第125話 親友の彼女
-side 田島亮-
『好きとは何か』なんてのは哲学的で、抽象的な命題だ。
明確な答えがあるわけでもない。答え方は人それぞれ。仮にそんなことをなんの脈絡も尋ねられても、大抵の人間は困惑してしまうだろう。
だが、しかし。
「うーん、自分よりも相手のことが大事だ!って思ったら、それは好きってことなんじゃないかなぁ」
--キャサリン・スージーとは、その不明瞭な問いかけに即座に答えられる聡明な少女だった。
「えっと......つまりどういうこと?」
「いや、ほら、人って基本的には自分中心な生き物じゃん? そりゃあ時々誰かと助け合ったりすることはあるし、それはいいことだと思うんだけどさ。結局突き詰めていけば、その助け合いっていうのも自分のためにやってることだと思うんだよね。まあ、ある程度の見返りが無かったら誰かと協力なんてしたくないし、それは当たり前のことだと思うんだけど」
金色の髪を秋風になびかせながら、洋風な容姿に反して流暢な日本語で語るキャサリン。その表情は昼間ファミレスに居た時とは違い、若干の憂いを帯びているに見える。
「私は、なんの見返りも無く誰かの為に動ける人なんて居ないと思うの。仮にそんな人が居たとしても、その人はきっと『自分が満足するため』に動いてる。誰かを助けることができたら自分も嬉しくなるから、そういう人は別に見返りが無くても動けちゃうんじゃないかな」
「......それは悪いことなのか?」
「いや、全然悪いことじゃないし、むしろ良いことだと思うよ。でも......それも結局は『自分のため』に動いてることになるんじゃないかな、って。見返りを求めずに誰かのために動くっていうその行いはとても良いことだと思うし、素晴らしいと思うけど、結局は自分が満足感を得るために動いてることになると思うの......って、あはは、なんかごめんね。すっごいネガティブなこと言っちゃってるよね。えっと、別に性悪説を信じてるわけじゃないんだけど、実は私ってちょっと捻くれてて......」
「はは、いやいや全然良いよ。元はと言えば俺が変な質問したのが悪いんだし」
自分のことを『捻くれている』とキャサリンは言ったが、それは(思春期の俺が言うのもなんだが)思春期特有のものであるように思う。ちょっとだけ悲観的になるっていうのは、別に珍しいことでもない。
ましてや異国の地で10年以上過ごしてきた彼女のことだ。彼女にしか分からない苦悩もあるのだろう。
「あ、ごめん、ちょっと話が逸れちゃったね。えーっと、つまり何が言いたいかっていうと、個人差はあれど、やっぱどうしても人って自分のために動いちゃうよねってこと。だから、もし自分よりも相手のことを大事だって思った時が来たら、それが人のことを好きになるってことなんじゃないかなー、みたいな」
「......なるほど」
自分よりも相手のことを大事に思う、か。
俺は基本的に自分のために行動するというよりは、誰かの為に行動することの方が多い気はするが......それは、きっとキャサリンが言っているニュアンスとは少し違うのだろう。
俺が利他的な性格に寄っているのは、俺があくまで"そうありたい"と思っているからだ。
誰かの為に行動できる自分でありたい、だとか、誰かが困っていたら助けてやれる自分でありたい、だとか。結局のところ、俺はそういう理想的な自分でいるために行動しているのだろう。
もちろん、その過程で相手のことを大事に思っていないわけではない。しかし現状だとやはり、俺の行動理念は俺自身の中にあり、自分より相手のことを大事に思っているのか、と聞かれればそういうわけでもないのかもしれない。
「まあ、亮が何に悩んでいるのかとか分からないまま、ベラベラ小難しいこと喋っちゃったけどさ、誰かを好きになったら、そん時はビビ!ってクるから心配ナッシングよ! テイクイットイージー! 眉間に皺なんか寄せてないで気楽にいきましょ!!」
そう言って笑いながら、バシッと俺の背中を叩くキャサリン。
「あはは、ありがとうキャサリン。そうだよな。せっかくの祭りだし、あんま暗いこと考えても良くないよな」
「そうそう! 人生、意外となるようになるものよ! 楽しまなきゃ損損!! もうすぐ花火も始まるし!!」
明朗な笑顔を浮かべながら『楽しめ』と言って夜空を指さす彼女。
そして、その陽気な姿と頼もしさを見た俺は、なんとなくキャサリンの性格が翔と似ているような気がして。
「......はは、翔とキャサリンは良いカップルだね」
「ん? どしたの急に?」
この2人は結ばれるべくして結ばれたのだろうな、なんてことを考えながら。冷やかすというわけでもなく、ただ純粋に俺は2人の関係性を称賛する言葉を送った。
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