第128話 陽が照らす場所に花は咲く

-side 田島亮-


 早朝。いつもより重めの荷物を背負いつつ、「いってきます」と母に告げながら玄関扉を開けて最初に感じたのは、ひんやりとした風の冷たさだった。先日秋祭りに行った時は半袖で過ごせるくらいの陽気だったのだが、季節の巡りとはなんとも早いものだなと感じる。まだ肌寒いくらいの感覚なのに、なんか日を追うごとに冬の足音が近づいてきているような気がするんだよな。つーか、普通に寒い。


「おっと、いかんいかん。玄関前で立ち止まってる場合じゃないな」


 なんてったって、今日から修学旅行ビッグイベントの始まりだからな。寒いし荷物が多くて少し歩きづらいが、楽しみにしていることもこれまた多い。出発時刻に遅れないようにしねぇと。


 なんてことを考えつつ、俺は学校への歩みを進めたのだが--


「あっ、お、おはよう、亮」


 同時に隣の家の扉がガチャリと開き、そんな挨拶とともにセーラー服姿の幼馴染が現れた。


「おっす、咲。いやー、奇遇だな。家の前でバッタリ会うなんて。俺もちょうど今から学校行くところだったんだよ」


「え? あ、ああ、うん、そうね! いやー、め、珍しいこともあるもんだね!」


「ん? 咲? なんかお前、慌ててね......?」


「は? べ、別に慌ててないけど? いつも通りの咲ちゃんなんだけど?」


「いや、アナタそんなセリフ言うキャラじゃないよね?」


 しっかしマフラーといい、手袋といい、ニット帽といい、やたらと全身ピンクでモコモコしてるな、この子。寒いとはいえ、まだ11月だぞ。さすがに厚着しすぎだと思うんだが。


「ほ、ほら! ここで立ち話なんかしてたら遅れちゃうでしょ! 早く行くわよ!」


「ああ、まあ、そうだな。とりあえず行くか」


 こうして俺は、久しぶりに幼馴染と登校を共にすることとなった。


♦︎


 いくら幼馴染とはいえ、咲とはクラスも違えば性別も違う。そんな事情もあって最初は道中の会話が繋がるかどうか心配だったものの、修学旅行という共通の話題のおかげか、俺たちの会話はそこそこの盛り上がりを見せていた。


「えーっと、確か初日は理系と文系で行き先が分かれるんだっけ? じゃあ俺と咲は別の所に行くことになるのか?」


「いや、完全に行き先が違うってわけでもないよ? 亮のクラスは京帝きょうてい大学、慈照寺じしょうじ仁和寺にんなじの順で回るコースになってるけど、私のクラスも京帝大学から慈照寺に行くってところまでは一緒なのよ。まあ、私たちは最後に仁和寺じゃなくて国際宇宙センターに行くからずっと一緒ってわけでもないんだけどね」


「ふむふむ、なるほど。途中までは咲とか岬さんとも一緒なのか」


「うん、そういうこと。ていうか......逆に聞くけど、なんで亮はその辺把握してなかったの? 普通にしおりに書いてあるはずなんだけど?」


「ふっふっふ、咲よ。お前に1つ良いことを教えてやろう。俺は活字が大嫌いなんだ」


「はぁ、要するにしおりをちゃんと読んでなかったってことなのね......アンタ、それでよく劇の主役とかやれたわね......」


「えっへん、そんなに褒められると照れる」


「いや、全然褒めてないからね!?」


 おお、良いツッコミじゃないか。なんか気のせいかもしんないけど、今日は咲がいつもより自然体で接してきてくれてる感じがするな。


「ていうか、しおり読んでなくて大丈夫なの? 忘れ物とかしたりしてない?」


「ああ、それは大丈夫だ。『持ってくるものリスト』だけは読んだ」


「手袋とかカイロとか持ってるの? もしかしたら冷え込むかもしれないよ?」


「ああ、それも大丈夫だ。どっちも無いけどバカは風邪引かない」


「いや、それ大丈夫じゃなくない......?」


 すると咲は溜息混じりに「もうっ、仕方ないわね......」と呟きながら制服のポケットに手を突っ込み、


「はい、これあげる」


 そう言いながらベージュ色の手袋を手渡してくれた。


「え? コレ、もらっていいのか......?」


 突然のプレゼントに驚き、歩みを止めて隣の咲に視線を移す俺。


「? なに? 私があげるって言ったんだから貰っていいに決まってるじゃないの」


「......おう、マジか」


「い、言っとくけど色が気に食わないとか、糸がほつれてて使いにくいとか、そういう文句は受け付けないんだからね! 手編みの手袋作ったのなんて初めてだったんだし!!」


「......え? マジ? この手袋って咲が編んだの!?」


「あ! いや! それは、その......えっと......」


 力無くそう呟くと、咲は頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。


 ああ、これはアレだな。咲さん、本当は『自分で編んだ』ってのは言うつもりがなかったけど、勢い余ってそれが口から出ちゃったんだろうな。んで、なんとも言えず恥ずかしくなった、みたいな感じになってるんだろう。多分。


「ありがとう、咲。すっげぇ嬉しいよ。大事に使わせてもらうから」


「......えっと、それは、うん。どういたしまして」


「どれ、じゃあ早速手袋を嵌めてみますかね」


 せっかく貰ったプレゼントだ。別に手が冷えているわけではないが、今ここで使ってみるとしよう。それが礼儀ってもんだろうし。


 なんてことを考えつつ、俺は宣言通り両手に咲のお手製手袋を嵌めてみる。


「......ってうわ、めっちゃあったかいわコレ」


「ふふ、なかなか似合ってるじゃない」


 そう言って得意げに微笑む幼馴染から手渡された手袋は、市販のものほど見た目が良いとはいえず、仕上がりが完璧とは言い難くて。ところどころ糸がほつれたりしているし、もしかしたら耐久性もそこまで高くないのかのかもしれないかもな、なんてことを考えてしまうけれど。


 その手袋で覆われた俺の両の手は、確かに陽だまりのよう暖かさに包まれていた。


 生地の隙間から皮膚に風が当たったりしているはずなのに。それが気にならないくらいに、俺の手はしっかりと暖かさを感じ取っているのだ。


 --ああ、これが真心ってヤツなのかな。


 柄にもなくそんなことを考えてみた。手先が不器用ながらも一生懸命編んでくれた、この手袋には咲の心の暖かさが宿っている。だから俺の手はこんなにも暖かいんだ、と。自分でも笑ってしまいそうなくらいにメルヘンチックなことを考えてみた。


「はは、やっぱり咲って咲なんだな」


「え? なになに? それどういう意味?」


「......はは、いやなんでもねぇよ」


「もうっ! いきなりなんなのよ......!」


 陽光のような暖かさを持つ彼女は、その名の如く今まで沢山の笑顔を"咲"かせてきたんだろうな、と。そんな詩的なことを考えてしまうくらいに、その手袋は優しい温度を帯びていた。


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