2nd phase-1
「おう、おまえら」
簡素な事務所内に重々しい声が響く。
きれいに整頓され、簡素なデスクが並んだその事務所内にいるのは、いかつい顔をした、あるいはその相貌に傷の入った男達。
ここは、暴力団『
『
昨今の暴力団排除条例にも屈することなく存続し続けているこの組織は、過去には『一条組』切手の武闘派で有名だった。
しかし昨今の世間の風当たりもあって、今ではインターネットビジネスを中心に活動している組織である。
「先日、この辺りで商売しようとしてた中国人どもが港で、しかも死体で見つかった。そのお友達だったらしいガキどもも一緒にな」
吐き捨てるように言う男は、いかつい連中の中でもとりわけ異彩を放っていた。
白いスーツに、眉から下唇にまではしる、一本の傷をもつ中肉中背の中年。
名前は
『八条会』の
「あの連中がばら撒いてた薬を見かけることが一気に少なくなった。いいことだ。この組で薬はご法度だ。ただでさえサツに目をつけられてる俺達からしたら、どこの誰だか知らねえが、ありがたいこった」
そういうと、周りの男達が笑いだす。
「何が可笑しい!」
ただ一名を除いて。
「森本さん、何が問題なんです?」
仁助が尋ねる。頬に傷を持ち、恰幅のいい森本という男は、この組織の古株である。
「この業界の人間が、何だかわからん連中にやられた! これだけでも十分警戒に入れる事案だ! それなのにへらへらしやがって! 先代が聞いたら……」
「森本さん」
怒鳴り散らす森本を、仁助は睨みを利かせながら冷静に言う。
「その連中の情報なら現在、若い連中に集めさせてます。それと、今この組織を仕切ってるのは俺です。先代は関係ありません」
「……っ!?」
鋭い視線が森本に刺さる。
圧倒的で威圧的なオーラが彼を襲い、激昂していた森本であっても瞬時に顔色を変え、冷や汗を流す。
その圧力こそ、仁助がこの業界で生きてきた証でもあった。
命のやり取りが当たり前である極道業界で生き残ってきたことを、この威圧感が証明していた。
「「「……」」」
空気が凍り付く。
誰もが『誰かなんとかしてくれ』という顔をし出した。
その時。
「やっほ~☆」
ドアの開く音とともに、場違いな声が響いた。
勢いよく開かれたその音の主は、女の子だった。
長い髪に左右のツインテール。
スタイルのいい肢体もそうだが、最も目立つのは彼女の服装だった。
まるでステージに立つような、アイドル衣装。
悪鬼羅刹ひしめく極道の事務所に相応しくない、きらめくアイドルの姿が、そこにはあった。
名前は、上条ちひろ。
正真正銘、今を時めくアイドルであり、若頭の上条仁助の妹である。
「お、お嬢!」
部屋にいた構成員の一人が叫ぶ。
「やは~、さっきインタビューも終わって、暇だったから遊びに来ちゃった☆」
目に横向きのピースサインをつけて、ポーズを決めるはるか。
「おい、ちひろ。あまりここには来るなって言わなかったっけか?」
威圧感をそのままに言う仁助に物怖じせず、ちひろは答える。
「え~、兄貴はこんなにかわいい妹が遊びに来たのに、嫌なの?」
「そういう問題じゃない」
目を潤ませて言うちはるに、ピシャリと言う仁助。
「ここがどこだかわかってるか? 泣く子も黙る……」
「泣く子も黙る、八条会、でしょ? 何回も聞いてるからわかってるよ☆」
そう言って再度ポーズを決めるちひろ。
「……」
そんな反省のかけらも見えない態度の彼女に、仁助はため息をついた。
「……とにかく、今回の一件について、もっと情報を集めておきたまえ」
そう言って、呆れて黙っていた森本は事務所を後にした。
「ん~? どうしたの? けんか?」
「いや、そうじゃねえ」
「?」
疑問符を浮かべるちひろに、仁助は答える。
「この前、『スティッキーズ』のガキどもが死んでたのは知ってるか?」
「うん。さっき仁兄が言ってたよね」
「聞こえてたか。実は、これには続きがあってな。さっきの森本さん、こいつらとつながってたかもしれねえ」
「? つながってたら問題なの?」
「ああ」
ちひろの疑問に肯定した仁助は、眼を鋭くする。
「こいつらな、俺たちに黙ってこの街に薬をばら撒いてんだよ。だが、中国人どもはこの街からしたら新参者だ。つうことはよ、今まで誰かケツ持ちがいて、そいつら通して商売してた、ってことだ」
「……!?」
ちひろは気づいた。
確かに、ものを売るためには売り物を仕入れる、ないし作製する必要がある。
つまり、今回の一件にも『スティッキーズ』に以前から麻薬を流していたやつがいる、ということだ。
「……まあ、確証はねえがな。今日も森本さん、夜に用事があるらしい。何人かに様子を見に行かせるつもりだ」
仁助はそういうと、座っていたソファから立ち上がり、事務所のドアに向かう。
「場合によっては、俺も出張ることになる。おまえは早く帰ってろ」
「えぇ~、ちひろも行く~!」
「ダメに決まってるだろ! おまえはアイドルで学生だろうが! 俺たちのことに首突っ込むな!」
そう怒鳴って、仁助は事務所を出て行った。
「む~……」
そう言ってむくれるちひろだったが、何かを閃いたように、近くにいた構成員の一人に声をかける。
「ねえねえ、さっきのことだけどさ、仁兄が行く時、ちひろにも教えて☆」
「い、いやいやお嬢!? 勘弁してください。仁助さんには俺らも……」
「じゃあ、言い方変えるね☆」
そういうと、構成員のネクタイを思い切り引き寄せ、
「いいか、仁兄が出るとき、あたしにも連絡しろ」
と囁いた。
「……!?」
先程までの猫なで声とは違い、明確に相手を
そして、仁助にも勝るとも劣らない威圧感。
これが、この兄弟の血筋なのかもしれない。
そう感じたこの構成員は、恐怖で身をこわばらせた。
「……」
ちひろはそのまま興味を失ったように手を放し、捕まれていた構成員が尻餅をつく。
そして、
「じゃあ、時間になったらよろしくね☆」
そう言って構成員に連絡先を渡し、
本来なら、渡されて天にも昇る心地だろう、有名アイドルの連絡先。
しかし渡されたそれは、何とも言えぬ威圧感を放っていた。
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