other phase 1-7
毎回、この店に入るのは緊張するな。
私、鬼道佐久弥はこの店の前に立つ度にそう思う。
この店の店主である紫苑さんとは仕事仲間ではあるが、やはり彼ないし彼女の経営するこの店は入りにくい。
悪鬼羅刹とまでは言わないが、人外魔境に迷い込んだような感覚になる。
以前は瀬見さんと来たのだが、活発で興味深々な彼女が終始圧倒していた記憶がある。
……まあ、所長や風間さんと歩いていると、下手したら通報されてしまうのではないかと思って、日中は一緒に歩きたくないから誘っていないのは口が裂けても言わない。
「……」
一回深呼吸して、扉を開けた。
「すいませーん、紫苑さん、いますかー?」
遠慮がちに入ると、バーカウンターに見覚えのある二人を見つけた。
「……あれ?」
予想外の光景に、思わず疑問符が口に出る。
いたのはクラスメイトの二人。
上条ちひろと、嘉村真一。
片や一度は殺し合った仲であり、もう一人は、何と形容していいかわからないが、とりあえずクラスメイト、というレッテルを張っておこう。
まあ、無視できない間柄、ということだ。
「……鬼道さん?」
「あれ~、鬼道さんじゃん。どうしたの、こんなところで?」
向こうもこちらに気づいたらしく、私に視線を向ける。
「……知り合いが経営してるお店ですので」
「経営? もしかして、紫苑さん?」
「知ってるんですか?」
「うん。ちょっと前に助けてもらったんだ」
嘉村が応える。
今一よくわからないが、気にしたところで仕方ない。
「……まあ、いいけど」
そういって、嘉村の隣に座る。
「……あれ?」
上条さんが口を開く。
「どうしたんですか?」
「鬼道さん、嘉村くんと仲良かったっけ?」
……。
「……は!?」
そういえばそうだった。
この嘉村という男とまともに話し始めたのはつい最近だ。
しかも、僅か数回。
そのことを、この上条さんは知らないはず。
「うん。最近は声に反応を返してくれるようになったんだ」
「おまえは余計なことを言うな!」
誰か、この隣の男を黙らせる方法を教えてくれ。
何だか恥ずかしく、顔が熱い。
いっそのこと、この場から逃げ出したいくらいだ。
「……驚いたわね」
「……! 紫苑さん!」
手にオレンジジュースとコーヒーを持った紫苑さんが奥から出てきた。
最早、藁にも縋る思いだった。
とにかく、この場を何とかしてほしい。
「紫苑さん、私にも何か……」
「……サクちゃん、あなた……」
紫苑さんが涙ぐんで言う。
「……友達、いたのね。よかった……」
「……え?」
呆気にとられる私。
「心配だったのよ。あなた、人付き合いとか苦手そうだし。学校で孤立してるんじゃないかって。風間ちゃんとかカルタちゃんとかはその辺り無神経だから、あたし、心配で……!」
なんてことだ。
自覚していたとはいえ、組織内でそんな風に思われていたのか。
「……二人とも!」
「「!?」」
紫苑さんが二人に大声を出す。
二人が驚いてるから、厳つい顔を近づけるのはやめてあげてほしい。
「サクちゃんをお願いね! この子、友達少なそうだし、仲良くしてあげて!」
「や、やめてください! 紫苑さん!?」
おかしい。
敵が増えただけだった。
「……は、はい」
「……わかり、ました」
上条さんと嘉村も、目の前の巨漢に気圧されて反応する。
……やっぱり、たとえ極道であっても紫苑さんの圧力は凄いらしい。
「さてと、それじゃもっとサービスしないとね。ケーキか何か持ってくるから、サクちゃんの学校でのこと、教えてちょうだい」
「……はい」
「任せて!☆」
「ちょ、ちょっと!?」
優し気に答える嘉村君と、元気いっぱいな上条さん。
ちょっと待て。本当に。頼むから。
私の学校でのことを赤裸々に話すのをやめて。
こうして、後悔しか残らない一日は過ぎていった。
嗚呼、早く忘れたい。
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