2nd phase-3

「……う、うわああああああ!!」

 目の前の肥えた豚、もとい恰幅のいい男が悲鳴を上げる。

 先日も訪れた倉庫街。その一角で談合していたらしい『スティッキーズ』の連中と『八条会』の男達。

 前回と同じように強襲したが、今回は主に二点の理由から拍子抜けだ。

 一つは、警備が薄いこと。

 前回と違い、武器を手にした連中が少ない。

 手にした武器もトカレフなどの拳銃がメインで、前回のような突撃機銃の類は見られない。

 もう一つは、連中の戦闘力の低さだ。

 前回は気迫を纏った奴もいたが、今回はそれすらもいない。

 完全に撫で斬り状態だ。

 まあ、さっさと仕事が終わることはいいことなのだが。

「な、なんなんだ、貴様ら!」

 怯えながら叫び、あまつさえ手にしたスーツケースを後生大事に抱える目の前の豚。

 こいつが話題に上がっていた森本、らしい。

 ……見るからに私腹肥やしてそうな豚だな。

「い、一体貴様ら、な、何者だ!? か、金はやるから見逃してくれ!」

 命乞いまでし出してスーツケースを差し出してきた。

 金に興味がない私は、手にした三尺刀『時雨』でスーツケースを貫いた。

「ひっ……!?」

 完全に戦意喪失したらしいこの豚は、悲鳴とともに倉庫の外へと走り出した。

 逃がすつもりは欠片もない私は、そのまま後を追った。

 倉庫の入り口についたところで追いついた私は、その男の足を切りつけた。

「いっ、いぎゃーーーーーー!!?」

 浅く切りつけただけだったのだが、この男はこの世の終わりのごとく悲鳴を上げ、その場に倒れた。

 転げまわるこの男に、とどめを刺す。

 それで今回の仕事は終わる。

 そのはずだった。

「あれ、あれれ~?」

 そんな間延びしたような声に遮られるまでは。

「どうして森本さんが倒れてるの? それに、あなた……」

 ツインテールをした、私と同い年くらいの少女。

 腹が立つくらいのスタイルのいい、この場に似つかわしくない、スパンコールの入ったアイドル衣装を纏った女の子。

 この娘を、私は知っている。

 上条ちひろ。

 有名アイドルにして、同じクラスメイト……だったはずだ。

 クラスから距離を取っている私にとって、この娘もまた、その程度の認識だった。

「あっ、そうだ! 鬼道さんだよね、同じクラスの! な~んか奇遇だね、ちひろだよっ!☆」

 そう言って目の横にピースサインをする上条さん。

 ……なんだろう、気が抜けてしまう。

「……人違いじゃない?」

「そんなことないよー。あたし、人を覚えるのは得意なんだ! それより、どうしたのその『眼』!」

「……っ!」

 反射的に左目を覆う。

 見られた。

 どうする?

 そもそも敵かどうかわからない相手に、刀は向けられない。

 一応の『JSA』の規則だが、どうしたものだろう。

「お、お嬢!」

 さっきまで蚊帳の外だった森本が叫ぶ。

 今、お嬢って言わなかったか?

 そういえば、こいつらの組織、『八条会』のボスって……。

「お、森本さん。生きてたの?」

「も、もちろんです! お嬢が来れば百人力だ! こいつらなんて……」

 水を得た魚のように喜色を浮かべる森本。

 しかし、


「は? 何言ってんの?」


 突如、低い声色が聞こえ、

 少しして、乾いた音が聞こえた。

「ぎにゃーーーーーーー!!? な、何するんです、お嬢!!?」

 苦悶の声を上げたのは、森本だった。

「何か勘違いしてるみたいだね、森本さん」

 乾いた音の正体は、ちひろの持つベレッタからだった。

「ちひろはね、裏切り者を始末しに来たんだよ。特にあたしらの組には御法度の薬ばら撒く、裏切り者をね」

 上条さんは嗤っていた。

 先程までの明るい笑顔とは対照的な、冷徹な笑み。

 おそらく、これこそが『アイドルである上条ちひろ』とは異なる、本当の顔なのだろう。

「こ、この、雌豚があ!」

 そう叫んだ森本は、懐に手を伸ばした。

 しかし、彼が懐のものを取り出すより速く、拳銃の引き金を引いた。

 乾いた音が2発し、森本の頭と背中に風穴を開ける。

 最早、ピクリとも動かなかった。

「よしっ! 目的達成! さっすがちひろ!」

 上機嫌にその場で踊り出す上条さん。

 そして、

「さて、と」

 獲物を見つけた猫のような目でこちらに視線を向けた。

「ここでお別れでもいいんだけどさ、ちひろ、鬼道さんに興味持っちゃった」

 そう言うと、背中から背負った刀を抜いた。

 いや、刀にしては白鞘だ。鍔もなければ、刃も直刃。

 こういうのを、極道では『長ドス』というのだったか。

「……っ!」

 強烈な殺意を向けられ、私も脇に刀を構える。

 距離にして1.5m程。『眼』も起動させ、相手の動きを予測させる。

「へえ、そっちもやる気満々って感じ?」

 そう言って、刀を担ぐように肩に乗せる。

「……?」

 見慣れない型だ。

 剣術に詳しいわけではないが、こんなに隙だらけな流派は見たことがない。

「それじゃ……やろうか☆」

 そう言って上条さんは、真正面から突っ込んでくると、長ドスを縦に振り下ろした。

「……っ!」

 私はそれをサイドステップで躱すと、隙だらけの側頭部に刀を振り下ろす。

 はずだった。

「……っ!?」

 私の『眼』が嫌な予測をし、それに従って転がるように身を躱す。

 瞬間、私が立っていた位置に9mmの弾丸が通り過ぎる。

「あ、あれ避けるんだ。すごっ!」

 感心した様子の上条さん。

 彼女の態度からわかった。

 あれは、狙ってやった動きだ。

 私が斬撃を避けることを予想して、それを狙って撃った。

 かなり、実戦慣れしている。

「……」

 冷や汗が流れる。

 いくら『眼』が予測しても、その予測に私の体がついてこなくては意味がない。

 隙だらけだった最初の構えも、ブラフか?

 わからない。

 これは、まずい。

「……所長、応答願います」

 私はインカムで連絡を入れる。

『あ~、サクちゃん? おつ~』

「瀬見さん? 所長は?」

『今そっち向かってるよ。流石に想定外だったみたいだし』

「了解。こっちは一先ず時間を稼ぎます。風間さんは?」

『風間っちもトラブってるみたい。向こうも絶賛交戦中』

「風間さんも!?」

 思わず驚愕する。

 まさか風間さんまでトラブルとは思わなかった。

 今日は厄日らしい。

『とにかく、サクちゃんは所長来るまで時間稼いでね』

「……了解」

 そう言って通信を切る。

「終わった?」

 上条さんが声をかけてくる。律儀に待っていたようだ。

「それじゃ、続きしよ☆」

 そう言うと真っ直ぐに切りかかってきた。

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