第9話 我が向かうは博物館

-side 田島亮-


 登校初日の朝から、全く落ち着く暇がない。


登校

先生とイチャイチャ

皆の前で号泣、黒歴史誕生

隣の席の巨乳美少女と会話、放課後に駅伝部に顔を出すことに


 ......あのー、まだ1限目なんですけど。イベント多すぎませんかね。一回心を落ち着かせる時間が欲しいんですけど。


 しかしそんな俺の願いは届かず。それどころか、たった今イベントが増えた模様。


 ーーそう。現在、俺は岬さんから『ウチ来る?』というお誘いを受けているのである。


「ご、ごめん、田島くん......やっぱ急に家に誘うなんておかしいよね......」


「い、いや! ちょっとビックリはしたけど、全然おかしくなんてないよ! むしろ誘ってもらえて嬉しいくらいさ!」


 確かに想定外の展開ではあるが、このお誘いは岬さんとの距離を縮めるチャンスだ。これを逃す手はないだろう。


「良かった......じ、じゃあ19:00に裏門で待ち合わせでいいかな? 田島くんの補習が終わるのって、大体18:30くらいだよね......?」


「うん、分かった。19:00に裏門で......って、え? なんで岬さんが俺の補習のことを知ってるの......?」


「え、えっと、パパが教えてくれたの......私のパパ、この学校の理事長だから」


「ああ、なるほどね......って、はい? り、理事長!?」


 なんと、俺は気づかぬうちに理事長の娘を事故から救った模様。まさに衝撃の事実である。


「あ、それと岬さん、そのお誘いの返事は一旦家に連絡してからでいいかな? 一応、母さんから了承をもらっときたいから」


「あ、それは心配しなくていいよ。さっき、パパが田島くんのお母さんに連絡して確認をとったらしいから...」


「あ、そうなの?」


 つーか、うちの母さんはいつの間に理事長と連絡先を交換してたんだよ。ちょっとコミュ力が高過ぎやしないか。


 と、そんな風に母さんのコミュ力に関心していると1限目の終了を告げるチャイムが鳴った。


「あー、じゃあ、とりあえず俺は19:00に裏門に行けばいいかな?」


「う、うん、そうしてもらえると助かるかな。じ、じゃあ私はこの辺で失礼するね。ま、また後で!」


 すると岬さんは教室中央にある自分の席へと戻っていった。


「ふぅ......やっと落ち着けるな......」


 よし。色んな出会いの連続で慌ただしかったが、ようやく1人で落ち着く時間ができた。まあ1限が始まるまではあと10分くらいしかないが、軽く仮眠をとるとするか。


 と、考えつつ俺は机に突っ伏そうとしたのだが、今度は後ろの席の男子生徒から声を掛けられた。


「なぁ亮、お前が仁科以外の女子と話すなんて珍しいんじゃね? なんだ? ついにモテ期が来たか?」


「そんなんじゃねえよ。あと、お前の名前教えろ」


「な、なんて雑な名前の聞き方なんだ......まあ、それはいいや。俺の名前は新島翔だ。入院中に結構メッセージでやりとりしてただろ?」


「あー、お前が翔ね」


 新島翔。入院中に一番SNSでやりとりをしていた友人だ。コイツは俺と同じく駅伝の特待生として天明高校に入学したらしい。翔も俺と同様に勉強が出来ないらしく、以前はバカ仲間としてよくつるんでいたそうだ。おそらく翔は俺の記憶喪失前に1番親しくしていた友人である。ちなみに野郎共と抱き合って号泣していた時、最初に俺の元へ飛び込んできたのはコイツだ。


 え、つーか、窓側の前の方の席に駅伝部固めすぎじゃね? 隣も駅伝部の仁科だし。


 まあ、多分アレだな。この席配置は駅伝部副顧問の柏木ちゃんの意図が大きく関わっているんだろうな。確証はないが、俺たち特待生はそこそこの問題児だったのだろう。



「なあ亮。俺は今になってHRの時に泣きまくったの恥ずかしくなってきたんだが、お前はどうだ?」


「......それ以上その話をしたら殺す」


「なるほど、死ぬほど恥ずかしいんだな」


「やかましいわ。つーか、俺らが恥をかいた原因の大部分がお前じゃねぇか。まったく。いきなり飛びついてくるなよ」


「えー、別にいいじゃねえかよ。減るもんじゃないし」


「いや、俺のSAN値がすり減ったんだよ!」


「......ほう、相変わらずなかなかいいツッコミだな」


「フン、そりゃどうも」


 そして、そんな風に翔と特に中身の無い会話をしていると、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「よし、じゃあ亮。とりあえずこれからもよろしくな」


「......おう、よろしく」

 

 俺達は改めて挨拶を交わし、2限目に臨んだのであった。


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 2限目以降は特にイベントも起きることもなく、気づけば放課後。部活生の掛け声や、下校中の生徒の賑やかな談笑が響き始める時間帯である。


 しかし、授業が終わっても俺はまだ帰ることができない。そう。学力不足の田島くんは、これから空き教室で補習を受けなければならないのである。


 いやー、マジでメンドいな。


「失礼しまーす」


 若干の憂鬱気分を感じつつ、俺は雑に挨拶をしながら空き教室の扉をノックして中に入る。


 するとそこには今朝会った美人教師、すなわち柏木先生がいた。


「お、やっと来たか。では早速補習を始めるぞ。さぁ、席につきなさい」


「了解であります」


 先生へ返事をしつつ教室を見回してみると、室内の真ん中に一つだけポツンとおいてある机が俺の目に入った。まあ、おそらくそこが俺の席なのだろう。


 さて。あまり乗り気にはなれないけど、席に着くとしますかね。


「よっこらせっと」


「......よし、席に着いたな。では早速補習を始めるとしよう! よーし! 今日からは、私がミッチリマンツーマンでお前に指導してやるからな!」


「......え? マウストゥーマウスで指導?」


「違う! マンツーマンで指導だ! お前! わざと間違えただろ!!」


「あはは、いやいや、田島ジョークですよ、先生。さぁ茶番はここまでです。早く始めるとしましょう」


「いや、その茶番を始めたのはお前だったような気がするんだが......まぁいい。早速始めるとしよう」


 って、アレ? ちょっと待って? え、なんなの、この状況? もしかしなくてもコレって柏木先生と空き教室で二人きりってことだよね? ウヘヘ、もしかして補習ってご褒美なのでは?


「おい、田島。何をニヤニヤしている。今日の補習は古典だぞ。授業内容は54ページからだ。さっさと教科書を開け」


「あ、すみません。その前に一つ質問をしてもいいですか?」


「質問? まあいい。とりあえず言ってみろ」


「あのー、補習って毎日奈々ちゃん先生が来てくれるんですか?」


「いやいや、そんなわけがないだろ。私は国語担当だからな。お前に他の科目は教えられないんだよ。それに私だってそこそこ忙しい。あと、その『奈々ちゃん先生』って呼び方はやめなさい」

 

 ちっ、やっぱ世の中そんなに甘くねえか。でもまあ、よく考えると、放課後に各科目担当の先生達が俺だけのために時間割いてくれてる、っていうのは結構ありがたいことなのかもしれないな。


「えー、コホン。では補習を始める。田島、さっそくだが現代語訳の問題だ。『昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし』ここを訳してみろ」


「え、えーっと......『昼になってヌルヌルになった指を火桶に近づけると指が白い灰になっちゃった。ワロス』」


「いや、どんな状況だよ! 笑い事じゃ無いだろ!!」


「あはは、先生って中々良いツッコミしますね」


「はぁ......もうっ。ちゃんと真面目にやりなさい」


 あー、うん。なんか案外補習も楽しめそうだな。まあ、柏木先生が担当の時だけなんだろうけど。

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「ふぅ......補習は意外と楽だったな」


 先ほどまでの先生との補習イチャイチャを反芻しつつ、玄関で靴を履き替える。まあ、つってもすぐに帰るわけじゃないんだけどな。アレだ。今から駅伝部に顔を出さなきゃいけないんだよ。仁科と約束しちまったしな。とりあえず今日は、駅伝部に残れないってことを部員全員の前で伝えなきゃいけねぇからな。


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 ......そしてなんやかんやあったものの、駅伝部訪問が終了。なんかよく分からんけどメチャメチャボロ泣きしてしまった。


 いや、なんか部を辞めるって伝えたら同級生の部員が俺のために泣いていてくれたんだよ。しかも、上級生を含む駅伝部員全員が一人ずつ俺に別れの挨拶をしてくれてな。


 俺は駅伝部にいた時の記憶はないし、皆のことを覚えているわけでもないんだぜ? なのに皆、俺との別れを悲しんでくれてさ。なんかその光景を見たら涙腺が破壊されちゃったわけよ。


 それで、まあ別れの挨拶を済ませた後は、俺含め全員が試合用のユニフォームに着替えて集合写真を撮ったわけ。しかも後日、現像した写真を俺に直接渡してくれるらしい。記憶喪失になってからは、初めて俺の手元に残る思い出の記録になるな。正直、集合写真を撮ってくれたのはメチャクチャ嬉しかった。


 と、まあそんな具合に感動的な駅伝部員との再会を済ませた俺は、現在岬さんとの待ち合わせ場所である裏門に向かっているところである。


「や、やべぇ......もう約束の時間過ぎてるじゃん......駅伝部に長居し過ぎてしまったな......」


 岬さんへの申し訳なさを感じつつ、俺は超高速早歩きで裏門へと急ぐ。


 チクショウ、怪我の影響とはいえ、走れないのってやっぱり不便だな。



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 その後、2分ほど早歩きしていると、岬さんが待ち構えている裏門が見えてきた。


「はぁ......はぁ......遅れてごめん、岬さん...結構待たせちゃったよね...」


「い、いや! 全然大丈夫だよ! と、とりあえず出発しよっか!」


 心なしか、今の岬さんは朝に話した時よりもハキハキとした口調になっているように思える。もしかしたら人目が無かったら普通に話せるのだろうか。うーん、教室では皆の目があるから話しづらかったってことかな? 


 まあ、いい。とりあえず出発するとしよう。


「あ、そういえばさ。岬さんの家ってどの辺にあるの?」

 

「え、えっーと......ほら、あれだよ」


 岬さんはそう言うと、裏門の真正面にある博物館のような大きな建物に向けて指をさした。


「......え? アレって岬さんの家なの? ていうか、そもそもアレって人が住む家なの?」


 いや、どう見ても博物館か美術館にしか見えないんだけど。敷地がクソ広いんだけど。


「そ、そうなの。あれが私の家なの」


「お、おう、マジっすか......」


 いや、まあ、お父さんが学園の理事長だから、金持ちなのかなーとはなんとなく思ってたけど......でも、まさかこんな漫画に出てくるような家に住んでるとは思ってなかったわ......


 え、なんか女の子の家に行くってだけでも緊張するのに、家のスケールを見たらさらに緊張が増してきたんだけど。

 

「た、田島くん、大丈夫? なんか顔色が悪いように見えるんだけど...?」


「は、はは! ぜ、全然大丈夫だよ! じ、じゃあ早速出発しようか!」


 無理をして気丈に振る舞ってみるものの、緊張で体が固まっていくのをしっかりと感じる俺。結局、俺は手足がガチガチの状態のままで目の前の豪邸に向けて足を踏み出すこととなった。

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