第88話 変わらない君とワガママな私

-side 田島亮-


「人多いっすね...」


「うん...思ってたより多いみたいだね...」


 ユズ姉から『最初は遊園地に行こっ!』と言われたため、とりあえず彼女の要望通りに遊園地に来てみたわけだが、今が盆休みということもあって敷地内は家族連れやカップルなどの多くの人で溢れかえっている。どのアトラクションも長蛇の列を作っており、かなり待ち時間も長くなりそうだ。


「どうするユズ姉? 最初はどこ行きたい?」


「うーん...とりあえず最初は...きゃっ!」


 人混みの中を歩きながらユズ姉に最初の行き先を尋ねていると、突如彼女の肩に大柄な男の肩がぶつかった。


 突然のことに気が動転して身体をよろけさせているユズ姉。これはマズイ。このままでは転倒してしまいそうだ。


「危ない! ユズ姉!」


 ...ふぅ、自分の反射神経に感謝だな。ユズ姉の右手を咄嗟に掴んで、なんとかユズ姉がコケるのは防ぐことができた。いやー、良かった良かった。この人混みで転倒したら結構危なかったからな。


「え、えっと...ありがとう亮ちゃん...」


 そんな風に少し照れ臭そうにお礼を言いつつ、体勢を立て直すユズ姉。


 ...ってうわ! いつまでユズ姉の手を掴んでんだよ俺! 助けることが出来たんだからさっさと離せよ!


「あ! ご、ごめんねユズ姉! いきなり手を取ったりなんかして! ユズ姉がコケそうだったからさ! こ、こう...無意識のうちに手が伸びたんだ! ごめん! 今すぐ手を離すね!」


 と、言いつつ俺は慌ててユズ姉の手を離そうとしたのだが...


「...」


 なぜか無言のユズ姉から手を握る力を強められて手を離すことができなかった。


「え、えっと...ユズ姉?」


「こ、このままが良いの...」


 そう言いながら、どこか甘えるような表情を浮かべて俺を上目遣いで見つめてくるユズ姉。


「...え? このまま?」


「こ、このまま手を繋いだままが良いと思うの! ほ、ほら! 今日って人が多いから普通にしてるとはぐれちゃいそうじゃん!? だから手を繋いだままの方が良いと思うのよ! はぐれないようにするために!!」


「あー、そういうことね...」


「ダメ...かな?」


「...」


 え、ちょっとやめてよユズ姉。いきなり目をウルウルさせながらこっちを見上げないでよ。いや、マジでダメだって。その表情はズルいって。


「亮ちゃんは...私と手を繋ぐのは嫌?」


「ぜ、全然嫌じゃないよ! そうだよね! はぐれるのはマズイもんね! とりあえずしばらくは手を繋いだ方が良いかもね!」


「う、うん! そうだよ! やっぱり手を繋いだ方が良いんだよ!」



 ...え、なにコレ。なんなのコレ。めっちゃデートっぽくなってきたんだけど。ちょっと思ってた展開と違うんだけど。


「よーし! じゃあ最初はプリクラ撮りに行こっ!」


 そう言って今度は上機嫌な様子で俺の手をグイグイ引っ張りながら人混みの中をかきわけて歩き始めるユズ姉。


 ...って、え!? プリクラ!? 今プリクラって言った!? ちょっと待って! 俺女の子とプリクラとか今まで1回も撮ったことないんだけど!?



-side 東雲柚子葉-


 なんか...勢いに任せて手を繋いじゃった...


 いやー、なんていうか...コケそうになった私の手を亮ちゃんが取ってくれたのがすっごく嬉しくて...


 それで『あぁ、昔より大きな手になってるなぁ。亮ちゃんも成長したんだなぁ』とか思っちゃって。また昔みたいに手を繋ぎたいなーとか思っちゃって。気付いた時には『このままが良いの...』とか言っちゃったりしてて。今もこうして手を繋いで歩いているのが嬉しかったりドキドキしたりしてるわけで。


 ...って私全然お姉さんっぽくないじゃない!!


 え、なんなの? 私って乙女なの? 高3にもなって手を繋いだだけでテンションがブチ上がっちゃうとかさ、それってjkとしてどうなの? 


 ていうか遊園地に来る前も無意識のうちに亮ちゃんの顔と手を触ったりしてたし! なによそれ! ただの変態じゃない! いや、まあ確かに小学生の時は亮ちゃんに触れることが多かったけど! 今ベタベタ亮ちゃんに触るのはさすがに色々マズイでしょ! 



「...ねぇユズ姉」


「は、はいっ!?」


 うっ...いきなり話しかけられてテンパっちゃった...



「そ、その...そろそろ人混みも抜けたし手を離してもいいかな...?」


 あ、そっか...今手を繋いでるのはあくまで『はぐれないようにするため』だもんね。だから人混みを抜けたら手を繋ぐ必要なんてないのか...


 ...ってなに落ち込んでんのよ私。


「うん...いいよ、手を離しても。ずっと手を繋いでるっていうのも変だもんね...」


 ふふ、やっぱりドキドキしてるのなんて私だけなんだよね。まあそうよね。亮ちゃんが私なんかにドキドキしてくれるわけなんてないよね。


 うん、良かった。これで冷静になれる。これで今日のデートにもより一層集中できる。


 うん...やっぱり昔みたいに手を繋ぐわけにはいかないんだよね。


「ごめんね、亮ちゃん。私のワガママで手を繋いでもらったりして。やっぱり嫌だったよね」


「...いや、それは違うよユズ姉。別に嫌っていうわけじゃないんだ」


「え...?」


「そ、その...恥ずかしいんだよ。いくら親戚とはいえ女の子と手を繋いでたらやっぱり緊張しちゃってさ。それでなんつーか...俺って今緊張で手汗びっしょりになってると思うんだよ。だからその...これ以上手を繋いでたらユズ姉が不快な思いをすることになるんじゃないかなって思って...」


「え? じゃあ亮ちゃんは手汗をかいてて恥ずかしいから『手を離したい』なんて言ったの?」


「まあ...そうなりますね」


「じ、じゃあ...亮ちゃんは今ドキドキしてるってことなの...?」


「そ、そりゃそうだよ! だってユズ姉めっちゃ美人だし!」


「へ!?」


「あ、いや! 別に今のはユズ姉を口説こうとしたとかそういうわけじゃなくて! ただ客観的事実を述べただけというかなんというか...」


「客観的事実!?」


「そ、そうだよ! 客観的事実だよ! ユズ姉は誰の目から見ても美人なんだから!!」


「っ!!」


 やめて...! もうやめて亮ちゃん...! お願いだからそれ以上言うのはやめて...! 嬉しさとか恥ずかしさで顔から火が出ちゃいそうになるから...!


「ご、ごめんユズ姉...なんか急に変なこと言って...」


「...ねぇ、亮ちゃん? 亮ちゃんってお友達から『女たらし』って言われたことない?」


「いや、そんなことを言われた覚えは...あ、高校の先輩から1回だけ言われたことがあるような...」


「へぇー...あ、もしかしてその先輩も女の子だったりする?」


「ま、まあ女子の先輩だけど...」


「ふーん...じゃあ今女の子の友達は何人くらい居るの?」


「え? 急にどうしたのユズ姉」


「いいから答えて!」


「わ、分かったよ...うーん、女子の友達...女子の友達かぁ......6人くらいかな」


「6人!? へ、へぇ...亮ちゃんったら私が知らないうちに随分モテモテになったみたいね...」


「いや、多分そういうわけじゃないと思うよ!?」


 いや、絶対モテてるでしょ。亮ちゃんは昔から天然の人たらしだもの。今は昔より身長も伸びてカッコよくなってるし。絶対その6人の中に亮ちゃんのことを好きな人居るでしょ。


「なんかさ、亮ちゃんって無意識のうちに女の子を勘違いさせてそうだよね」


「そ、そうなのかな...俺は全然そんなつもりはないんだけど...」


「うん、絶対亮ちゃんは女の子を勘違いさせてるよ。だって私もさっき勘違いしそうになっちゃったもん」


「え!? そうなの!?」


「ふふ、冗談よ。冗談。相変わらず亮ちゃんはかわいいわね。顔真っ赤っかだよ」


「なっ!!」


 ...ふふ、そっか。今日は亮ちゃんもドキドキしてくれてるんだ。ちゃんと私のことを女の子として見てくれてるんだ。良かった。緊張してるのは私だけじゃなかったんだね。


 うん、ちょっぴり昔とは見た目が変わっててもやっぱり亮ちゃんは亮ちゃんなんだね。思ってることをすぐ言っちゃうのも小さい時と変わらないままだし。私にからかわれてたらすぐに顔を赤くしちゃうのも小学生の時と同じだし。背は伸びてもやっぱり亮ちゃんは小さい時と一緒でかわいいままなんだね。





「...ところでユズ姉、そろそろ手を離して欲しいのですが。マジで手汗がヤバイので」


「うふふ、バカだなぁ、亮ちゃんは。女の子は男の子の手汗を気持ち悪いなんて思ったりしないんだよ?」


「......え? そうなの?」


「そうなの。手汗を気にして焦っている男の子の表情とか、恥ずかしさに耐えきれなくて右往左往してる男の子の目線とかさ、そういうのも全部ひっくるめて女の子は『楽しい』って思うの。多分デートっていうのはそういうものなんだよ」


 まぁ私は今まで1回もデートなんてしたことなかったんだけど....


「そ、そうだったのか...なんか勉強になりました...」


「よし、じゃあ気を取り直してプリクラ撮りに行こっか! もちろん手は繋いだままで!」


「そ、そんなぁ...勘弁してよユズ姉...」


「えー、別にいいじゃない! 私と手を繋ぐのは嫌じゃないんでしょ? ただ恥ずかしいだけなんでしょ?」


「まぁ、そうなんだけど...なんかこう...ユズ姉って意外と強引な性格なんだね...」


 ...うん。私は亮ちゃんの言う通り強引な性格なんだと思う。手を繋ぎたいっていうのも私のワガママだし、今日亮ちゃんを遊園地に連れてきたのも私のワガママ。


 そんな性格の私は多分男の子達が思い描くような『理想の女の子』なんかじゃないんだと思う。今は『ユズハ様』なんて呼ばれたりしてるけど、私はそんな風に呼んでもらえるほど魅力的な女の子じゃないと思う。


 でもそれが私なの。ちょっとしたことですぐドキドキしちゃうほどウブなくせに、自分がやりたいと思ったことは強引に押し通そうとする。そんなワガママで面倒臭い女の子。それが東雲柚子葉という女の子なの。


 今日、私は亮ちゃんに『嫌な女の子』だと思われたくなくてワガママな自分を押し殺そうとしていた。亮ちゃんから『手を離したい』って言われた時、本当はずっと手を繋いでいたいのに『ワガママを言ってごめん』なんて言ったりして自分の意思を抑えようとしていた。


 でももうそれはやめにしよう。


 だって私は自分の言葉を飲み込もうとしてるよに亮ちゃんは何も考えずに言いたいことを全部言っちゃうんだもん。


 なにが『ユズ姉は誰の目から見ても美人』よ。なにが『客観的事実』よ。そんなこと言われたら...そんなこと言われたら...


 --嬉しすぎてもっと手を繋ぎたくなっちゃうじゃない!!



 ...だから私は本当の自分を押し殺すのをやめてワガママな自分をさらけ出すことにした。







「あのね、亮ちゃん。女の子はね、皆ワガママなの! そして男の子は女の子のワガママを聞いてあげなきゃいけないの!」


 それはまさにワガママな私らしく、理屈なんて全然通ってないセリフ。自分でも破茶滅茶なことを言ってると思うし、本当にワケが分からないと思う。


「あはは! そっか! そうなんだ! だったらしょうがないね! じゃあ今日はユズ姉のワガママを全部聞いてあげるしかないかな!」


 けれど亮ちゃんは私のメチャクチャな言葉を軽く笑い飛ばしつつ、私のワガママでメンドくさい部分を嫌な顔もせずに受け入れてくれた。


 うん、やっぱり亮ちゃんは変わってないね。亮ちゃんは私の良いところも悪いところも明るく笑って全部受け止めてくれる。それは記憶を失っても、今も昔もずっと変わらず同じなんだ。


 ......あぁ、そっか。そうなんだ。やっと思い出した。





 --私って亮ちゃんのこういうところが好きだったんだ。

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