第91話 7年越しの告白

-side 東雲柚子葉-


 観覧車に乗った後、ゴーカートやコーヒーカップ等のアトラクションを亮ちゃんと一緒に楽しみ、私の初めての遊園地デートは終了。


 そして遊園地を後にした私たちは今日のデートの最後の目的地に到着。気づけばすっかり日も暮れており、夜空を見上げながら『楽しい時間って本当にあっという間に過ぎるんだなぁ』なんてことを考えてみる。

 


「ねぇ、ユズ姉。ここって公園だよね? 今日の最後の目的地ってここなの?」


「うん、そうだよ。最後はここで亮ちゃんに私の話を聞いてほしいんだ」


 私がデートの最後の目的地に選んだのは田島家の近所にある公園。ここは私たちが小学生の時によく一緒に遊んでいた思い出の場所だ。


 そして......私が初めて恋に落ちるきっかけとなった場所でもある。


「よし。じゃあとりあえずあそこのベンチに座ろっか! 立ち話をするのもアレだし!」


「うん、そうだね。とりあえず座ろっか。今日は結構歩いて疲れちゃったし」


 そして公園の入り口に並んで立っていた私たちは、敷地の中央にある木製ベンチがある方へと歩き始めた。



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「ねぇ亮ちゃん、今日は楽しかった?」


 ベンチに座った私は夜空を見上げながら隣に座っている彼に問いかける。


「うん。すげぇ楽しかったよ。まぁ、ちょっとユズ姉にからかわれ過ぎたかな、とは思うけど...まあそれも含めて楽しかったな」


「ふふ、そっか。それなら良かった」


「ユズ姉はどうだった?」


「もちろんすっごく楽しかったよ。亮ちゃん、今日は私のワガママに付き合ってくれてありがとうね」


 本当に...本当に楽しかった。


 一緒に手を繋いで歩いて。ドキドキしながらプリクラを撮って。観覧車で2人きりでお話しして。


 もしかしたら...それは何の変哲も無い普通のデートなのかもしれないけれど。


 今まで部活漬けで普通の学生生活を過ごせなかった私はそんな『普通のデート』にずっと憧れていたのよ。


 世の中のカップルは2人で綺麗な夜景が見えるスポットに行ったり、有名な温泉がある町に出かけていたりするのかもしれないけれど。それでも私は今までずっと『普通のデート』がしたかった。


 大切な人と手を繋いでみたい。大切な人と一緒に他愛も無い話をしてみたい。大切な人と楽しい思い出を作ってみたい。


 その願いは子供っぽくて、幼稚なもので。もしかしたら私の同級生の友達には笑われちゃうよう願いなのかもしれないけれど。


 --それでも今まで私はそんな『普通』に憧れていた。


 だから...今日の亮ちゃんとのデートは本当に楽しかった。


 でも...このデートは『楽しい』だけで終わらせちゃいけないんだよね。


 --だって今日私が亮ちゃんを誘った目的は『デートを楽しむこと』だけじゃないんだから。




「ねぇ、亮ちゃん、ちょっと昔話をしても良い?」


「昔話...?」


「うん。私と亮ちゃんがまだ小さかった時の話だよ」


「...分かった。それなら是非聞かせてほしいな」


「うん、分かった。じゃあ今から話すね」


 ...私の今日の1番の目的。それは初恋をここでちゃんと終わらせるということ。


 ま、まあ...亮ちゃんが想像以上にカッコ良く成長してたから最初は本当に未練を断ち切ることが出来るのか不安に思ってたんだけど...



【いつまでも過去のことを引きずっていたらダメだと思った】


 亮ちゃんのこの言葉を観覧車の中で聞いた時にね...私もいつまでも未練を残したらいけないなって思ったの。


 だって1番辛かったはずの亮ちゃんが後ろを振り向かずに前に進んでるんだもん。だったら私もいつまでも初恋のことを引きずるわけにはいかないじゃない。


 ...うん、まあ、一瞬だけ『このまま日本に残ってもっと亮ちゃんと過ごす時間を作るのも良いかな』って考えちゃったりしたんだけど。


 --でもそれはやっぱり違う気がして。


 夢を捨ててまで日本に残るのはやっぱりダメだと思うのよ。自分が世界に羽ばたけるチャンスを捨ててまで亮ちゃんの隣に居ようとするのは亮ちゃんにも失礼だと思うのよ。


 だって...亮ちゃんは『自分に出来ること』を精一杯やりながら前に進んできたんだから。



 だから私は今ここで亮ちゃんに昔話おもいを伝える。そして私は未練を断ち切ってからアメリカに旅立っていく。

 

「...私と亮ちゃんと友恵ちゃんはね、昔よくこの公園で一緒に遊んでたの」


 昼間はうるさかったセミも鳴き止み、シーンとしている夜の公園。その静寂を切り裂いて私は淡々と話を進める。


「昔は3人とも本当に仲がよくてね。家族みたいな仲だったんだよ」


「はは、だから俺はユズ姉のことを『ユズ姉』って呼んでるんだ」


「ふふ、多分そうだと思うよ」


 昔話のその最中。ふと、3人で公園を駆け回っていた『あの時』のことを思い出してみる。


 『ユズ姉、ユズ姉』と呼びながら私に付いてくるかわいい兄妹。1人っ子の私にとって亮ちゃんは本当の弟のような存在であり、友恵ちゃんは実の妹のような存在だった。


 それも今となっては遠い昔の話なんだけどね。でもあの楽しかった日々は今でも私の大事な宝物なんだ。




「それで、この話にはまだ続きがあってね。実はこの公園って私にとってはただの思い出の場所ってわけじゃないのよ」


「え? それってどういう...」


 首を傾けながらこちらに顔を向けてきた亮ちゃん。彼はどうやら今の私の言葉をちゃんと解釈できなかったようだ。


 そしてそんな彼の様子を横目で確認した私は、自分の視線を星空から彼の顔へと移し、『あの時』伝えられなかった言葉を彼に告げる。




「私はね、この公園で亮ちゃんのことを好きになったんだよ」


 それは7年越しの遅すぎる告白。あの時募りに募っていたのにちゃんと伝わらなかった私の淡い想い。


「え、え、え、え、えぇぇぇぇ!? マジ!? え、それマジ!?」


 ふふ、驚いてる驚いてる。今度はちゃんと伝わったみたいね。


「うん、初恋だったの。私の初恋の相手は亮ちゃんなんだよ」


 私は自分の顔が熱くなっていくのを感じつつも、素直に想いを伝える。


 --もう君はあの時のことを覚えていないけれど。


 --私のために自分よりも強い相手に立ち向かってくれた、この公園での『あの出来事』を覚えていないのかもしれないけれど。


 あの時、確かに私は君に恋をしていた。


 ...まあ今の亮ちゃんにこんな事を伝えても困るだけだろうし、どう対応すればいいのか分からないかもしれないんだけど。


 それでもこの思い出だけはどうしても消えなくて。何度忘れようとしても忘れられなくて。


 そしてあの時伝えられなかった想いが大きな未練として胸の中に残ってしまった。


 だから...私はアメリカに旅立つ前に未練を断ち切りるためにどうしてもこの想いを伝えたかったのだ。




「......ご、ごめんね、亮ちゃん! 急にこんなこと言われても困るよね! で、でもアメリカに行く前にどうしても伝えておきたくて!!」


「え!? アメリカ!? なにそれどういうこと!? ユズ姉ってアメリカに行くの!?」


「う、うん...アメリカの大学に誘われてて...来年から留学することになりました」


 うっ、勢い余って留学のことまでカミングアウトしちゃった...


「え、なにそれ凄いじゃんユズ姉! 俺応援するよ! 頑張ってね、ユズ姉!!」


「う、うん! 頑張るね!!」


 ......あれ? もしかして留学の話のせいで私の告白が有耶無耶になっちゃった!? え、ちょっと待って! さすがにそれは色々キツいんだけど!!


 ......と、少し心配になったが、それは私の杞憂だったようだ。


「それと...さっきユズ姉は『ごめん、こんな事言われても困るよね』って言ったけどさ、ユズ姉が謝る必要なんて全然無いよ」


「え...?」


「まあ...確かに俺はユズ姉との思い出を忘れちゃったし、どうしてユズ姉が俺のことを好きになってくれたのかも分からないっていうのが正直なところなんだけど」


「そ、そりゃそうだよね...」


「でもね、ユズ姉との思い出が消えたわけじゃないんだよ」


 そう言い切った後、亮ちゃんは私の右手を左手で優しく包み込んでくれた。


「...ユズ姉」


 そんな風に1度私の名前を告げた彼の顔は浅田くんに立ち向かってくれた『あの時』のような真剣な表情になっていた。


 そして彼はその凛々しい表情を保ったまま私に告げる。




「ユズ姉がその思い出を覚えてくれている限り俺たちの思い出は消えないんだよ! そして俺は今日2人でこうして手を繋いで歩いたことを一生忘れないから!!」


「...!」


「...だからユズ姉が謝る必要なんて無いんだよ。たとえ昔のことを覚えていなかったとしても俺にはユズ姉の気持ちに答える責任があるんだから」


 そして彼はそこまで言うと、先ほどまでの真剣な表情を1度崩し、今度は優しく微笑みながら口を開く。




「ユズ姉、勇気を出して気持ちを伝えてくれてありがとう。すっげぇ嬉しかったよ」


「...!」


 ...私との思い出を覚えていないはずなのに。私たちの間にある思い出なんてせいぜい今日のデートくらいなのに。


 この時だけは、なんだか7年前からタイムスリップしてきた亮ちゃんが私の告白に返事をしてくれたような気がして。


 ......気づけば涙が頬を伝っていた。


「ごめんね、ユズ姉。泣かせるつもりはなかったんだ」


「ぐすっ...い、いいのよ...亮ちゃんは悪くないから...」


 どれだけ目をぬぐっても流れる涙は止められない。今まで胸に引っかかっていた大きな塊が溶け出して、まるでそれが涙となって溢れ出しているみたいだ。


 でも...きっとその涙は悲しいから流れているわけじゃない。『伝えられて良かった』っていう安堵の気持ちとか、『ちゃんと亮ちゃんが向き合ってくれた』っていう嬉しさが涙になって溢れ出しているんだと思う。


 ......あぁ、そうか。

 


 --私はやっと初恋を終わらせることができたんだ。





「......亮ちゃん!」


 私は彼の名を呼びながらベンチから立ち上がり、彼の目の前に立つ。


「...ユズ姉?」


 ベンチに座ったままこちらを心配そうに見上げている彼。きっと私の顔がまだ涙でぐしょぐしょだからそれが気になっているんだろう。


「あのね! 最後に言いたいことがあるの!!」


 それでも私は笑顔を作る。夏の夜空に広がっているどの星にも負けないような、そんな明るい笑顔を作ろうと試みる。


 --それは彼の胸に『一夏の思い出』を刻むため。


 夏休みのうちのたった1日のことだけど、ここに私が居たという事実を彼の心に刻むために。私と一緒に楽しく過ごした時間を後で彼に思い出してもらうために。私はとびっきりの笑顔を作る。


 そして...きっと最後に亮ちゃんに掛けるべき言葉は『さようなら』なんかじゃない。


 この思い出を悲しいものにしたくないから。後で笑って振り返られるような思い出にしたいから。


 --だから私は亮ちゃんに『さようなら』なんて言わない。

 

 

 そう。きっと今私が掛けるべき言葉は--






「亮ちゃん! 私に恋を教えてくれてありがとう! 本当に大好きだったよ!!」


「...!」


 ...最後に精一杯の感謝を伝える。それで私の『一夏の思い出』は終わり。


 ドキドキしながら楽しいデートをして、最後はずっと言えなかった想いをちゃんと伝えて。これで何の心残りもなし。これで私も亮ちゃんみたいに前だけを見て歩いていけるわ。


 ......うん、きっとそうよ。



 --溢れる涙はまだ止まらないけれど。きっとこの涙は私が前に進むために必要なものだったんだ。

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