第130話 非日常はいつメンで
-side 田島亮-
以前までの俺は、修学旅行のバスの中、なんて言葉を聞くと、それだけで割とワイワイした光景をイメージしていた。
窓を開けて道中の風景を楽しんだり、だとか、席が近いヤツと談笑したり、だとか、何人かでグループを組んでトランプだり、だとか、エトセトラエトセトラ。15年分の記憶を失ったために修学旅行というイベントの経験は無いものの、俺は移動中の車内というものを、それなりに楽しみにしていたのだ。
だが、しかし--
「田島の野郎、市村さんと岬さんの間に挟まれやがって......」
「妙な動きしたらコロス......」
「ちょっとでも触れたらコロス......」
「金払うから席変われやお願いします......」
まさか同乗者の男子連中の恨み言を聞きながら移動することになるとは思っていなかった。
「ケケケ......こりゃ面白いことになってんな」
少し訂正。恨み言を呟いているのは、俺の3列前くらいの席でニヤケ顔を浮かべている翔バカ以外の男子連中である。
「はい、亮。お菓子あげる」
「お、おう、サンキュ」
そんな地獄のような雰囲気の中で右隣の席から差し出されますは、幼馴染の手作りクッキー。最近は料理の腕も上達しているみたいだし、大変嬉しくはあるのだが、状況が状況だけに口に入れても全く味がしない。
「どう? おいしい?」
「え? あ、うん、そりゃあもちろん」
優しい嘘である。いや、本当は美味いんだろうけど、マジで殺気が怖くて味がしないんだよ。
「ね、ねぇ、田島くん」
休まる暇もなく、今度は左隣から制服の袖をクイックイっと引っ張られる。言うまでもなく岬さんからのお声かけである。
「ん? 何かな、岬さ......ん!?」
瞬間。身体をクネりと回し、若干俺の方に身体を寄せてきた彼女は、何を思ったかその可愛らしい小さな手を俺の口元に一瞬触れさせると、
「ふふふ、口にクッキーの粉ついてるよ?」
なんて言いながら指先をペロリと舐めて、こちらに微笑みかけてきた。
「あ、え、えっと、その......ありがとう......」
「うふふ、どういたしまして!」
......え、いや、なに、今の。普通にドキっとしたんだけど。
つーか今日は2人とも距離感が近すぎるような気がするんだが、それは俺の気のせいなのだろうか。いや、隣の座席に居るんだしもちろん距離は近いんだけれど、物理的にではなく、なんというか、こう、精神的な意味で。
岬さんに至っては、ここ数ヶ月で性格もかなり変わってきているように感じる。この子は一体いつどこで、男子の口元に触れるなんていう、勘違い童貞を量産させるようなテクを身につけたのだろうか。
「あ、でもゴメン田島くん、急に触るなんてやっぱり嫌だったかな......?」
「ん? ああ、いや別にそんなことないけど......」
「あ、そ、そうなんだね。良かった。ホッとした......」
でも、まあ変わった部分もある一方で、岬さんにはこういう風に自分の行動を省みて不安になっちゃう感じは少し残っている。そういう意味ではまだ人との距離感を取ることに慣れていない部分もあるのかもしれない。
しかし、まあ、せっかくの修学旅行だ。2人の様子はいつもと少し違うかもしれないけど、今は細かいことを考えるのはナシにするか。単に浮かれてるだけって可能性もあるわけだしな。
♦︎
幼馴染、そして身体を張って事故から助けた女の子の隣に座るだけで痛烈な視線をぶつけられるという、何気に理不尽なバス移動を終えて京都に到着した俺たちは、ガイドのお姉さんの案内のもと、所定のコースを回ることとなった。
俺のクラスは京帝大学、慈照寺、仁和寺の順で回るコース。そして咲と岬さんのクラスは京帝大学、慈照寺、国際宇宙センターの順で回るコース。最終目的地以外は行き先が同じということもあり、1日目の序盤はバス内に引き続き、咲と岬さんと行動することになった。
「うわぁ、すごい! 京帝大学のキャンパスってこんなに広いんだ......!」
普段は物静かな岬さんが珍しく目をキラキラさせてはしゃいでいるのを眺めながら、大学施設の見学をしたり。
「私ね。鹿苑寺の金閣よりも慈照寺の銀閣の方が好きなの。やっぱり日本って言ったら"侘び寂び"よ。あんなに金ピカじゃなくてもいいのよ。こういう風景とか建物が織りなす雰囲気を楽しむ方がいいと思うの。私はわざわざカッコつけるよりも、自然にカッコいい感じの方が好きかなぁ」
普通に過ごしてたら聞くことはなかったであろう、咲の芸術観を知ったり。
「よっす、ラブコメ主人公。相変わらずお前は女子と仲良くやってんな」
「いや、からかうなよ、翔......咲は幼馴染だし、岬さんは俺が命張って助けた子だからそりゃ仲良くすんだろ......」
「ふぅーん。で、いざその2人のクラスと別行動ってなったら私たちのところに戻ってくるわけね。はいはい、私は都合が良い女ですよぉーだ」
「いや、ちょっと唯さん? 俺、全然そんなこと思ってないんだけど?」
「あー、亮。これはアレだ。仁科はせっかくの修学旅行なのにお前と全然居られなくて寂しかったんだ。そんで、ちょっと不機嫌になってるだけだ」
「は、はぁ!? ぜ、全然そんなことないし!?」
「はっはっは。なぁーんだ、そうだったのか。だったら素直にそう言ってくれれば良いのに」
「もうっ! だから全然寂しくなんかなかったって言ってるでしょ!?」
「はいはい、ゴメンゴメン。仁和寺では一緒に回ってやるから機嫌直せって」
「あーん! もうっ! 私の話をきーけーー!!!」
途中で咲と岬さんと別れてからは、翔と唯に合流していつもみたいにくだらねぇ話をしたり。
「ねぇ、新島。あの仏像の顔、なんか亮に似てない? 多分亮が髪剃ったらあんな感じになるよね?」
「あー、たしかに。よし、亮。その辺確認してみたいから、一回スキンヘッドになった後にあの仏像の隣に並んでみてくれ」
「いや、ノリで人の頭ハゲさせようとするのやめてくんない? 剃らないからな?」
歴史的建造物の中で、史実を学びもせずにバチが当たりそうな会話をしてみたり。
と、まあ、そんなこんなで、いつものメンツとの非日常を楽しみ、俺の修学旅行1日目は100点満点と言っても差し支えがないものとなった。結局のところ、旅行を楽しむには"どこに行くか"というよりも、"誰と行くか"の方が大事なんだろう。
そして翌日、修学旅行2日目。俺たちはついに例の"スタンプラリー対決"に挑むこととなる。
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