第89話 小悪魔なユズハ様

-side 田島亮-


 プリクラ。正式名称はプリントクラブ。写真を撮り、それをシールとして印刷してスマホの裏とかに貼ったりするアレのことである。


「亮ちゃん亮ちゃん! とりあえず中に入ってみようよ!!」


「ああ、うん、分かったよ......」


 遊園地のショップ内の一角に存在する未知領域プリクラをとるやつ。それを目の前にして少し怯んでいる俺であったが、超ハイテンションなユズ姉は俺の手をグイグイ引っ張って俺をプリ機の中に引きずり込んでいく。


「うわ、機械の中ってこんな感じだったんだ...」


 俺氏、プリ機内に初上陸。意外と狭くてビビる。


「ふふ、緊張してるの? もう、亮ちゃんったらかわいいんだから!」


「あ、あはは...」


 プリクラなどとはまるで無縁の1年間を過ごしてきた俺。プリクラとかマジで初体験である。


 それに加えて密室にユズ姉と手を繋いで2人きりという状態。機械の中に入ったらユズ姉も手を離してくれるかな、とか思ってたけど全然そんなことなかったわ。つーか、むしろさっきよりも手を握る力が強くなってる気がするし。


 ......え? プリクラってこんなに緊張しながら撮るものなんですか?


----------------------


『モードを選んでね☆』


 プリ機に500円玉(from俺のバイト代)をブチ込むと、プリ機のスクリーンがモード選択画面に切り替わった。


 ...え、なに? モードとかあんの? プリクラってそういうものなん? ヤバい、マジで全然分からん。


「よーし! じゃあこの『ラブラブモード』ってやつにしよっと!!」


「え、ちょ、ユズ姉!?」


 モード選択画面には数多の選択肢があったのにも関わらず、即決で『ラブラブモード』とやらを選んだユズ姉。なんかよく分からんけど言葉の響き的にヤバそうな予感がする。


「えっと...ユズ姉? 『ラブラブモード』って何なの...?」


「うーん、私も分かんない! モード選択画面とか『ラブラブモード』とか初めて見たし! でも面白そうだからなんとなく選んでみた!!」


「え!? そうなの!?」


 ...え? ちょっと待て。もしかしてこのプリ機って普通のプリ機じゃなかったりする...?


『はい! まずは1枚目の撮影を始めるよ! 2人で手を繋いでカメラの前に立ってね!』


 疑念を抱いている俺なんかお構いなしと言わんばかりに流れてくるプリ機の案内音声。どうやら早速撮影が始まるらしい。


「うーん、もう手は繋いじゃってるし...あ! そうだ! 亮ちゃん! 手の握り方を変えようよ!!」


「...え? 握り方を変える? どういうこと?」


「それはね...こういうことだよ!!」


 するとユズ姉は突然左手の指を俺の右手の指の間に絡めてきた。


「えぇ!? ユ、ユ、ユ、ユズ姉!? こ、こここ、これって恋人繋ぎというやつでは!?」


 あまりに突然のことに仰天し、思わず隣に居るユズ姉の方をガン見してしまう俺。


「ん? 亮ちゃん何驚いてるの? 仲の良い親戚同士ならこれくらい普通だよ。それよりほら! 早くカメラの方向いて! 撮影が始まっちゃうよ!」


「え!? ああ、うん!!」


 しかしユズ姉の勢いに押され、俺は再度カメラの方に顔を向け直した。


『はい! じゃあ撮影を始めるよ! ニッコリ笑ってー! ハイ、チーズ!!』


 そして『パシャリ』というシャッター音とともに1枚目の撮影が終了。


「ふぅ...やっと1枚目の撮影が終わったか...」


 自分の指の間にユズ姉の細くて柔らかい指の感触があるのを実感し、神経をすり減らしつつも、1枚目の撮影が終わったことに安堵して胸を撫で下ろす。


 ......だがホッとするのはまだまだ早かったようだ。


『はい! 次は2枚目の撮影を始めるよ! 今度は2人で腕を組んでカメラの前に立ってね!」


 そう。この時の俺はまだ知らなかったのだ。『手を繋ぐ』なんて行為はまだまだ『ドキドキプリクラ撮影』の序の口に過ぎなかったということを。


 

----------------------



『はい! じゃあ2枚目の撮影を始めるよ! ニッコリ笑ってー! ハイ、チーズ!!』


 ユズ姉と腕を組んだ写真の撮影が終了。なんか、こう、ヤバい。もうとにかく色々ヤバい。


 普通に胸とか当たっちゃってるし。しかもユズ姉がグイグイ身体を俺の方に寄せてくるから柔らかい感触とか伝わってくるし。あとなんか意外とユズ姉って見た目より胸が大きい気が...


って静まれ俺の思春期ぃぃぃぃ!! 




「亮ちゃん亮ちゃん! 3枚目はお姫様抱っこだって! ほらほら早く早く!」


 1度俺の腕から離れ、ニコニコ笑いながらこちらを見つめているユズ姉。どうやら俺が煩悩にまみれている間にプリ機から3枚目のポーズの指示が出ていたようだ。


 って、はぁ!? お姫様抱っこ!? 


「亮ちゃん! 心配しなくても大丈夫だよ! 私結構細い方だから! 全然重くないと思う!!」


 いや、そういう問題じゃないような気がする...


 でもな...ユズ姉の期待に満ちた目を曇らせるようなこともしたくないし、『恥ずかしいから』って理由で断るわけにはいかないよな...『今日はユズ姉のワガママを何でも聞く』なんて言ってしまったし...


 よし、決めた。男、田島。行きます。




「...よし! いくよユズ姉! よいしょっとぉ!」


 覚悟を決めた俺は隣に居るユズ姉を呼び寄せてお姫様抱っこを決行。


「おー! 亮ちゃんって結構力あるんだね! あはは! なんか楽しくなってきた!」


「は、はは...楽しんでいただけているようでなによりです...」


 つーかユズ姉軽っ。身長は俺とあんまり変わらないはずなのになんでこんなに軽いんだよ。ユズ姉って結構華奢なんだな...


 ていうかホットパンツから出てるユズ姉の太ももが直接腕に当たっててヤバいんだけど。背中もめっちゃ柔らかいし。あと顔もメッチャ近くて超良い匂いするし...


 あぁぁぁ! だからさっきから静まれって言ってるだろ俺の煩悩ぉぉぉぉ!!




「...亮ちゃん? 撮影は終わったみたいだからもう降ろしても大丈夫だよ?」


「あ! わ、分かった! 今すぐ降ろすね!」


 うわ、普通に撮影が終わったことに気づかなかった...


「よいしょっと! ふふ、亮ちゃんもやっぱり男の子なんだね! 力持ちじゃん!」


 俺の腕から降りたユズ姉は楽しそうに笑いながらやたらと俺を褒めちぎっている。


「...いや、別に俺は力持ちなんかじゃないよ。ユズ姉が軽かっただけさ。なんか軽過ぎて心配になるレベルだった」


「っ! そ、そうなんだ!? あ、あはは! へ、へぇー、そうなんだ...」


「? なんで赤くなってるの?」


「そ、それはその...お、女の子は軽いって言ってもらえたら嬉しいものなの! だからちょっと照れてるの!!」


 そんなものなのか...つーか『照れてるの!』って自分で言っちゃうんですね。斬新だな。そのパターンは初めて見たわ。なんかかわいい。


 などと考えて少し頬を緩めた時だった。


『はい! じゃあ4枚目の撮影を始めるね! 撮影は次で最後だよ! 最後は2人でカメラの前でキスしちゃおう!!」


 おいプリ機。てめぇコラ。良い加減にしろよコノヤロウ。いくらなんでも限度ってものがあるだろ。さすがにそれは無理だっつーの。





「ふふふ、ねぇねぇ、亮ちゃん」


「...なんでしょうか、ユズ姉」


 え、なんなの。なんかユズ姉が超ニヤニヤしながら話しかけてきたんだけど。


 ...え、ちょっと待って。なんか今からとんでもない展開になりそうな予感が...





「.....うふふ、ここで私とキスしちゃう?」


「いや、いくら親戚でもさすがにそれはアウトっす!!」



----------------------



 どうにかこうにかプリクラ撮影が終了。今度はユズ姉が『観覧車に行きたいっ!』と言ったので、現在俺たちは観覧車の前に形成された長蛇の列に並んでいるわけだが...



「あはは! この写真の亮ちゃんとか超顔真っ赤じゃん! かわいい!」


「ユズ姉...頼むから俺のことをからかうのは程々にしてよ...」


「あはは、ゴメンゴメン。なんか亮ちゃんを見てたらどうしてもイジワルしたくなっちゃうのよ」


 このように、俺の隣に居るユズ姉がついさっき撮ったプリクラを眺めつつ、ニマニマしながら俺をからかってくるのである。


「なんかさ、ユズ姉って結構Sだよね...」


「違うよ亮ちゃん。私はSじゃないよ。世の中では私みたいな女の子を小悪魔系女子って言うんだよ」


 小悪魔...まあ確かにそんな感じだな...


「でも亮ちゃんももったいないことしたよねー。だって私とキスできるチャンスだったんだよ? なんで断っちゃったの? 普通の男の子だったら喜んでキスしたところだったと思うんだけど。こう見えても私って『ユズハ様』とか呼ばれたりしてて結構モテてるんだからね?」


「いや、まあそりゃユズ姉は美人だし『ユズハ様』って呼ばれてるのは知ってるよ。でも俺にとってユズ姉はユズ姉なんだよ。会うのは久しぶりだし俺は昔のことを覚えてないかもしれないけどさ、ユズ姉は俺の大事な従姉なの。だから軽々しくキスなんてできるわけないでしょ」


「え? じゃあ亮ちゃんは私のことが大切だからキスをしなかったってことなの...?」


「いや、だからさっきからそう言ってるじゃん」


「......うん。亮ちゃんはやっぱり女たらしだね」


「いや、またそれ!?」


「バーカバーカ。亮ちゃんのバーカ。考え無し。バカ正直。人たらし」


「なんかいきなり幼稚な悪口を連発されてる...」


「ふふ、でも私は亮ちゃんのそういうところは嫌いじゃないよ」


「そ、そりゃどうも...」


 人たらし...人たらしか...そんなつもりはないんだけどな...でもこれからは出来るだけ不用意な発言はしないように気を付けておこう...


「お待たせしました! 次のお客さんどうぞー!」


 お、やっと俺たちの番か。


 そういや観覧車に乗るのって久しぶりだな。なんかワクワクしてきた。


 ...と、少し気持ちが昂った時だった。


「ねぇねぇ、亮ちゃん」


 そう言いながらいきなり俺の肩をトントンと叩いてきたユズ姉。


「ん? どうしたのユズ姉」


 何事かと思い、隣に居る彼女の方に顔を向けてみる。


 --その瞬間。いきなり『それ』はやって来た。




「チュッ♪」


 突然右手の中指と人差し指を唇に当て、ウィンクをしながらその指を俺の方に投げるような仕草を取ったユズ姉。その動き1つ1つにまるで可愛らしさや妖艶さが凝縮されているようで...


 それはつまり破壊力抜群の投げキッスだった。


「な、な、な、な...!」


 安定のクソ雑魚っぷりを発揮して何も言えずに固まってしまう俺。




「ふふ、なんで従姉の投げキッスなんかで照れてるのよ! ほら、もう私たちの番だよ! 早く観覧車に乗ろっ!」


「そ、そそそうだね! わ、分かったよユズ姉!」


「......ふふ、やっぱり亮ちゃんはかわいいね」


 そう言いつつ、ユズ姉は楽しそうに笑いながら俺の手を引っ張って観覧車の中に連れ込もうとしている。




 そして、そんな彼女を見た俺は『チクショウ、この小悪魔め...』なんてことを思いつつも、彼女に手を引かれるがままに観覧車の中に乗り込んだのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る