第34話 燃え上がる想い
-side 仁科唯-
部活の休憩中、タオルを教室に忘れたことに気づいた私は2年3組へ取りに行くことにしたんだけど...
「ねえ、君たち。今してた仁科の話もう少し詳しく聞かせてくれない?」
教室に着いて扉を開けようとすると、中から話し声が聞こえてきた。
ん? ていうかこれって田島の声よね? え、私の話ってなんのことだろ...?
中の様子が気になった私は扉を少しだけ開け、廊下から教室を覗いてみる。
えーっと、教室の隅に田島と女子生徒3人がいるみたいだけど...一体なんの話をしているんだろ...
「え? 田島くんなんで急にウチらの話に混ざってきてるの?」
「いや、そんなことどうでもいいから君たちがさっきしてた仁科の話をさっさと聞かせてくれない?」
表情には出ていないけれど田島の語気には少し苛立ちが表れている。本当に何が起きているんだろう。
「なんでそんなことしなきゃいけないの? 田島くんには関係ない話だよね?」
「はぁ...ごちゃごちゃ言わずにさっさと話してくんない? 俺今時間ねぇんだよ」
田島はそう言うと今まで見たこともないような冷たい表情で女子生徒たちを睨んだ。
「ひっ! わ、わかったわよ...仁科さんは人気者であることを鼻にかけてそうって話をしてたの」
酷いこと言う子もいるのね...人気者キャラを作るのも結構辛いんだけどなぁ...
「へぇ...まあ俺はそうは思わないけどね」
田島...
「あと君たちもう1個仁科について何か言ってたよね? それについても聞かせてくれる?」
「え、えーっと...大した努力もしてなさそうなのに才能があるだけでなんでもこなせててずるいって話をしてたわ...」
...なんでそんなこと言われなきゃいけないんだろう。私は何事も真面目に頑張ってるつもりなんだけどな...
「それって君たちの想像に過ぎないよね? 妄想して勝手に嫉妬してただけだよね?」
「そ、それは...」
「まあ実際あいつは人気者だし陸上の才能もある。嫉妬する気持ちも分からなくはない」
「だ、だよね!」
「でもな、仁科のことをよく知りもしないであいつの悪口を言うのはやめてくれ。あいつが君たちに直接何かをしたとかなら話は別だけど」
「うっ...」
田島...もしかして私のために怒ってくれてるの?
「俺は仁科が部活頑張ってるのを毎日空き教室から見てるんだよ。だからあいつの努力を何の根拠もなしに否定されると俺も辛くなる」
「...」
え...? 田島が毎日私のことを見ててくれた...? ほんとに...?
「まあつまり何が言いたいかっていうと...」
そして彼は真剣な表情のまま最後の言葉を放つ。
「頑張ってる仁科の事を悪く言う奴は誰であろうと俺が絶対許さねぇから」
そう言い切った田島の表情はいつも隣の席から見ている横顔よりも何倍も凛々しく見えた。
--そしてアイツの言葉を聞いた瞬間、自分の心が変わっていくのを強く自覚する。
最初は友達だと思ってた。アイツとはいい友達として3年間笑いあって過ごせればそれでいいと思っていただけだった。
--でも今はそうじゃない。
だってただでさえ最近は田島のことを意識するようになってたのにアイツの口からあんなこと聞かされたら心が揺れ動くに決まってるじゃない。
さっきから胸の鼓動がうるさくて仕方ないのよ。顔がどんどん火照っていくのが自分でも分かるの。
...もうダメだ。アイツの横顔から目が離せない。私のために怒ってくれたアイツの胸に今すぐ飛び込んで甘えてしまいたい。その腕で私を抱きしめてほしい。
...ああ、そうか。
--私って田島のことが好きなんだ。
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翌日、登校して教室に入るとクラス中が笑いに包まれていた。一体何が起きているんだろう。
「アハハハハ! 亮が女子に土下座してる! 訳わかんねえ! マジウケるんですけど!」
私がクラスの様子を見て唖然としていると教室の隅から新島の大きな笑い声が聞こえてきた。
...ん? 田島が女子に土下座?
「昨日は本当にすいませんでしたぁぁぁぁ!!!」
「ちょっと田島くん! 私たちはもう田島くんのこと許してるから! それに私たちも悪かったと思って反省してるの! お願いだから顔上げて!」
教室後方を見ると確かに田島が女子に土下座をしていた。
...って田島が謝ってる相手って昨日教室にいた女子たちじゃない。なるほど、そういうこと。
「いや、まだ俺は顔を上げることはできない! 女子の会話に割り込むだけに飽き足らず一方的に感情をぶつけるなんて最低な行為だ! だから俺は頭を踏みつけられるくらいの覚悟はできてる! いや、むしろ踏みつけて下さい! お願いします!」
「アハハハハ! 腹いてぇ! お前昨日そいつらに一体何したんだよ! アハハハハ!」
「田島くん! 頼むから早く顔を上げて! 教室中の注目が集まってて恥ずかしいから! お願いだから早く顔を上げてぇぇぇ!!」
...そういえば私が惚れた男ってこんな奴だったわね。昨日の啖呵がかっこよすぎて完全に忘れてたわ...
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-side 田島亮-
今日は仁科の様子がおかしい。いつもなら休み時間になる度に俺に話しかけてくるのだが、もう昼休みになっているというのに今日は一度も話しかけてこない。一体どうしたんだろうか。
「なあ仁科」
「な、なによ」
「あの...なんでこっち向いて喋ってくれないんですか...」
「べ、べつに私が田島の方に顔を向けなくても話すことはできるじゃない」
「いや、まあそれはそうなんだが...」
今日の仁科はずっとこんな調子だ。一回も俺の方を向いて喋ってくれていない。ずっと俺が仁科の横顔に語りかけている状態だ。
「おやおや亮くんに仁科さん、どうしたんだい? 夫婦喧嘩かい?」
「...」
「...仁科が何も言い返してこないだと!? いつもなら『うるさい新島!』って言うところだろ!? お前ら本当に何があったんだ!?」
「いや、それが原因が俺には分からなくてな...」
「なあ仁科、お前本当にどうしたんだ? 悩みがあるなら俺と亮で相談に乗るぞ?」
「悩みはある...でもアンタたちには絶対相談できない...」
「あー、なんとなく事情が読めてきたわ」
「翔、お前すごいな...なんで今ので事情が分かるんだよ...」
「はは、まあな。おい、仁科。今日部活終わった後顔貸せ。話がある」
「き、急に何よ」
「そんなに警戒するなよ。大した話じゃないから。5分程度で終わる話だ」
「まあ、5分くらいならいいけど...」
「なあ翔、俺もその話聞きに行っていいか?」
「いや、お前は絶対に来るな」
「えぇ...なんで...」
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-side 仁科唯-
昼休みに新島に言われた通り、部活後に2人で話をすることになった。部活を終えた私たちは今中庭のベンチに2人で腰掛けている。
「で、話って何よ」
「では単刀直入に言わせてもらおう。仁科、今お前は亮とどう関わればいいか分からなくなってるんだろ?」
「え!?」
いや、まあその通りなんだけど...なんでこいつがそんなこと分かるのよ...
「なんでそう思ったのよ」
「いや、今日のお前の様子見てたらなんとなく分かるわ。なんだかんだでお前とは長い付き合いだからな」
「な、なるほど...」
新島って勉強はできないくせに妙に鋭いところがあるのよね...
「でもお前が亮のことで悩んでるという確信を得られたのは『悩みはあるけどアンタたちには相談できない』というお前の発言のおかげだ」
「なんでそれだけで私が田島とのことについて悩んでるって分かるのよ」
「いや、俺らに相談できないってことはさ、つまりお前の悩みっていうのが俺か亮に関わることなんじゃないかと思ったんだよ。そして今日お前は亮に対する態度が明らかにいつもと違った。ここまで条件が揃えばお前が亮とのことについて悩んでることなんて簡単に予測できる」
「アンタ変なところで頭回るのね...その能力をもう少し勉強に活かしたらどうなのよ...」
「はっ、うるせえよ。で、結局お前はなんで亮とのことについて悩んでるの?」
「そ、それは...」
悩んでいる理由自体はハッキリしている。昨日の出来事がきっかけで自分の恋心に気づいてしまったことだ。今日は照れくさ過ぎてアイツの顔を直視できなかったわ...
でもこの事を新島に言うのは少し抵抗があるな...
「はぁ...もう面倒だからお前の悩みの原因を俺がズバリ言い当ててやろう」
「え...?」
「なあ仁科、お前亮のことが好きになっちまったんだろ?」
...はぁ!? なんでアンタがそんなことまで分かるのよ!?
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