第129話 小さな少女の大きな成長

-side 田島亮-


 咲と共に校門をくぐり、天明高校の駐車場に着いて最初に目に入ったのは、4台の大型バスと、その近辺で談笑をしている大勢の同級生達だった。集合時間まではまだ余裕があるはずだが、どうやら人数的にはほぼ集まっているらしい。このザワつき具合から察するに、大半のヤツらは修学旅行へのワクワクを抑えきれずに早く来てしまったのだろう。なるほど。全国有数の進学校ではあるが、一応こういう年相応の可愛げもあるのか。


 まあ、かくいう俺もソワソワしている一般生徒Aなわけだが。


「よし、じゃあそろそろ俺たちもクラスのヤツらのとこに行くか」


 乗るバスは既に割り振られているし、別にクラス単位で集合しなければならないわけでもないが、咲にもクラスメートとの付き合いというヤツがあるだろう。このまま一緒に居たら咲に迷惑がかかるかもしれないし、俺はとりあえず翔と唯のところにでも--


「い、嫌だ」


「......はい?」


「いや、えっと、だから、その......クラスの子とはいつも話してるし、京都でも話せると思うけど、亮とは最近あんまり話せてなかったし......そ、それに途中までは行き先一緒で最初は乗るバスも一緒だし! だから別に今無理してクラスの子のとこには行かなくても良いかな......みたいな」


 身体をモジモジさせつつ、そう言って視線を右往左往させてこちらの返答を待つ咲。


「あー、まあ......それもそうだな。俺も唯と翔とはいっつも一緒だし、別に無理して今アイツらのとこには行かなくてもいいか」


 そして、そんな幼馴染を無視してクラスの方へ行くことなど、到底できるはずもなく。


「ね、ねぇ、亮? バスに乗る時......さ。と、隣に座ってもいいかな......?」


「いや、さすがにそれはちょっと目立つのでは......」


「ダメ......なの?」


「......あー、いや、ダメとは言ってないけども」


 おい、ちょっと待て咲。その上目遣いは一体いつどこで覚えたんだ。そんなんでお願いされたら断れないからやめろ。つーかお前、いつものツンツン具合はどこに行っちまったんだよ。今日はやけに大人しいじゃないか。


 などと、いつもと様子の違う咲に戸惑っていた時だった。


「えっと、おはよう、咲ちゃん......と、田島くん......」


 そんな挨拶と共に、咲と同じく7組所属の岬京香さんが現れた。


「あ、おはよう京香ちゃん。いやー、今朝は肌寒いね〜」


「おはよう、岬さん。会って話すのは文化祭以来かな?」


「あ、うん、そうかも......えっと、なんかごめん、もしかして私、お邪魔だったかな......?」


「いや、全然邪魔なんかじゃないよ? 京香ちゃん、私と話しに来たんでしょ? ふふふ、京香ちゃんったら相変わらず私のこと好きなんだから」


「もうっ! 田島くんの前でからかわないでよ、咲ちゃん! ま、まあクラスで1番話せるのは確かに咲ちゃんだけど......今日は私も田島くんと話をしに来たの!!」


 あらあら。お二人さん、俺が知らないところで随分と仲良くなったようで。


 岬さん、前髪切ったばかりの時は友達が出来るかってすっげぇ不安そうにしてたけど......良かった。ちゃんと冗談を言い合えるような友達が出来たんだな。


 咲は間違いなく良いヤツだし、これなら安心だ。もう俺が余計な心配をする必要もないかもな。


「よーし! じゃあ、みんな! 各々バスに乗り込んでくれ!! 1組と5組は1号車、2組と6組は2号車、3組と7組は3号車、そして4組は4号車だ!! 席は自由だが、後ろから詰めて乗るように!!」


 岬さん、そして咲と談笑していると、駐車場の中央で仁王立ちしている奈々ちゃん先生の指示が響き渡った。どうやら出発時刻になったらしい。


 さて。バスに乗る前に翔と唯に挨拶くらいはしておきたかったが、まあ仕方ない。同じクラスだから京都で話す時間もあるだろうし、とりあえず今は岬さんと咲とバスに乗り込むとするか。


「よし、じゃあ俺たちも行こうか」


「ふふ、亮ったら両手に花じゃん。女の子に挟まれて京都に行けるなんて幸せ者ね」


「いや、まあ、側(はた)から見ればそうかもしんないけど......でも、そもそも一緒にバスに乗ろうって言ったのって咲じゃなかったっけ......」


 まあ、クラスが離れて以来2人と話せる機会は減ってたし、もちろんバスの中での会話を楽しみにしている部分もある。でも、なんというか......この2人と一緒に居ると、やはり周りの目が少し気になるところではある。特に7組の男子組からすんげぇ睨まれてる気がする。


「えっと、その、ありがとう、田島くん」


 なんて具合に周囲の視線に怯えながらバスの乗降口に向かって歩いていると、隣を歩く岬さんが突然ボソリと呟いた。


「ん? 岬さん? どうしたの、急に」


「いや、多分田島くんが私と友達になってくれなかったら、こうしてワクワクしながら修学旅行に臨めることも無かったんだろうなぁって思って。ふふ、だからちょっとお礼を言いたくなっちゃったの」


 そう言ってクスリと微笑えんだ岬さんの表情は、俺が今まで見た彼女のどの表情よりも明るいものだった。以前までの岬さんには、ある種俺に対する後ろめたさのようなものを感じていたのだが、どうやら2学期になってからはその後ろめたさも薄れ、最近は普通の女の子のように笑えることも増えてきたみたいだ。


 で、まあなんというか、彼女のこういう表情を見ていると、やはり命を張って助けた身としては感慨深いものがあるわけでして。


「はは、一応どういたしましてって言っとこうかな」


 事故から助けたこと以外は特に何もした覚えはないが、一応そう言っておくことにした。


 事故のトラウマから吹っ切れたのも、顔を隠さずに過ごす勇気を出したのも岬さん自身で、岬さんは自分で自分を変えることができたのだろう。俺がやったのはあくまで彼女の成長を見守る程度で、それ以外は特に何もしていない。


 でも、まあ一応"どういたしまして"、と。そう告げておくことにした。






 願わくば俺との出会いが岬さんを変えるきっかけになってくれてたらな、なんて個人的な願望を抱きつつ。俺は図々しくも"どういたしまして"という言葉を、成長目まぐるしい彼女に告げてみたのだ。

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