4th phase-3

「佐久弥さん、あれ! あれなんですか!?」

「……カラオケよ」

「なるほど、あれがジャパニーズ・カラオケなんですね! あ、あれはなんですか!?」

「……パチンコ」

「あれがジャパニーズ・カジノのパチンコなんですね! 初めて見ました! あ、あれは……!」

 テンションの高い護衛対象のコンバルトさんを伴って、雨の降る街中を歩く。

 これは何も、色っぽい理由があるわけでは断じてない。コンバルトさんが日本の街を見てみたい、と言うから仕方なく、護衛として同行しているのだ。

 午後でも賑わう街中をイケメンの外国人と歩くと、それなりに人目を引くみたいだ。何人かはこちらを一瞥する。

 というか、コンバルトさん。こんなにテンションの高い性格だったか?

 まるで純粋な子供みたいだ。

「……」

 コンバルトさんの言葉に返事しながら、周囲を見回す。

 敵はあの連中だけとは限らない。

 狙撃や爆破、人混みからの不意打ちなど、街中での戦闘は警戒すべきところが多すぎる。

 私はというと、学校帰りのそのままのため、ろくな武装もないそのままの状態。

 正直、風間さんか紫苑さんが来てほしい。

「……佐久弥さん」

 コンバルトさんが声をかけてくる。

「……なんですか?」

「……佐久弥さんは、好きな人がいるのですか?」

 唐突に、そんなことを言われた。

「……はぁっ!?」

 不意打ちだった。

 周囲に意識を向けていたこともあって、完全に不意打ちだった。

「……ど、どうして、そんなことを?」

「だって、私は毎回のように愛を囁いているのに、全く振り向いてくれないではないですか」

「……囁くどころか、大声ですけどね」

 そうなのだ。

 コンバルトさんはこの日本が大好きで、ことあるごとに興味津々で聞いてくることに聞いてくる。

 たまに、何かのアニメで知ったのか、偏った知識を披露してくれることもあるが。

 そんな人物とともに行動しているわけだが、こいつは事あるごとに私を口説こうと歯の浮くセリフを投げてくる。

 正直鬱陶しいし、彼の声が大きいこともあって恥ずかしい。

 ……あいつの前で、あんなこと言うのはやめてほしい。

 何でこんなことを考えるのかはわからないが、とにかく迷惑に感じてはいる。

「コンバルトさんこそ、なんでそんなに私を、その、好きだと言うのですか?」

「? 好きだから、という以外にはありませんけど?」

「そうではなくて、その、私以外にもかわいい女の子はいると思うんだけど?」

「……」

 うつむいてしまったコンバルトさん。

「……私に寄ってくる女性は、皆、私の資産狙いの者ばかりだ」

 そのまま、コンバルトさんは語る。

「私はバスクメニスタン皇太子、つまりはいずれは一国の国王になる者だ。だが、そんな私に寄って来る者など、ただ、私の持つ金と、後の『皇女』の肩書を欲しているだけだ」

「……そうとも限らないのでは?」

「いや、そうさ。彼女らの背後にいる者達は、どこかの国の富豪や大企業の社長。そんな連中の腹の中は、嫌というほど見てきた。ここだけじゃないんだ、暗殺者が向けられるなんて。場合によってはテロリストに襲撃だってされる。そんな私に寄ってくる者なんて、信用できるわけがないんだ」

「……」

 長い独白が終わり、コンバルトさんは再びうつむいてしまった。

 そんな風に考えていたのか、と私は思う。

 だが、尚のこと解せなかった。

「……わかりませんね」

「え?」

「だってそれは、なぜを好きだと言っているのか、の理由になっていません」

「……それは」

 困った様子の彼に、さらに言う。

「それに、あなたは人を見る目がありませんね」

「……あなたに何がわかるんだ」

「何も。ただ、今の話だと、あなたは相手の奥まで見るのには長けているみたいですね。でも、それは奥を見すぎていて、彼女達そのものを見ていないのでは?」

「……っ!」

 ハッとした顔をするコンバルトさん。

 つまるところ、この人は誰でもよかったのかもしれない。

 自分に近づかない女。自分に靡かない女性なら誰でも。

 それは、ある種の防衛行動だ。

 つまり、私のことなど、どうでも……。


「おや、こんなところで逢引かい?」


「……!?」

 その声は、あまりに唐突に聞こえた。

 私の前にいる、長髪の中国人。

 劉 秦戒その人だった。

「……あんた」

「悪いけど、ここまで近づかれたお嬢ちゃんの負けだよ」

 そう言って、私の鳩尾に拳を叩き込む。

 軸を回転させることが間に合わず、まともに食らってしまった。

「……っかは!?」

 肺に溜まっていた空気が強制的に叩き出され、苦悶する。

「……! 佐久弥さん!」

 コンバルトさんが慌てた様子で近寄って来ようとする。

「……ダメ、逃げて……!」

 薄れていく意識。

 絞り出した声をそのままに、私は気を失った。

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