other phase 1-6
そこは、ある種の異界だった。
決して薄暗くない程度の照明に木製の内装。
バーカウンターが備え付けてあることから、カフェと説明されていたが、夜はバーになるのだろうか。
小さなダンスフロアもあり、そこで踊る踊り子は、さぞや会場を賑わせることだろう。
ここまでは一見どこにでもありそうな店だ。
問題は、店員にあった。
服装は普通のウェイトレス。
見た目は、誰がどう見ても男性。
一見すると女性に見える人もいるが、それ以上に見た目が隆々とした男性のウェイトレスが目に飛び込む。
日本ではまだまだ珍しい光景が、そこにはあった。
「あら、紫苑ちゃん。お客さん?」
紫苑に話しかけてきたのは、筋肉の塊のような、ウェイトレス姿の男性だった。
「ええ、そうよ蜜柑ちゃん。あたしの客だから、手ぇ出すんじゃないわよ」
「わかってるわよ。あたしだってまだ五体満足でいたいんだもん」
「……それどういう意味よ」
紫苑がちひろと嘉村を先導し、バーカウンターの席を勧める。
二人は物珍しそうに周囲を見回し、店の空気を肌で感じていた。
「どう、あたしのお店? 気に入ってもらえたかしら?」
「素敵なお店ですね」
嘉村は素直に答える。
「まあ、嬉しいこと言うわね。そういう人、あたし好きよ」
「……あはは」
「……何困った感じになってるのよ」
そう言って一息つく紫苑。
「この店もね、結構苦労したのよ」
「苦労、ですか?」
「そう。この店の店員見て、ビックリしたでしょ? まだ日本では見慣れないし、偏見も多いのよ。ここの人達ね、みんなかつての生活が嫌でここに流れ着いた人達なの。学校や仕事先で馴染めず、いじめを受けてここに来た行き場のなかった人達がここで働いてるの。ここ以外だと、それこそ風俗店とかしかないしね」
「……」
「あ、ごめんなさいね。子どもに言うことじゃなかったわ」
「いえいえ、話してくれてありがとうございます」
「……ありがとう。あなた、将来大物になるかもね」
一息ついた紫苑は、二人にオレンジジュースを出す。
「サービスよ。あたしの驕り」
「あ、ありがとうございます」
遠慮がちに感謝する嘉村。
「……あ、ありがとう、ございます」
若干警戒心が残るものの、感謝は一応言うちひろ。
「どういたしまして。それで?」
「?」
「あんたたち、付き合ってどれくらい?」
「「……っ!?」」
いきなりの爆弾発言に、うっかり吹き出しそうになる二人。
「ち、違うわ!」
顔を赤くしたちひろが全力で否定する。
「あら、違うの? あんな薄暗いところで逢引してたから、てっきり……」
「好き好んであんなところにいたんじゃないわ!」
ちひろが慌てて弁解するが、顔はいまだに朱に染まったままだった。
「あはは……クラスメイトですよ、ただの」
困ったように笑う嘉村。若干頬が赤いのは、彼も照れ臭いからか。
「……まあいいわ」
おかわり取ってくるわね、と言って離れていく紫苑。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
紫苑の発言でお互いが嫌でも意識してしまう。
「……ねえ」
先に口を開いたのはちひろだった。
「どうして、あの時ちひろを助けてくれたの? あの人達、結構怖そうな人達だったのに、それでもちひろを助けたのはなんで?」
ずっと疑問に思っていた。
普通、たとえクラスメイトであっても囲まれている人間を助けようなんて思わない。
しかもたった一人。
偶然見かけたからとはいえ、下手をすれば怖い思いをするのは嘉村本人なのだ。
「……うーん」
少し悩んだ後、彼は言った。
「関係ないよ。僕が助けたいと思ったら、体が動いただけだよ」
「……っ!」
その言葉で、ちひろは思い出した。
かつて言われた、孤独だった自分を救ってくれた言葉。
彼とは過去に出会った記憶はない。
だが、過去の少年と同じ言葉を言った、目の前の少年。
何だか、偶然とも思えなかった。
「……上条さん?」
嘉村が心配そうに話しかける。
「……! 何でもないよ! 何でも!」
「?」
慌てて反応するちひろは、顔を真っ赤にしていた。
何がどうしてそうなったのか。
ちはる本人もよくわかっていなかったが、彼女は何となく知覚していた。
上条ちひろは、嘉村真一のことが好きなのかもしれない。
「……あのさ」
やっとちひろが口を開く。
その時、店の扉が開く音がした。
思わず二人が振り返ると、見覚えのある姿がそこにあった。
小柄の体に、三白眼ほどの鋭い瞳。
そして、彼女の右目を覆う、医療用の眼帯。
二人がイメージした場所は違うが、ともに共通した一人の人物だった。
「すいませーん、紫苑さん、いますかー?」
そこにいたのは、ちひろにとってはかつて刃を交えた仲であり、嘉村にとっては放っておけない話し相手。
鬼道佐久弥の姿が、そこにはあった。
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