鏡像の記憶
岬士郎
序章
はるか昔に、「それ」はここに封じられた。
ここには「それ」以外の何も存在しない。
果てしなく広がる闇と、凍えるような寒さ。その中で、孤独な「それ」は憎悪に悶え、飢えと渇きに苦しんでいた。
ときおり外へといざなわれるが、外の世界が垣間見えるだけで、決して解放されるわけではない。ただ垣間見て、光に包まれるすべてのものを憎悪するだけである。
父なるものは「それ」を見放した。
母なるものは「それ」の存在さえ忘れているだろう。
父なるものの子たる異母兄弟たちや異母姉妹たちに「それ」を救うすべはない。
母なるものの子たる異父兄弟たちや異父姉妹たちにとっての「それ」は、単なる異分子に過ぎない。
「それ」を偉大なる王として祀っていた頭脳明晰な眷属どもに至っては衰退を極めており、たとえ生き残りがいたとしても、「それ」の力にはなりえない。
飢えと渇きを癒やしてくれるのは、いざなう者だけだった。ここを覆う闇よりも濃い闇を、いざなう者が与えてくれるのだ。
しかしそれも束の間の愉悦でしかない。粘り着く濃い闇にありつけるのは、希である。
「それ」は常に出口を求めていた。
出口を求めて這い続けていた。
「それ」は身をくねらせて這い続けた。
凍てつく闇の中を、延々と這い続けた。
解放されるときを夢見て、今も、這い続けている。
出たい。
出たい。
出たい。
ここを出たい。
自由になりたい。
自由になって、恨みを晴らしたい。
ここに封じ込めてくれたやつらに復讐したい。
殺してやりたい。
腹を満たしたい。
父なるものに会いたい。
母なるものに会いたい。
父なるものの子たる異母兄弟たちや異母姉妹たちとともに外の世界を蹂躙したい。
母なるものの子たる異父兄弟たちや異父姉妹たちとともに外の世界の光を奪いたい。
眷属どもを復活させ、再び王として君臨したい。
夢見る「それ」は信じている。解放されるそのときが来ることを。
そのときは、間もなくやってくるだろう。
そのときこそは、きっと――。
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