何も知らないアナタの事ガ

水戸楓

何も知らないアナタの事ガ

 泣いてる彼女を優しく抱き締めるのは私の役目。

 嗚咽混じりに言葉を吐き出す彼女を、私は何度見てきただろう。


「も、う……やだよ……、サッチャン……」

 膝立ちになって、綺麗な顔を涙で濡らす彼女。私は椅子に座って、上から艶のある黒髪が揺れるのを優しく見守る。

 何回目か分からない、二人の儀式。

 サッチャン、サッチャン、と私の名前を苦しそうに呟く彼女を見るだけで、何かが満たされたような気持ちになっていく。

「アイツが君の良さを分からない、出来の悪い男だっただけだよ」

 涙で赤くなった2つの瞳が、私をすがるように見つめてくる。

「ねぇ、私って魅力ないのかな、私っていらない子?」

「そんなことないよ、――ほら泣かないで私の親友。もっと近くでその可愛い顔を見せて」

 彼女の火照った頬を壊れ物のように手で包み込むと、うっとりとした目をして、小さなえくぼがよく見えた。

「サッチャンの手、冷たくて気持ちいい」

 握りすぎてシワになったスカートのプリッツから手を離し、私の腰に腕をまわす彼女の姿は、行き場を失った子犬のようだった。



「ごめんね、こんな泣き言もう最後にしようと思ってるんだけど」

「いいんだよ。私は君がこうして元気になってくれるなら」

「本当に優しいよね……。もうサッチャンが――」



「ねぇ、今回はあんな男のどこに惚れたの?」

 笑顔になりはじめた彼女の顔が、私の問いで一気に悲しみを帯びていく。

 言わせない。悲しみから出る薄っぺらい言葉なんて。

 そんな安い言葉は、彼女にも私にも似合わない。

 心から私を求めて、私だけしか見えなくなった時に溢れでる弱々しい叫びじゃないと。

「カッコ良かった……、から」

「それで近付いたら、遊ばれて汚されたの?」

 驚いた顔で私を見る。

 彼女の腕が私から離れ、小刻みに震えだした。

 そうだよ、思い出して、男にされた屈辱を。

「何でそれを」

「大事な親友だもん、何でもわかるよ」



 前の男は優しかったから。

 その前は運動ができて、秀才な奴もいた。 

 そいつらを上手く丸め込むのも、もう終わり。



「──ねぇ、サッチャン。私汚れてるよ。サッチャンみたいな綺麗な人には似合わないよ?それでも、大事に思ってくれるの? 捨てたりしない?」

 真っ赤に腫れた宝石のような目は、私を見つめて。

 上手く言葉にならないか細い声は、私だけに向けられて。

 あまりにも美しい彼女の姿に、思わず口が緩みそうになった。

「他の男みたいに捨てたりしない。その絹みたいな髪の毛も、闇も照らす白い肌も、人を惑わすその声も、その性格も、全部私の宝物だよ」

 何かに支えられないと崩れてしまいそうな細い腕が、行き場を無くした白い指が、私の肩に触れる。

 そうだよ、君の居場所はここ。


「大丈夫だよ、これからも私だけが君を抱き締めるから」

「サッチャン、サッチャンがいないと……、私……」

 嗚咽でほとんど言葉になってない彼女の声が、美しい旋律となって私の心に響いた。





なんて綺麗な私の彼女だろう。

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何も知らないアナタの事ガ 水戸楓 @mito_kaede

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