第139話 秘めたる感謝と缶ジュース
-side 田島亮-
修学旅行2日目・スタンプラリー対決。我らA班がクリアすべきスタンプスポットは、残り二つ。
「うっわ、コレ登るのか……」
そして現在。再び合流を果たした俺たち4人の前に立ちふさがっているのは、京都有数の大階段を有する、伏見桃山陵である。天まで続かんばかりに長々と積み重なる段の数々を見上げていると、それだけで首が痛くなり、とても頂上の本堂まで登れる気がしない──
「イェーイ、レッツゴーアルー!!」
──と、思っていたのはどうやら俺だけだったらしく。大階段を見てテンションがブチ上がった様子のリンさんは猛ダッシュで階段を駆け上がり始め、
「あ、ちょっと待ちなさいよリンさん! カード持ってる私を置いていかないでよねっ!!」
危なっかしいリンさんのお目付け役的なノリで、咲も後に続いて階段を駆け上がり始めていた。
で、まあ、そうなると、俺と先生が二人きりになるわけでして。
「え、えっと……どうします、先生? 俺らも上に行きます?」
「いや、私たちは下に残っていてもいいだろう。リンだけなら心配だが、市村も付いているからな。ここで待って居れば大丈夫じゃないか?」
まあ、それもそうか。
「あとは……君の足に負担がかかるのもよくないだろうからな」
「え、なんすか。急に優しくなるのやめてくださいよ」
思わずグッと来てしまったではないか。
「いや、べ、別に……教師として当然の気遣いをしたまでだよ……」
そして、この人はなぜ照れながらモジモジしているのだろうか。かわいいじゃないか。
「なんというか、先生の赤面は相変わらずの奈々ちゃんクオリティですね」
「言ってる意味が全然分からないんだが!?」
うむ、やはりこの先生をイジるの楽しい。普段は凛としてるいのに、俺と二人きりになると表情がコロコロ変わるのが面白い。実に素晴らしいギャップだ。
つーか──真面目な話、俺は奈々ちゃん先生が居なかったら、こうして楽しい高校生活を過ごせていないんだろうなと思う。
【1年6組担任の柏木奈々だ。担当科目は国語。事故の事情はお母様から聞いている。大変だったな。私は駅伝部の副顧問だから実はお前とは以前に結構関わりがあってな。まあ私は駅伝部でなくなったお前にも以前と同じように接するつもりだ。これからよろしくな】
一年前、俺が退院してから初めて学校に行った時。今思えば俺は、きっと『以前通り接する』とハッキリ言葉にしてくれた先生に救われていたのだろう。翔たちとの“再会”を前にして不安を抱えていた俺は、先生のおかげで勇気を出して教室に入ることが出来たんだ。
──俺の二度目の高校生活は、きっと柏木先生のおかげで最高のスタートを切れたのだろう。
「よし! じゃあリンさん達が帰ってくるまで、そこのベンチに座って待っておくとしますか。手ぶらで待つのもアレですし、俺は飲み物買ってきますね」
なんて、密かに彼女への感謝を胸に秘めつつ。俺は目と鼻の先にある自販機へと向かう。
この場で「ありがとう」と伝えたい気持ちは山々だが、そのタイミングは今ではないだろう。この感謝は来年──卒業式の日まで、大事に温めておかないといけないからな。
はは、それで先生を思いっきり泣かせてから、俺は卒業してやるのさ。
まあ、その時は俺も泣いちまうかもしれないんだけどな。
「お、おい、待て、田島! 教師が生徒に飲み物を奢ってもらうわけにはいかないだろう! 私の分はいらないからな!?」
「はは、何言ってんすか先生」
焦った様子で背後から呼び止める彼女に向けて、頬を緩ませながら返事をする。
「はは、たかだかワンコインちょっとの買い物なのに、相変わらず律儀な人ですね」
「で、でも……」
いやはや、まったく。教師に対してこんな所感を抱くのもどうかと思うが、真面目ちゃん過ぎるのも考え物だな。俺が自分用のお土産資金を100円ちょっと減らして、先生用のジュースを買うだけの話だというのに。これくらいの奉仕は、大人しく受け入れてほしいんだが。
「まあまあ、日ごろの感謝というヤツですよ。先生はゆったりとそこに座って待っといてください」
──この想いを言葉にするのはまだまだ先の話だけれど。せめて缶ジュース一本分くらいの感謝は、この場で伝えさせてほしいものだよ。
◆
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HJ大賞2020後期の選考結果URL
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