1st phase-3

 深夜の湾港は、街の外灯以外の灯りはほとんどなく、近くの高速道路からの音以外はないほどの静寂さがある。

 そんな倉庫街の一角、いかにも全く人通りがない大型倉庫の一つの入り口に、フードのパーカーを被ったアサルトライフル持ちの人物と、サブマシンガンを持った黒服の男が左右に佇んでいるのが窺える。おそらくは取引するための見張りなのだろう。

 彼らの存在が、私達の得た情報の信憑性を裏付けていた。

 私と風間さんは目的の倉庫の隣の倉庫の屋根から、周囲を観察していた。

 おそらくいるであろう見張りの目を逃れるために屋根の上を目標地点としたが、春の夜の湾港は夜風がまだ冷たい。事務所にあった黒いダッフルコートを着てきて本当に良かった。

「……こちら佐久弥。目標地点に到着しました」

『了解。さすがサクたん! いつも通り、想定時間通りの到着お疲れ様!』

 インカム越しに喋るうざい男への報告をし、改めて隣の風間さんを一瞥する。

 いつも通りの黒一色の出で立ちに周囲を探るような視線は、この世界に長くいるような経験と凄みを感じさせる。

『さてと、それじゃあサクたん。さらに索敵、よろしくね!』

「……了解」

 ため息をついて私は、左目の眼帯を外す。

 眼帯の奥にあるのは、普通の目ではない。

 カメラのレンズ部分をそのまま移植したような、異様な貌。

 外観だけを見たら、そうコメントする人がほとんどだろう。

 内部は直接視神経を通じて脳に接続されていて、自分の意志で眼の機能を操作することができる。

 この目は『JSA』のクライアントである、とある企業が極秘開発している試作品らしい。

 そのサイバネティクス技術を移植された人間だけが、『JSA』に所属することが可能だ。

 どう考えてもただの実験体なのだが、この技術の恩恵でこの眼を扱っている側なので、とやかくは言わないでおこう。

「……open the eye」

 そう言って、眼を起動させる。

 私の意志で動くこの目を即座に暗視モードに切り替える。

 普通の目では暗くて見えないものも、暗視モードならば視認できる。

 暗い中でも建物の外側に佇む見張りの存在と、それらについての分析結果が即座に私の視界に映し出され、その結果を頼りに、私はつぶやくように二人に連絡する。

「……入口、後方に二人ずつ。建物入り口側にイングラム持ち二人と、後方側にAK持ちが二人」

 暗視で確認できるのは、ここまでらしい。

 そう判断した私は、目を即座に熱感知モードに切り替える。

 熱源を感知できるこれは、たとえ物陰に隠れている者でさえも発見できる。

 熱感知で映し出されるのは合計四人の人型だった。

 さらに、倉庫の側面に微弱ではあるが見張りが見える。おそらく隠れているのだろうか。

 おそらく、侵入者が来た際の予備の応戦役だろうか。手元には武装らしきものは見えない。

 しかし、彼らの胸部分からの熱源が弱いことから、暗器か拳銃を隠し持っているのだろう。

「……倉庫側面にさらにそれぞれ二人ずつ。倉庫内部に四人。たぶんこいつらがターゲットね」

『了解。それで全員?』

「……たぶんね。ネットワークにつなげれば監視カメラの映像からも探れるけど?」

『いや、そこまではいらないよ。それじゃあ、風間君は外にいる連中を、サクたんは中にいる連中を殲滅して頂戴!』

「……了解」

 私はそう言って通信を切った。

 風間さんも首肯すると、音もなく屋根から飛び降りる。

 私も特殊合金製のワイヤーを投げて隣の屋根へと移動した。

 見張りに見つかる様子もなく移動できた。気が抜けているのではないだろうか、見張りの意味がないだろう。

 まあ、どの道、今日限りの命なのだけれど。

 目標の屋根へと到達した私は、倉庫に備え付けられている日光を入れるための天窓へと移動する。

 暗視モードで見下ろすと、中では男達が何やら話し合っている様子だった。

 フード付きのでジッパーだらけのパーカーを着た若い男とその男を守るように立つAK-47の劣化コピー品を携えた男。

 対面にいる男は黒服の壮年で、その男の背後にはイングラムM10を手にする中華系の若者が控えている。

 見るからに裏社会の人間だが、こういった連中を今までも相手にしてきただけに、今更恐怖感は感じなかった。

 こういった光景も、私からすればいつものことなのだから。

 私は今一度、自分の装備を確認する。

 黒いダッフルコートの奥に、腰に携えた鞘越しの日本刀。

 ただの日本刀ではない。

 通常の玉鋼を何重も折り重ね、精練して作る日本刀とは違い、特殊な合金を幾重にも折り重ねて精練されたこの刀は、斬鉄さえ可能にする硬度を誇る業物だ。

 しかも、私の短いリーチを補うほどの三尺刀。

 これを扱うために、何度も稽古したものだ。

 刀の名前は『時雨』。

 この刀を打った刀匠の名前から取った名だ。

『カウントするよ。0で突撃、いいね?』

「了解」

 所長に手短に答える。所長が連絡を入れたということは、風間さんも配置についたのだろう。

『カウント!……3』

 意識を集中させる。

『……2』

 呼吸を止める。

『……1』

 標的を定める。

『……0』

 瞬間、飛び降りた。

 私は天窓のガラスを飛散させて直下に落下する。

 ガラスの割れる音に驚いた連中の視線が集中する。

 そのまま重力に任せて落下する私はそのまま『時雨』を抜刀し、イングラムを手にした中国人を両断した。

 唐竹割のように両断した男をそのままに、私は振り向きざまにAK-47を構えた男を突き刺す。

 未だに何が起こっているのかわかっていなかったらしい男の水月を刀の切っ先が貫く。

 心臓だけでなく気管支まで貫かれた男は血の泡を吐きながら倒れた。

 こうして、私の前に立つのは話の中心だったはずの幹部クラス二人。

 『スティッキーズ』の若い男は複数のジッパーポケットからトカレフらしき自動式拳銃を取り出す。

 一方、壮年の中国人はその背中から柳葉刀を抜き放ち、構える。

 二人の実力は、観察する限り中国人の方が上手らしい。

 明らかに素人に毛が生えたように銃を構えるスティッキーズの幹部に比べ、腰を落として柳葉刀を構える中国人の出で立ちは、気迫すら感じる。まさにカンフー映画そのものだ。

 だが、逆に言うとそれだけだ。

「死にさらせ!」

「ぃえああああああ!」

 声を上げて銃の照準と柳葉刀を振り上げる男達。

 しかし、私の眼はそれを読んでいた。

 放たれる弾丸と刀の軌道を正確に予測していたこの眼を持つ私は、即座に行動を起こした。

 中国人の懐に飛び込み、胸倉を掴むと体を回転させるように男を引っ張る。

「……っ!?」

 柳葉刀を振り下ろした勢いに私の回転の遠心力で体勢を崩した中国人に、『スティッキーズ』の男の弾丸が放たれる。

 放たれた数発の弾丸は中国人の背中を正確に穿ち、その強烈な衝撃を受けた中国人は血をまき散らしながら倒れる。

「……っ!? やべっ……!?」

 動揺しているのか、慌てて銃口を下した男にすぐに接近した私は、刀を大きく横に振りかぶる。

 首めがけて薙いだ私の刀は的確に男の首を切断する。

 男の首が落ちたことを確認すると、私は刀の血を大きく振るった。

 これをせずに刀を納めてしまうと、血が固まって刀が抜けなくなってしまう。

「……くそっ!」

 その声とともに、私の肩を何かが掴んだ。

 その瞬間、私の体が動いた。

 これまでに培った稽古の量が、私にこの動きをさせた。

 掴まれた肩をそのままに、掴んできた相手の背後に回り込む。

 そして、肩をつかむ手を私が掴み、相手の正面に一歩踏み出し、体を外側に捻る。

 師匠曰く、四方投げ。

 合氣道で有名なこの技を、自然と、無意識にも近い状態でできた。

 相手の腕の関節を極めて投げるこの技をそのまま、私は相手に見舞った。

「……っ!?」

 コンクリートに体を叩きつけられたのは、銃弾を受けた中国人だった。

 銃弾を数発受けたのにここまで動けるとは、思った以上にタフネスのようだ。

「……き、貴様、合氣道……」

「合氣道なんて言わないでよ。本来、合氣道は人を殺めるような武道じゃない、愛と平和の武道。それを人殺しに使ってる私は、合氣道を語る資格なんてないわ」

 思わず出た本音に、私は思わず顔をしかめた。

 敵とおしゃべりしてるなんて、どうかしてる。

 そして私は、背中を強打して動けずにいる中国人の首に刀の切っ先を向け、そのまま突き刺した。

「……がはっ!!」

 苦悶の表情を浮かべて絶命した男を確認すると、周囲の確認をする。

 温度感知の視界だと、地面に横たわる男達の体温が徐々に下がっていくのが視覚的にわかった。

「……生存者、ゼロ」

 そう独り言ちた私は、金属でできた己の片目に触れる。

 たまに思うのだ。

 こうして、ほぼ無感情に人を殺していくと、自分がまるで、人を殺すための機械なのではないかと錯覚してしまう。

 いつものように、指示された指令を忠実に実行する機械。

 まるで、この片目のように。

「……」

 これこそ、私の日常なのだ。

 学校に通っていても、いつもと同じ。

 当たり前のように授業を受けていても、テストでいい点を取ったとしても、こここそが、私の本当の日常なのだ。

 目的のために人を殺し、自分も他人も血で染める。

 クラスメイトを遠ざけているのも、こんな人殺しと一緒にいてくれる奴なんていないからだ。

 そう、こんな私に優しくしてくれる奴なんていない。

 そんな奴なんて……。

「……っ!」

 ふと、あいつの顔が浮かんだ。

 唯一、毎朝私に話しかけてくれる奇特な奴。

 どうでもいいような話をいつも、私に話しかけてくれる、あいつの顔。

 ……不思議と、少しだけ胸が温かくなった。

 そして、大きく顔を振る。

 戦場で何を考えているんだ私は。

 そう思っていると、ふと、背後に気配を感じる。

「……っ!」

 振り向きざまに刀を切り上げると、その切っ先が背後の人物に掴まれた。

「……」

 無表情で刀を摘まむように止めたのは、風間さんだった。

 両手の拳から肘にかけて赤黒く染め上げていることから、どうやら向こうも終わって様子を見に来たらしい。

「か、風間さん!? すみません」

 少し慌てて刀を下す。

 それに対して、気にしていないと言わんばかりに首を横に振る風間さん。

 そうこうしていると、倉庫の外から車の走行音が聞こえてくる。

「はーい、二人とも、お疲れ様ー!」

 空気を読まずに明るい声を上げるのは、うざったい奴代表の所長だ。

 愛車のポルシェ356を走らせてやってきた桔梗院歌留多に私は辟易してため息をつく。

 後部座席に乗り込むと、一気に疲れが出てくる。

 助手席に風間さんが乗り込むのを確認すると、すぐに車を走らせた。

「いやー、二人ともお疲れさまだね。後始末は依頼主がやってくれるから、今日はもう帰って休みなさいね」

「……」

 所長の言葉を余所に、私に先程の暗い感情が去来する。

 じっと自分の手を見る。

 一瞬、幻覚が見えた。

 機械の骨子剥き出しの、自分の手に見える幻覚が。

「……っ!」

 かぶりを振って無理やり現実に戻る。

 そうだ、ただの幻覚だ。

 私の体は、生身の体なのだ。

 自分にそう言い聞かせ、気分を落ち着ける。

 ふと、走り始めてどれくらいになったのだろうかと、窓の外を見る。

 まだ倉庫街から、そこまで離れていないようだった。

「サクたん。疲れる仕事だから仕方ないけど、無理はしないでね。いつでも、この仕事をやめても……」

「いや、それだけはない」

 所長の言葉に、私ははっきりと言った。

「父の死の真相を知る。そのためにここにいるの、私は。それを知るまで、絶対にやめないよ」

「……」

 いつもやかましい所長でさえも、この時ばかりは黙った。

 気づけば助手席に座る風間さんも読書の手を止め、こちらを横目で見ているようだ。

 父、鬼道きどう正義まさよしは元自衛隊に所属していた男だ。

 母の死後、私を養うためにずっと任務に就いていたらしい。

 そのため、会うことはほとんどなく、どういった人だったのかも朧気だ。

 そんな人でも、彼が死んだと聞かされた時、私は大きな喪失感に襲われたのを今でも覚えている。

 そして、そんな人の葬式で号泣したのは、大した思い出がなくても、自分にとってその人が大切だったからだろう。

 だからこそ、突き止めたい。

 父がなぜ死んだのか。

 何が原因だったのか。

 そのために私は、この組織で戦っているのだ。

 裏の情報に明るいこの組織なら、父の死の真相を突き止められると思ったからだ。

「絶対に突き止める。それに、この組織に歓迎してくれたのは所長でしょ?」

「まあ、そうなんだけどさ。一応僕は君の後見人っていう立場もあるから、危ない橋を渡ってる君を見るのは心配。というかさ……」

 珍しくしんみりとした口調で語る所長に思わず目を丸くする。

 そして、

「こんなことするより、もっと胸が膨らむことを……ってサクたん!? 運転席は蹴っちゃダメ! お願い、事故るから!?」

 いつものように茶化しだした男を蹴り飛ばす。

 蛇行運転する車にも動じず、風間さんは読書を再開していた。

 こうして、いつもの私の1日が終わりを告げた。

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