第47話 新聞部員と借り物競争

-side 田島亮-


 800m走は案の定仁科がダントツ1位という結果で終わった。これで午後の部5種目のうち2種目が終了し、今年の体育祭も残り3種目ということになった。


「いやー、意外と800m走ってきついわね。結構疲れちゃった」


「俺もそこそこ疲れたわ。なんでだろ。走ったのはたった1000mだけなのに」


 そして現在俺の横では先ほど競技を終えた天才ランナー達が談笑している。2人とも『疲れた』と言っているが全然疲れているようには見えない。お前らどんだけ体力あるんだよ。


「なあ亮、そういえば次の競技って何だっけ?」


「確か借り物競争だったはずだ」


「さすが元放送係だな。プログラムの把握は完璧だ」


「ねえ田島、借り物競争って今年追加された種目だよね? どんな競技だったっけ?」


「競技自体は単純だ。まずスタートしたらスタートラインから10m先に置いてあるカードを取る。そしてこのカードには『赤の手袋』とか『背が高い人』みたいな感じでお題が書かれてるからそのお題に合う物を会場にいる人から借りたり、お題に合う人を探してゴールまで連れて行く。ただそれだけの競技だ」


「へぇー、なるほどね。じゃあ私達のうち誰かが連れて行かれる可能性もあるわけだ」


「その可能性も無くはないな。まあそんな事滅多にないけど」


「ふふ、やっぱそうだよね」


 でもお題が『足が速い人』みたいな感じだったら仁科や翔が連れて行かれる可能性はあるな。こいつらさっきの競技で目立ちまくってたし。


 まあ俺が連れて行かれるということは無いだろうな。仁科や翔と違って俺には大した特徴無いし。逆に俺に合うお題を考える方が難しい気がするわ。


 しかし借り物競争自体は面白そうな競技だ。楽しんで観戦するとしよう。




ーー-----------------------



「ねえ田島、あの女の子たちこっちに向かって走って来てない?」


「確かにそうだな。なあ亮、あの子たちってお前の知り合いか?」


「い、一応知り合いかな...」


 借り物競争は順調に進み、現在は最終レースを迎えているわけだが、ここで思わぬ事態が発生した。なんと相川さんとリンさんが借り物競争の最終レースに出場しており、まさに今俺の方へ走ってきているのである。


 ヤバイ、コレ絶対俺が連れて行かれるパターンだろ。しかも2人同時ってどういうことだよ。


 ...いや、落ち着け俺。もしかしたら『足の速い人』というお題で仁科と翔を連れて行こうとしているだけかもしれないじゃないか。うん、まだ俺が連れて行かれると決まったわけじゃない。


 そしてついにリンさんと相川さんが俺たちの目の前までたどり着いた。 うん、なんか俺めっちゃ見られてるけど連れて行かれるのは多分翔と仁科だろう。


「オイ田島、なにボーッとしてるネ。一緒に来るアル」


「田島くん! ご同行お願いするのであります!」


 ...まあこうなるよね。


「よし! 捕まえたネ!」


「田島くん確保であります!」


 2人はそう言うといきなり俺の腕を拘束し始めた。


「え!? ちょっと2人とも! 別に腕組む必要は無くない!? 俺逃げたりしないけど!?」


「それじゃあ行くアル!」


「レッツゴーであります!」


 2人はそう言うといきなり腕を組んだ状態のまま走り始めた。


「ちょっと待って! 腕痛いからこの状態のまま走らないで! あと言い忘れてたけど実はとある事情があって俺全然走れないんだよ!」


「はぁ、しょうがないネ。じゃあこのまま歩いてゴールまで行くアル」


「わーい! 田島くんと一緒にグラウンドをお散歩でありますー!」


「これ借り物競争じゃなかったっけ!?」


 こうして俺はクラス中、というか会場中の注目を浴びながら2人の女の子と腕を組んでゴールまで歩くことになった。


 ちなみにこの時リンさんと相川さんの胸が当たっていた気がするが、会場中から注目されているという状況が辛過ぎて柔らかい感触を楽しむことなど到底できなかった。



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 結局リンさんと相川さんは同時に最下位でゴールした。まあ歩いてゴールに向かったのだから当たり前の結果である。


 そしてゴールした後、退場門にたどり着いた俺は先程の借り物競争のお題の内容が気になったので2人に尋ねてみることにした。

 

「ねえリンさん、相川さん、結局2人のお題って何だったの?」


「...秘密ネ」


「...内緒であります」


 え、なにその反応。余計気になるんだけど。


 ...よし、試しに物で釣ってみるか。


「お題の内容言ってくれたらウチにある漫画とかラノベ好きなだけ読んでいいよ」


「「...!」」


 はっはっは、効いてる効いてる。まあ2人ともオタクだからな。これは殺し文句だろう。


「...ワタシのお題は『かっこいい人』だったネ」


「...ワタクシのお題は『優しい人』だったのであります」


 ふっふっふ、やはり釣れたか。


 ...ってえ? お題の内容が思ってたのと違うんだけど。


「べ、別にワタシは田島のことなんて全然かっこいいと思ってないアル! まともに話した事がある男子がオマエ以外に居なかったから仕方なくゴールまで連れて行っただけアル!」


 あー、なるほどね。まあそれなら納得かな。


「あー! 恥ずかしいから言いたくなかったのにー! もう田島くん! 本で釣るのはズルいのであります!」


「はは、ごめんごめん。でも俺相川さんに優しいって言ってもらえるようなことしたっけ?」


「いや、ワタクシのような変人と友達になってくれた時点で田島くんは十分優しいのであります」

 

「あ、そういうこと...」


 この子普段テンション高い割に意外と卑屈なんだな...ていうか自分で自分のこと変人って言っちゃうのな...


「じゃあそろそろテントに戻ろうか。もうすぐ次の競技が始まるし」


「分かったアル」


「ワタクシとリンは白組なので青組の田島くんとは逆方向にテントがあるのであります。ですので田島くんとはここでお別れですね。また会えるのを楽しみにしているのであります!」


「はは、相川さん大げさだよ。同じ学校に通ってるんだからまたすぐ会えるって」


「あはは、確かにそうでありますね」


「じゃあ、相川さん、リンさん、またね」


「さようならであります!」


 そして俺は2人に背を向け、歩き始めた。


「た、田島!」


 しかし歩き始めるとすぐにリンさんに呼び止められた。


「今度絶対オマエの家の漫画やラノベ読み漁るから覚悟しとけアル!!」


 俺が振り向くとリンさんは大声でそう言った。はは、どうやら2人を釣った時の俺の発言は冗談では済まされないらしい。


「分かった分かった! 好きなだけ読ませてあげるよ!」


「よし、約束ネ! もしお前が約束忘れたら針1万本飲ませるアル!」


 鬼畜過ぎるだろ。飲ませる針はせめて千本にしてくれ。


「じゃあバイバイアル!」


 そう言うとリンさんは満足した様子で相川さんと一緒に自分のクラスのテントへ戻っていった。


「しかし本当に変わった子たちだな...」


 直接彼女たちと話すのは久しぶりだったが、2人とも相変わらず強烈だった。少し話しただけなのに結構疲れてる。


 しかし疲れはしたが、あの2人と居るのは結構楽しかった。2人とも言動が予測不能だから見てて楽しい。翔たちと過ごす時とはまた違った面白さがある。


 つーか俺の周囲の人達の個性強すぎないか。新聞部の2人はもちろんのこと、翔や仁科といった天才ランナー達、金髪ハーフのアリス先輩、RBIの面々は普通という言葉からかけ離れている。それに咲も普通の性格とは言い難い。さらに隠れ美人の岬さんも居るときた。なんだよ、個性のオンパレードじゃねえか。俺の存在感霞んじゃうよ。


 そして俺は無個性な自分が周囲に埋没することを恐れつつ自分のクラスのテントへと歩き始めたのであった。

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