をつく木登を尻目に、ノアは口を開いた。

「作戦は……」



 そして、現在に時間は戻る。

「……まさか、夜中にスカイダイビングをする羽目になるとはね」

 愚痴る正義は、ヘリの窓から外を見下ろす。

 灯りがほとんどない暗闇に、ぼんやりと夜目で見える山荘があった。

「……よく見えないな。まあ、予想通りだが」

 そう言って暗視ゴーグルを起動する。

 明度を暗闇でも山荘が視認できる程度に調節し、改めてこの状況になった経緯を思い返す。

「……全く、よくも考えられるな。人間臭いくせに、こういう事させるのは、非人間的だな」

 正義は、ノアの作戦を思い出す。

 ノアが立案した作戦は2つ。

 1つは、特殊作戦群に山荘の情報を流すこと。

 先行して突入してもらい、阿高達の兵力を削ぐためだ。犠牲者が出ることも厭わない、大胆な思い付きだった。トラップの除去も部隊に引き受けてもらうことで、先に連中が到着して風間諸共、山荘を灰燼にすることを防ぐ。

 もう1つは、この闇夜のパラシュート・ダイブだった。

 獣道やトラップだらけの道を行くぐらいなら、空中なら警戒していないだろう。

 しかも、闇夜に紛れて実行するなら反撃もされにくいだろう、とのことだ。

 山荘を衛星写真で見る限り、対空兵器の類がないことは想定済みだった。

「……やれやれ、今度やるときは、この役はあいつにやってもらうか」

 そう独り言をつぶやくと、手にした89式小銃の弾薬を装填し、ヘリのドアを開けた。

 瞬間、大量の風がヘリに吹き込んでくる。

 一瞬目を細め、一歩踏み込む。

 眼を閉じ、大きく息を吸い込む。

 そして、飛んだ。

 闇の冷たい夜空にダイブすると、強烈な空気抵抗が体を襲う。

 ギリギリまでパラシュートは開かない。

 反撃もそうだが、特殊作戦群からの誤射や迎撃を受ける可能性がある。

 正義が強襲を仕掛けることは、部隊には連絡していないため、撃ち落されても文句を言えないのだ。

「……」

 ゴーグル越しに落下しながら、小銃を構える。

 そして、引き金を引いた。

 円状に弾丸を連射し、人一人が入れる程度の穴を作る。

 円形の弾痕が残るが、陥没することはなく、そのままの状態を保っている。

 そして、正義はパラシュートを開いた。

 強い空気抵抗が体を襲い、内臓を吐き出すのではないかという感覚さえした。

 それでも吐き気を堪え、銃を手放すことなく落下する。

 屋根の弾痕に足が付いた瞬間、パラシュートを外した。

 重力によって屋根に荷重がかかり、そのまま屋根が陥没していった。

 瓦礫とともに落下し、土煙が視界を覆う。

 建物の2階に落下したらしく、室内は薄暗い。

 室内には銃を手にした仁井谷阿高と、鎖で拘束されて銃創もある風間。

「……どうやら、ビンゴらしいな」

「……何者だ、貴様!」

 激昂する阿高に、小銃を構える正義。

 戦いに、決着が近づいていた。

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