第137話 リン・ブレイク・インプレッション
-side 田島亮-
策略家幼馴染・咲の活躍により、俺たちA班はRBIからスタンプカードを守ることに成功。その後は京都散策も順調に進み、回収すべきスタンプはあと2つとなった。現在、俺たちは残る観光スポットのうちの1つである、伏見桃山陵に向かっているところである。
ちなみに伏見桃山陵は京都でも有数の大階段を擁する寺であり、事故の影響で足に古傷を持つ俺としては、本堂まで登り切れるか、ちょっと不安だったりする。
ああ、出来れば俺も階段の上から絶景を眺めてみたいものだ。耐えてくれよ、俺の足。
と、ささやかに自分の下半身へエールを送っている時だった。
「田島、田島」
「ん? どうしたの、リンさん」
突然立ち止まったかと思うと、リンさんは小さい手で俺の制服の袖をちょこんとつまみ、クイックイッと引っ張ってきた。
はて、なにかトラブルでもあったのだろうか。
「ワタシ、田島に大事な話があるネ」
「あー、なるほど。そういうこと。大事な話ね。大事な話」
大事な話……大事な話……大事な……話……
え? 大事な話?
「そ、そ、そ、その、大事な話ってのは具体的にはどういった要件でございますかね!?」
お、落ち着け俺。勘違いするなよ、俺。大事な話ってのは、つまり額面通り大事な話って意味だ。うん、それ以外に意味なんて無い。変な想像はしちゃいけない。
そもそも、ここには咲も先生も居る。他の人の目がある時点で『そういう展開』になるはずはないわけで──
「あんまり人が居るところで聞かれたくないから、二人きりで話したいアル」
「……マジですか」
「マジアル」
いや、マジか。
「なっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ、リンさん! そんな、男女で2人きりなんて……! い、今は班行動中だからそれはダメっ!!」
驚いたような、焦ったような表情でリンさんを糾弾する咲。言っていることは正論なのだが、心なしか頬が少し朱に染まっているように見える。
「班行動に支障を出す気は無いアル。ちょっと言いたいことがあるだけネ。それを言ったら、またすぐ班に合流するアル。だから市村と先生は先に行っててほしいアル。絶対すぐ追いつくネ」
「なっ! で、でも、すぐに追いつくから良いってわけじゃ……!」
「まあまあ、落ち着け市村。少しくらい良いじゃないか。普段はクラスが違って話せない分、リンも田島に話したいことが沢山あるんだろう。それに……君もその気持ちは理解できるんじゃないか?」
「っ! ま、まあ、それはそうですけど……」
どうやら先生に諭され、咲は落ち着きを取り戻したようである。さすがは奈々ちゃん先生だ。男女問わず、生徒の扱い方を心得ている。
「わ、わかったわ。少しだけ二人の時間を作ってあげる……で、でも! それが終わったら私と二人きりの時間も作ってよねっ!!」
「ああ、分かったよ。クラスが分かれてからは咲ともなかなか話せてなかったからな。あとでゆっくり、2人で話そう」
ここ最近を振り返ってみれば、確かに俺はクラスメート……というか、唯と翔と過ごすことが多く、他クラスの友人との交流が減っていたように思う。
そうだな。せっかくの修学旅行だし明日くらいまではリンさん、咲、岬さん、そして新聞部2号の瀬奈ちゃんと話す機会を作ってみるとするか。クラスが違うってだけで関わりが薄くなっちまうのは俺も少し寂しいし。
もしかしたらリンさんも別に大事な話があるってわけでもなく、単に俺と気楽にテキトーに話したくて2人の時間を作ろうとしているだけなのかもしれない。こうしてちゃんと顔合わせるのは夏休みの駄菓子屋バイト以来だ。咲や先生に気を遣わず、以前みたいに毒舌を交えながら俺に絡みたいだけなのかもしれないな。
「……亮? 約束、だからね?」
「ああ、約束だ。後でゆっくり幼馴染トークでもやろう」
「! わ、わかった! じゃあ、私と先生は少し先に行くね!! また後でね!!」
すると咲は「絶対約束だからね! 絶対なんだからねっ!!」と念を押した後、先生を引き連れてその場を立ち去った。
「よし。やっと二人きりになれたわね」
「うん、そうだね……って、え?」
なんか、少し違和感が。
「リンさん? なんかいつもと喋り方違わない?」
俺の知る限りでは、リンさんの語尾は『アル』と『ネ』の2パターンだ。もしや俺が知らぬうちに日本語が上達した……のだろうか。
「ねえ、田島? 私ね、どうしても1つ田島に聞きたいことがあるの」
「え、えっと……何かな?」
突然カタコトから流暢な日本語に変わったことに戸惑いを覚えつつも、彼女に問い返す。
──しかし、次の瞬間。
「ねぇ、田島?」
気づいた時には先ほどまで隣に居た彼女が俺の正面に立って、吐息が当たりそうなほどに俺との距離を詰めていて。
「──田島はアリス部長とどうなりたいと思ってるの?」
その真剣な表情で放たれた問いかけを受け取った瞬間。彼女の語尾への疑問など、俺の頭からはとうに消えていた。
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