第126話 fireworks
-side 田島亮-
17度目の秋。記憶を失った時から数えると、2度目の秋。そんな少しばかりの暑さが残る季節に俺は、河川敷にて3人の友人たちと肩を並べて夜空を見上げていた。
「「「「おぉ〜」」」」
胸に直接ズシリと響き渡るかのような轟音と共に1発目の花火が上がった。それに呼応して俺たちは感嘆の声を漏らし、ポカンと口を開けて花火を眺める。
「ふふ、秋に見る花火もなかなか良いもんだねぇ」
右隣に座っている唯が、不意に耳元で囁いた。
「お、おう、そうだな。でも、その......急に耳の近くで話すのはやめてくれ。俺、耳弱いんだよ」
「ふーん、そうなんだ。それは知らなかった」
「ま、まあ、とりあえず耳打ちはナシな。くすぐってぇから」
と、1つ注意喚起をして俺は再び夜空を見上げようとしたのだが--
「ふぅー......ふぅー......」
「ちょわあっ!?」
なんか、急に吐息が左耳を直撃した。
「あははは! 亮って本当に耳弱いんだね! おもしろーい!」
イタズラが成功したのが嬉しいのか、まるで子供のように無邪気な笑みを浮かべる唯。
「お、お前......人がやめろって言ったばかりだってのに攻撃してくるのやめろよ......」
「えへへ、私に弱点を教えた亮が悪いんだよ? そんなの、攻撃したくなるに決まってるじゃん?」
まさに花火が打ち上がっている真っ最中だというのに、唯は浴衣の袖を口元に当ててニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、こちらを見つめている。
「......はぁ、お前って本当によく分かんないヤツだな。最近元気が無かったから少し心配してたのに、すぐこうしてテンションが戻るんだからよ」
「いやー、それはなんていうか......ね? 亮と1日遊んでたら吹っ切れたっていうか、なんていうか。亮と出会ったばかりの頃は何も考えずに、こうやって隣に居ただけだったなーって思って。それを思い出したら.......さ。なんか色々考えて悩むのがバカバカしくなってね」
「......そうか」
唯が何に悩んでいたのか。何を考えていて、何が吹っ切れたのか。俺としては正直、気になるところではある。しかし、その全てを問いただすのは無粋というものだろう。俺は多くは告げず、単調な相槌を返すのみにとどめた。
再び顔を上げて夜空に目を戻す。すると強烈な音をあげて上昇した火炎が、パッと開き、儚く消え散っていた。豪快さと共にどこか切なさも内包するソレは、その名の如く花のような煌めきを川の水面に反射させ、幻想的な景色を作りだしている。
ふと左隣に目をやると、そこには肩を寄せて寝息を立てているバカップル、もとい、翔とキャサリンの姿があった。久しぶりの再会を果たした彼らもきっと、俺と唯のように祭りではしゃいでいたのだろう。花火を見ないのはもったいない気もするが、疲れて眠っているところを起こすのも申し訳ない。なかなか微笑ましい光景だし、そっとしておくとするか。
ザッと周囲を見回したところで、再び夜空に目を戻す。相も変わらず光っては消え、光っては消えを繰り返す花火を目に焼き付けながら思い返すのは、やはり今回の秋祭りのことだった。
私服姿の唯、そして浴衣姿の唯はユニフォームを着て走っている時とは本当に別人のようで。才ある故に生じる悩みを抱えつつ必死に頑張っているアイツも、祭りに来ればカキ氷で舌を赤くしたり、出店を見てはしゃいだりする普通の女の子なんだな、と。そんな当たり前のことを今更実感した。
今までは距離が近すぎて考えたこともなかったが、唯にもまだまだ俺が知らない一面があるんだな、と。なんだか寂しいような、嬉しいような。複雑な気分になった。
「ねぇねぇ、亮? どうだった? 今日は楽しかった?」
顔はこちらに向けず、夜空を見上げたまま。俺の思考がちょうど一区切りしたところで、唯が声をかけてきた。
「......ああ、楽しかったよ」
「ふふ、なら良かった」
そんな何気ない会話を交わしつつ空を眺めていると、花火が打ち上げるペースが段々と早くなってきた。花火の残弾も少なくなり、いよいよ秋祭りもフィナーレといったところだろうか。
この連休が終われば、来週は修学旅行の準備が始まっていく。アリス先輩への告白の返事も含めて、やることや考えることがいっぱいだ。きっとこれからの日々は今まで以上に忙しなく、そして一瞬で過ぎていくのだろう。
そうやって自分に訪れるであろう未来をぼんやりと考え、最後の花火が消えゆく様を見守った刹那。秋の終わりを告げるように、今朝より少しだけ冷ややかな風が、俺の頬をかすめていった。
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