第48話 変わっていく関係性

-side 田島亮-


 借り物競争の後は3年生によるフォークダンスと学年全員リレーが行われた。


 フォークダンスは3年生の男女がペアになり、曲に合わせて踊るという極めてシンプルなものであったが、来年は自分が後輩たちにひやかされながら女子と踊らなければならないと思うと少し憂鬱な気分になった。


 そして体育祭の最後の競技は3年生による学年全員リレーだった。予行演習の時は足が遅い人への罵声がちらほら聞こえていたが、本番ではそんなことは一切無く、むしろ足が遅い人にはたくさんの声援が送られていた。多分昼休みにアリス先輩がクラスメイトへの声かけを行ったおかげだろう。足が速い人も遅い人も皆楽しんでいるようだったので見ていてとても気持ちが良かった。


 そして先ほど閉会式が終わり、今年の天明高校体育祭は特に問題など起きることなく無事全プログラムを終了した。


 ちなみに今年優勝したのは俺たち青組だった。赤、青、白のうち、どこが優勝してもおかしくないほどの接戦であったが、1000m走と800m走で青組が勝って大量のポイントを獲得した分青組が一歩リードしたという形だ。簡単に言うと俺たちは翔と仁科のおかげで優勝したのである。うん、あいつらが同じ組にいるのってやっぱチートだわ。来年は翔と仁科を別の組にしないと文句が出そうだな。


 そして体育祭を終えた俺は昼休みに柏木先生に言われた通り、ゴミ拾いを手伝うために大会本部に召集された。まさに今柏木先生から生徒たちに向けて指示が出ているところである。


「では体育委員はテントの片付け、実行委員と田島は敷地内のゴミ拾いや清掃を頼む。作業が終わり次第帰宅してもらって構わない。皆疲れているとは思うがもう少し頑張ってくれ。頑張ればその分早く帰れるからな。じゃあ作業開始!」


 そして柏木先生の合図と同時に俺たちはそれぞれ持ち場へ向かい始めた。


 ちなみに俺は実行委員の人たちの中に知り合いがいないので1人で体育館周辺のゴミ拾いをすることにした。まあたまには1人で黙々と作業するのも良いだろう。実行委員の人たちは疲れてそうだし彼らの分まで頑張ろう。


 よし、さっさと帰りたいし早速持ち場に向かうとするか。


 そして俺は少しだけやる気を出しつつ体育館へと向かった。



-side 市村咲-


 教室で着替えを済ませ、いつも通り帰路に着こうとするとグラウンドの隅の方で何やら作業をしている男子生徒を見つけた。でも今私がいる玄関からは距離が遠くて彼の顔はよく見えない。誰なのかは分からないけど、もう日も落ち始めているというのにこんな時間まで何をしているんだろう。


 なんとなく作業をしている彼が気になった私は興味本位で彼がいるところへ近づいてみることにした。


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 グラウンドの隅にたどり着いた私は作業をしている生徒の正体を知って衝撃を受けた。なんと作業をしているのは亮だったのだ。


 彼は近づいてきた私のことに気づくことなく黙々とゴミ拾いをしている。亮の額には汗が光っており、普段私には見せないような真剣な表情で作業をしている。いつもとちょっと違う様子の亮の横顔に思わず見惚れてしまう。


「え? 咲、お前こんなところで何してるんだ...?」


 あ、顔ジロジロ見過ぎて亮に気づかれちゃった...


「ア、アンタこそこんな時間まで何してるのよ」


「見りゃ分かるだろ。ゴミ拾いだよ」


「でももう亮以外作業してる人いないよ? そろそろ帰ってもいいんじゃないの?」


「あー、実行委員の人たちには俺から先に帰るように言ったんだよ。競技に出て大会運営もしてた実行委員の人たちに比べれば俺なんて今日何もしてないのと同じだからさ、せめて後片付けくらいは他の人の分も含めて俺がやっときたいんだ」


 亮らしい考え方だわ。亮は別に競技をサボったわけじゃないから実行委員の人たちに負い目を感じる必要は無い。なのに亮は当然のように実行委員の人たちの分の作業もしている。


 亮って昔から自分に得が無くても他人のために頑張っちゃうのよね。しかも誰にも気づかれないような所で。なんで誰も頼らないのかな。私を頼ってくれてもいいのに。


「はぁ、仕方ない。私も手伝うわよ」


「いや、いいよ。1人でやるからお前は先に帰っとけ」


「いいから手伝わせなさい! アンタをこのまま放って帰るのもモヤモヤするの!」


 ...まあ本当は私が純粋に亮と一緒に帰りたいだけなんだけど。


「そ、そうか。そこまで言うなら手伝ってもらおう。では校舎の正面玄関付近の掃除を頼む。箒と塵取りは職員室で借りられるから」


「分かった。じゃあ作業終わったら正門で待ち合わせね」


「お、おう」


 よし! これで一緒に下校する約束は取り付けたわ! 


「じゃあまた後でね!」


「お、おう、また後でな」


 そして約束を取り付けてテンションが上がった私は軽やかな足取りで正面玄関に向かった。




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 掃除を終え、正門に向かうとそこには既に亮の姿があった。あれ、もしかして待たせちゃったかな?


「ごめん、思ったより掃除が長引いちゃった」


「いや、気にすんな。俺も今来たところだ」


 ふふ、なんかこのやり取りってデートの待ち合わせしてるみたいね。


「お前何ニヤニヤしてるんだ?」


 しまった。つい頬が緩んでしまった。


「べ、べつにニヤニヤしてないし! 結構暗くなってきたしとりあえず帰るわよ!」


「お、おう...」


 こうして私たちはようやく帰路に着くことになった。



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「...」


「...」


 ...おかしい。歩き始めて5分くらい経ってるのに全然会話が弾まない。どうしよう。いつもなら大体亮から話しかけてくれるからこういう時どうすればいいか全然分かんない。でも亮はさっきの後片付けで結構疲れてるみたいだからやっぱり私から話しかけるしかないのかな....


 そんな風に戸惑い始めた時だった。


「なあ咲」


 いつものように亮から話しかけてくれた。多分私の戸惑っている様子が伝わったんだろう。疲れている時まで気を遣ってくれなくてもいいのに。なんだか申し訳ない気分になるじゃない。


「今日は掃除手伝ってくれてありがとう。正直結構助かった」


「別にこれくらい良いわよ。私が出たのは100m走と団体種目くらいだったから全然疲れてないし」


「そういやお前100m走で3位になってたな。走るの苦手だったのによく頑張ったじゃないか。特訓でもしてたのか?」


「え? ええ、まあそんなところよ。特訓の成果が出たわ」


 はい、完全に嘘です。特訓なんて全然してません。亮の『青組、頑張ってください』っていう声を聞いたらなんかよく分からない力が出てて、気づいたら3位になってました。正直自分でも3位になれたことに驚いてます。


「へー、特訓してたのか。実はお前結構頑張ってたんだな」


「あはは、まあね...」


 でも本当のことなんて言えるわけないじゃない。だって本心を伝えるのってとても恥ずかしいんだもの。


「へぇ、咲が特訓ね...」


 そうだ、私は今まで亮に自分の本心を全然言えなかった。中学生の時にネットで『ツンデレ』に関する記事を見た時からずっと私は虚勢を張ってきた。


 最近は前と違って少しは素直になれているかもしれない。でもとっさに取り繕って思ってもいないことを亮に言ってしまう癖はまだ直らない。まだ小学生の時みたいに本心をさらけ出すことはできていない。


 ああ、やっと分かった。今まで亮が私の気持ちに気づかないのは彼の鈍感さが原因だと思ってた。でも本当はそうじゃなかったんだ。きっと鈍感な亮に対して自分の想いを必死に隠し続けている私が原因だったんだ。だから亮は全然私の気持ちに気づかないんだ。


 あはは、なんで今までこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。


「咲? どうした? 急に黙り込んで?」


 本当に簡単なことだ。自分の気持ちに気づいてほしいなら自分の気持ちを伝えるしかないじゃない。


「ごめんね、亮。ちょっと考え事しちゃった」


「そうだったのか。考え事の邪魔したみたいだな。すまん」


「いいのよ。別に大したこと考えてたわけじゃないから」


 今はまだ直接『好きだ』とは言えない。でも今の私でも亮に伝えられることはある。そしてそれは多分今までの私なら取り繕って言えずにいたことだ。


「ねえ亮、さっき私特訓してたって言ったわよね?」


「え? ああ、言ってたな」


「アレ全部嘘だから」


「...は? じゃあなんでお前3位になれたわけ?」


 今までの私なら言えずにいたこと。それは...


「私は亮が応援してくれたから頑張れたの。私が3位になれたのは亮のおかげなの。だからまあ、つまり何が言いたいかというと...亮の応援が私に力をくれたってこと!」


「...え? それってどういう...」


「か、勘違いしないでよね! 唯一の幼馴染が応援してくれて嬉しかっただけなんだから! べ、別に他の意味なんてないんだからね!」


 あぁぁぁ! なんでここで余計なこと言っちゃうのよ私ぃぃ!!


「そ、そうか...」


 うわ、『亮の応援のおかげ』って言っただけなのにめっちゃ恥ずかしくなってきた。もうダメ。このまま2人でいるとか無理!


「じ、じゃあ家見えてきたし私もう帰るね! バイバイ!」


「え!? 普通に一緒に帰れば良くね!? なんでお前だけ先に帰るの!?」


 そして私は亮の言葉に返答することなく猛ダッシュで自分の家に向かった。


 はぁ...思っていることを取り繕わずに言うのって結構勇気がいるのね...結局最後はいつもみたいに思ってもいないこと言っちゃったし...


 まぁ些細なことかもしれないけど今までなら言えなかったことを言えたって言うのは進歩かな。一応自分を変えることはできたわけだし。うん、私にしては上出来かもね。


 ...まあ鈍感なアイツは私の些細な変化になんて気づかないだろうけど。




-side 田島亮-


 家に帰り、夕飯と風呂を済ませた俺は今ベッドの上で咲と下校している時のことを思い出しながら色々考えている。


『か、勘違いしないでよね! 唯一の幼馴染が応援してくれて嬉しかっただけなんだから! べ、別に他の意味なんてないんだからね!』


 いやー、咲さん。このセリフはツンデレのテンプレじゃないですか。さすがに顔真っ赤の女の子からこんな事言われたら色々思うところはありますよ。まあこれが俺の勘違いだったらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけども。



「はぁ...いつまでも幼馴染ってわけにもいかないか...」



 その日の夜、俺は初めて市村咲のことを幼馴染としてではなく1人の女の子として見るようになった。

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