予言

 オタク青年は荷物ケースからスマートフォンを取り出し、インターネット掲示板を見ていた。混乱した状況の中で情報収集を行っているようだ。一緒に覗き込んでいた春樹は、掲示板に頻繁に出てくる「緑のダイチ教」という単語が気になっていた。


「あの、すいません、'緑のダイチ教'っていうのは・・・」


「あ、ああ、これ?はいはい、緑のダイチ教ね・・・」


 オタク青年は一旦掲示板を閉じ、とある動画サイトにアップロードされた一つの動画を再生した。


 画面に映ったのは、無精髭を生やしたジャージ姿の男。年齢は30代くらいだろうか。部屋の中にいた男はボソボソと語りだした。


「俺の名は郡山大知。職業は所謂、自宅警備員や。単刀直入に言う。俺は人間に絶望した。」


 彼の主張は、要約するとこうだ。人類が地球に誕生してから地球は破滅の道へと進みつつある。止まらない環境汚染や戦争。人類は言わば地球に住み着いた病原体だ。動物の体に抗体があるのと同じように、地球にもいずれ人類に対する抗体が生まれて、人類を滅ぼす。生き延びたければ向かってくる抗体に対抗してはならない、自然を受け止めた人間だけが地球と和解できる・・・


 こういう事を大真面目に、長々と語った。どもり具合や声の調子などから、コミュニケーション能力の低さが窺えた。ここまでなら、ありふれた退屈な動画だった。だが終盤、意外な展開が待ち受けていた。


 突然男の部屋に、彼の父親と思われる人物が入ってきた。


「大知!お前は昼間から仕事もせんと、こんなくだらない・・・」


 彼の父親が怒鳴った。その直後、男は懐からサバイバルナイフを取り出し、父親の胸を刺した。父親が地面に倒れ、唸り声をあげていると、男は一旦部屋から出て行った。


 戻って来た男の手には、ライターと灯油タンクが握られていた。男は部屋中に灯油を撒き散らし、自らも頭から浴びた。そして、ライターを着火した。火は瞬く間に部屋中に広がり、画面一面が赤く染まった。煌煌と燃える部屋の中で、男は叫んだ。


「以上が俺の予言や。お前ら!長生きしたかったらなあ、俺の言葉に従えばええねん。したら、みぃんなで生きられるでよ!分かったか!俺はお前らの20年後を見とるんじゃぁ!」


 ここで動画は終わった。


「最初の頃は皆、気が狂った奴だって面白がって馬鹿にしてたんだけど、例の'新種'の騒動があってから、本気で彼の予言を信じる人達が出てきたんだ。これが所謂'緑のダイチ教'だよ。」


「おじさんは、緑のダイチを信じてるんですか?」


「まさか。この程度の屁理屈なんて、ネットにいくらでも溢れてるよ。」


「へぇ。」


 春樹はタクシーの車窓から外の街を眺めた。壊れた車やビルから煙が上がり、逃げ惑う人々と、逃げ遅れた死体の溢れた、まさに終末世界といった具合だ。安全な場所なんて何処にも見当たらなかった。いつまでこの旅が続くのだろうか、そう思っていた刹那、タクシーの運転手が2人に呼びかけた。




「あのショッピングセンターの屋上、人がいますね。」

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