第87話 無自覚ハートブレイク

-side 田島亮-


「......暇だな」


 リビングでの将棋対決(vs親父)が終了して暇になった俺は、特にリビングに居座り続ける理由も無かったので自分の部屋に戻ってきていた。


 だが自分の部屋に戻ってきたからといって、特に何かやることがあるというわけでもない。結果、今の俺はベッドの上で寝転がり、いつものように1人で暇を持て余しているというわけだ。


 ...しかし隣の部屋はいつも通りというわけではないらしい。


『えー! さすがにそれは無理だよ! 緊張しちゃうって!』


『いやいや心配無いって! ユズ姉ならきっと大丈夫だよ!!』


 そう、さっきからこんな感じで隣の部屋から友恵とユズ姉の女子トークがちょいちょい聞こえてくるのである。俺の部屋と友恵の部屋の間の壁はそこそこ厚いから会話が丸聞こえというわけではないのだが、会話の断片的な部分はちょくちょく聞こえてしまうのだ。


 だから、まあ、その、なんだ。年頃の男子としてはやや落ち着かない状況ではあるよね。


 ていうか...いや、気のせいなのかもしんねぇけど...さっきから2人の声が大きくなってる気がするんだよな...

 

『ほら行ってきなよユズ姉! 兄貴もさっき部屋に戻ってきたみたいだし!』


 ......は? え、友恵さん? 今兄貴って言った? え、なに? 行ってきなよってどういうこと...?


『う、うん分かったよ友恵ちゃん! こういうことは早めに言った方が言いよね! じゃあ私今から行ってくるよ!』


 え、ユズ姉? 行ってくるよってどういうこと? え、ちょっと待って。この会話の流れだとまるでユズ姉が今から俺の部屋に来るみたいな......


「はっはっは、いやいやいやいや、まさかそんなわけ...」


 などと、焦り始めた時だった。





「り、亮ちゃん! ご、ご、ご、ご機嫌よう! げ、元気かな!? わ、私はとっても元気だよ!!」


 突然俺の部屋の扉が『バタン!』と開き、なんかよく分からんけどテンパってるユズ姉が現れた。


「え、えっと...ユズ姉? 突然どうしたの? 俺に何か用があるのかな...?」


「そ、そうなの! わ、わ、私は亮ちゃんに用があるのですわよ!!」


「......あー、うん。ユズ姉、久々の再会でテンパってるのかもしれないけど一旦落ち着こうか。なんか語尾がすごいことになってるし」


 なんかユズ姉の顔がメッチャ引き攣ってる。やはり何も覚えていない俺と話すのは緊張するのだろうか。それとも今の俺の話し方が昔と違ってて戸惑ってたりしているのだろうか。


 うーん、イマイチ距離感の掴み方が分からんな...


「そ、そうよね! 亮ちゃんの言う通り一旦落ち着くべきよね! じゃあとりあえず深呼吸してみるね! スゥー......ハァー......よし、落ち着いた!」


「じ、じゃあえっと...俺に用って言うのは...?」


「あ、明日! 明日私と一緒に出かけない!?」


「......え!? 明日!?」


「い、いや! えっと! なんていうか! 亮ちゃんが昔のことを覚えてないっていうのは分かってるんだけど! だからこそ一緒に出掛けてゆっくり歩きながら昔のことを教えてあげたいっていうか! え、えっと...なんかそんな感じなの!」


 なるほど。つまりユズ姉は俺と親睦を深めようとしてくれているということか。いきなり『一緒に出掛けよう』なんて言われて少し驚いたが、よく考えてみればこれは俺にとってもありがたい申し出かもしれないな。せっかく会えたんだしどうせならユズ姉との仲はできるだけ深めておきたい。この申し出を断る理由は特に無いだろう。


 というわけで俺は素直にユズ姉のお誘いを受けることにした。


「うん、分かったよ、ユズ姉。明日は暇だから一緒に出かけられると思う」


「ほ、ほんとにいいの!? 誘った私が言うのもアレだけど私たちって今日会ったばかりじゃん!? だからその...簡単に了承しちゃっても大丈夫...?」


「ま、まあ...確かに俺は昔のことを覚えてないし、ぶっちゃけ今もどんな感じでユズ姉に接すればいいのかなって悩んでるところだけど...でも俺に歩み寄ろうとしてくれてる従姉の厚意を無碍ににする理由なんて無いよ。誘ってくれて嬉しいよ。ありがとう、ユズ姉」


「! そ、そうなんだ...! わ、分かった! じゃあ明日の朝9時に家を出発って感じで良いかな...?」


「明日の朝9時ね。うん、分かった。寝坊しないように気を付けとくよ」


「そ、それと...どこに出掛けるのかは明日になってからのお楽しみって感じにしたいんだけど...それでもいいかな?」


「あ、全然良いよ。そういうのも面白いと思う」


「え、えっと...じゃあ用件はこれだけだから! バイバイ亮ちゃん! また夜ご飯の時に会おうね!」


 するとユズ姉は扉を『バタン!』と閉めて俺の部屋から出て行ってしまった。


「なんか...ユズ姉って意外と慌てん坊なんだな...」


 突然俺の部屋に現れ、いきなり『一緒に出かけないか』と告げられ、その用件が終わったら即座に部屋を退出。なんかユズ姉は最初に俺が思っていたよりも慌ただしい人だった。『ユズハ様』なんて言われているからもっとお姉さんっぽい感じの人だと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。


 ...ってあれ? ちょっと待てよ? さっきは深く考えずに勢いで『一緒に出掛けよう』なんて言ってしまったけど...つまり明日俺は女の子と2人きりで出掛けることになったんだよな...? 


 え!? じゃあ、もしかしてこれってデートってことになるのか!?


「い、いや、落ち着け俺...相手は親戚の子なんだ...ユズ姉は俺のことを男として意識してるはずなんてない...」


 昔はよく一緒に遊んでたらしいし今回の外出もそれの延長に過ぎない...はずだ。いくらユズ姉が美人な有名人だからといって俺が変に意識しちゃいけない。


 そう! これはあくまで仲の良い姉弟での外出のようなものなんだ! だから俺は別に緊張なんてしてないぞ! 


 き、緊張なんてしてないぞ...




-side 東雲柚子葉-


「ぜ、全然眠れない...!」


 デート前夜。夕食とお風呂を済ませた私は田島家のリビングの端に布団を敷いて横になっているものの、目が冴えてて全く寝られる気がしない。明日のことを考えるとそれだけでドキドキとかワクワクで胸がいっぱいになってしまう。


「亮ちゃん...やっぱカッコ良くなってたな...」


 もっとお姉さんっぽい感じでクールにデートに誘おうとしてたのに...亮ちゃんの顔を見たらそれだけで緊張しちゃって終始慌てた感じになっちゃったな...どうしよう...絶対変だと思われたよね...


 夜ご飯食べてる時も全然目を合わせてくれなかったし...やっぱり急にデートに誘うなんておかしかったのかな?


 あー、もう! なんで今さら弱気になってんのよ私! こんな調子じゃ未練を断ち切ることなんてできるわけないじゃない! 


 そう! 亮ちゃんは確かに初恋の相手だけど従弟なんだから! 明日のデートは年上の私がリードするくらいの気合いでいかなくちゃダメよ! 弱気になってる暇なんてないわ!!


 ...などと自分に言い聞かせつつも、私は結局緊張でほとんど眠れないままデート当日の朝を迎えることとなった。



-side 田島亮-


 現在時刻は朝の9時。天気は快晴。空には曇1つ無く、クソ暑いということ以外は何の文句もない良い天気だ。


 だが現在、田島家の玄関前に並んで立っている俺とユズ姉の間にはどこか微妙な空気が流れ始めていた。


「あ、あのー、ユズ姉? なんか顔色が悪いように見えるんだけど...昨日何かあった?」


 今俺の隣に居るユズ姉は少し元気が無いように見える。なんか目の下にクマがあるように見えるし、昨日よりもちょっと表情が暗くなってるような気がするのだ。


「いや、その...なんかちょっと寝不足っぽくてね...どうも私って枕が変わると眠れないみたいで...」


「あー、なるほどね...それはちょっと共感できるかも...」


「そう言う亮ちゃんもちょっと元気が無いように見える気がするんだけど...大丈夫? どこか具合悪かったりしない?」


「え!? お、俺は全然大丈夫だよ! 昨日もバッチリ眠れたし!」


 あー、はい。これは完全に嘘っすね。昨日は全然眠れなかったっすね。ネットで『東雲柚子葉 桜沢高校』で検索かけたりしちゃったもんね。そしたらなんか思った以上にネットでも『ユズハ様信者』が居るみたいでビビっちゃったもんね。なんかW◯kipediaにも名前が載ってたし。しかもユズ姉はモデルとして雑誌にも載ったことがあるらしいんだよね。はは、なんかユズ姉って俺の想像以上に有名人だったっぽい。


 それでさ、俺思ったんだよね。


 --あ。これってユズ姉と2人で居るところを信者に見られたらヤバイやつなんじゃないかな、って。


 だから、まあ...今俺は必要以上に変な緊張をしているわけですよ。


「ねぇ、亮ちゃん本当に大丈夫? なんか変な汗が出てるように見えるんだけど...」


「あ、あはは...全然平気だよ...」


「そうなの? でもちょっと心配だからお熱が無いか確かめてみるね」


 そう言うとユズ姉は突然俺の目の前に移動してきた。


「...ユズ姉?」


「はい、じゃあちょっと失礼するね」


 するとユズ姉はいきなり右手で俺の額を触ってきた。


「え!? ちょ、え!? ユズ姉!? いきなりどうしたの!?」


 ユズ姉の冷んやりとした手の感触を額で直接感じ取り、思わずドキッとして気が動転してしまう俺。


「...うん、熱は無いみたいだね! 良かった良かった!」


 しかしユズ姉はそんな俺の様子を気にもせず、満足げな笑みを浮かべている。


「あ、あの...ユズ姉...そろそろ俺の額から手を離してくれると嬉しいかな...そ、その...さすがにちょっと恥ずかしいから...」


「あ! ご、ごめん亮ちゃん! つい昔のクセでおでこ触っちゃった! ごめんね! 今すぐ離れるね!」


 するとユズ姉は少し照れ臭そうにしながら慌てて俺の額に当てていた右手を離した。


「ほ、ほんとにごめんね! 亮ちゃん! あはは、おかしいよね...会うのは久しぶりのはずなのにまだ昔のクセが出ちゃうなんて...」


「い、いや、全然いいんだよユズ姉。ユズ姉が俺を心配してくれてただけっていうのは分かるからさ」


「ふふ、ありがとう亮ちゃん! 亮ちゃんは相変わらず優しいままなんだね! お姉ちゃん嬉しい!」


 ユズ姉はそう言いながら今度は俺の右手を両手で優しく包み込んできた。


「え!? ちょ、ユズ姉!?」


「あ! ご、ごめん! これもついつい昔のクセで...」


「は、はは...全然良いんだよユズ姉...ちょっとビックリしたけど昔のクセなら仕方ないよね...」


 こ、これは...思っていたよりもボディータッチが多いな...いや、ユズ姉も意図的にやってるわけじゃないんだろうけど...ていうか手めっちゃ柔らかい...


 ...いや、マジでこれはアカンやつや。アリス先輩も結構スキンシップは多いけどユズ姉のはなんかそれと系統が違う。不意打ちでドキッとさせられるっていうか。アイドルと握手してる気分になるっていうか。なんかよく分からんけどめっちゃドキドキしてしまう。




 ......あれ? これ今日1日耐えられるのか?

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