第10話 静かな彼女の熱い想い

-side 田島亮-


 結局俺は、緊張でガチガチのまま岬家に到着。


 そして岬家の中へと招かれた俺は『その光景』を見て、さらにその緊張を加速させることとなる。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 ......そう。岬家の広い玄関で俺たちを出迎えてくれたのは、なんと本職のメイドさんだったのである。


「うん、ただいま」


「あー、これはこれは。お待ちしておりました、田島様。私は岬家に仕えているメイドの大崎と申します。本日はごゆっくりどうぞ」


「あ、その、自分は田島亮と申します......え、えっと、お、おじゃまします......」


 いかん。本物のメイドさんを見るのなんて初めてなもんだから、緊張し過ぎて全然喋れねぇ。


 あと改めて思うけど、やっぱりこの家って超広いわ。いや、入口の扉を開けてすぐ目の前に大広間があるとかさ、普通に考えておかしいだろ。あと天井が超高いの。シャンデリアもめっちゃあるし。うーん、全部で値段どれくらいするんだろうな。考えただけでも恐ろしいわ。


 は、はは、こうやってすぐに値段のことを考えちゃう俺ってやっぱり庶民なんだろうな......


 ていうか、この家って靴を脱ぐ場所は無いのか? そういえば靴箱が見当たらないような気がする。


 うむ、分からないことがあったらすぐに聞いたほうがいいだろうな。


 というわけで『家には靴を脱いで入るもの』という固定観念を持つ一般ピーポーな俺は、岬さんに尋ねてみる。


「あのー、岬さん、靴ってどこで脱げばいいのかな?」


「あー、えっと、ね。この家は基本土足だよ」


「......アメリカンスタイルっすか」


 まさかの西洋様式。なんかもう、家に入るだけで色々なことに面食らって疲れてきた気がする。


 そしてその後、『2階の"ゲストルーム"で岬夫妻が待っている』という説明を大崎さんから受けた俺たちは、彼女の後ろに付いて、屋敷内の階段を上り始めたのであった。




-side 岬京香-


 2階のゲストルームに向かう道中。私はどうしても隣に居る田島くんのことが気になって気になって仕方がない。


 ウチに来てからというものの、なんだかずっと疲れているように見えるし、緊張しっぱなしのように見えるし......うーん、やっぱり、いきなりウチに呼ぶなんて迷惑だったのかな?


 と、少し不安になった私は、隣を歩いている田島くんに声を掛けてみることにする。


「え、えっと、その......田島くん? やっぱり今日ウチに呼んだのは迷惑だったかな? そういえば学校に来たのも久しぶりだったし......やっぱりちょっと疲れてたりするのかな?」


「あー、いや、全然そんなことはないよ。むしろ誘ってくれて嬉しいと思ってる。はは、企画してくれた岬さんのご両親に感謝だね」


「そ、それなら良かった。あ、安心したなぁ......」


 この時、彼の返答に対して申し訳なく思った私は、少し言葉を詰まらせてしまった。


 だって......私は一つ嘘をついているんだもん。


 田島くんを招待したのは私のパパとママってことにしているけど、それは嘘なの。本当は私がパパとママに田島くんをディナーに誘うことを提案したの。実際は、ただ私が田島くんをウチに呼びたかっただけ。


 だから、その嘘をまだ信じてくれている田島くんに対しては本当に申し訳ないと思う。


 でも......私から直接田島くんを誘うことなんてできるわけがないじゃない。だって、それってなんだかデートに誘ってるみたいになるし、とっても恥ずかしいし......だから、私が田島くんと仲良くなるためには、こういう回りくどいことをするしかないの。


 --だって私は学校で田島くんと仲良くなることはできないんだもん。


 昔から人目を避けるために前髪を目が隠れるまで伸ばして。大きな伊達眼鏡をかけて顔を隠してきて。そうやって幼少期から周囲の人達との距離を置き続けてきた私は、仲が良い友達なんて居なくて、いつも学校で一人。


 いや、まあ中学校の時に同じ弓道部だった田島くんの妹さんとだけは仲が良かったんだけど......あの子は例外よ。あの子はちょっとコミュニケーション能力が高すぎるの。だから私ともそこそこ仲が良いのよ。


 だから、ね。まあ、こんな私が田島くんと学校で仲良くなる、なんてできるわけがないでしょ?


 でも......それでも私は田島くんと仲良くなりたいと思うの。


 私を救ってくれたヒーローのことをもっと知りたいから。損得勘定無しで命をかけて人を助けてしまうような、そんな優しい彼となら、もしかしたら顔を隠さなくても話せるかもしれないから。そして、そんな彼には他にどんな一面があるのかを近くで見てみたいと思うから。



 ーーそう、私はただ田島亮くんと友達になりたいだけなの。



 誰かと友達になりたい、なんて思うことは今までほとんどなかった。でも......事故に遭って以来、私は田島くんのことを考えると胸が熱くなって苦しくなるの。


 だから、私は多少回りくどいことをしてでも、田島くんに近づきたいの。



-side 田島亮-


 大広間から3分ほど歩き、ゲストルームに到着。いよいよ理事長夫妻との対面である。なお、俺の緊張は現段階でMAXになっている模様。


「ご主人様、奥様。田島様が到着なさいました。失礼いたします」


 メイドの大崎さんが挨拶をして扉を開け、その後に続いて俺と岬さんも部屋に入る。


 そして室内を一瞥してみると、部屋は一般的な大きさだったものの、室内中央にはまるで高級レストランにでも置いているかのような長方形のテーブルがあった。机上には綺麗なテーブルクロスがきちんとかけられており、その光景はおよそ一般的であるとは言い難い。


「おお、田島くんよく来てくれたね。ささ、こちらに座ってくれ」


「いらっしゃい、田島くん。歓迎するわ」


 さらに室内を見回すと、テーブルに並んで座っている、上品な感じの紳士とマダムから声をかけられた。おそらく彼らが岬さんのご両親なのだろう。


 そして紳士に促された俺と岬さんは、空いている席に座り、テーブル越しに岬夫妻と向き合う形になった。


「ふふ、田島くん、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。あなたはお客様なんだから」


「は、はは、いやー、こんなに大きい家に来るのは初めてでして。どうしても緊張してしまいます」


「あらあら、田島くんって結構かわいいところもあるのね」


 正直に今の心境を告げると、優しく気遣いをしてくれたマダム。うむ、いい人だな。ウチのテキトーマザーに爪の垢を煎じて飲ませたいものである。


 と、岬母とウチの母の違いを感じていると、今度は紳士が席から立ち上がった。

 

「よし、では早速自己紹介をしようかな。えー、私の名前は岬真一郎。京香の父であり、私立天明高校の理事長を務めている」


 続いてマダムも席を立つ。

 

「私は岬京子。京香ちゃんのママでーす」


「ちょっとママ! もうちょっと真面目にやってよ!!」


「えー、いいじゃーん」


「よくなーい!」


 ......ほう。岬さんって家族といる時はこんなに明るく話すんだな。なんか教室にいる時と全然イメージが違うわ。なんかもったいないな。学校でもこんな風に話せばいいのに。


「あはは、お母様と京香さんは仲のいい親子なんですね」

 

「でしょでしょー?」


「ママったらもう......」


 そんな風に母娘の会話を微笑ましいなと思いながら眺めていると、今度は席に座り直した理事長が俺の方へと顔を向けてきた。


「田島くん、改めて娘を救ってくれたことにお礼を言いたい。本当にありがとう」


「私も京香ちゃんを助けてくれて本当に感謝してるわ。ありがとう。直接お礼を言うのが遅くなってごめんなさいね」


「いえいえ! 京香さんが無事で本当に良かったです。それに、入院中に面会を謝絶するように病院側に頼んだのは俺の方ですから。お礼を言うのが遅いなんてことは全然ありませんよ」


「おいおい、田島くん。君は自分の行いにもっと誇りを持っていいんだぞ? だが、まあ暗い話はこの辺にしておこうか。さあ、今日は思う存分食べてくれ。ウチのシェフが腕によりをかけて作った料理だ」


「分かりました。それではご厚意に甘えて今日は食事を楽しませていただきます」


 そして、社交辞令的な会話を終えた俺たちは、早速食事会を始めることとなった。



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 食事会中は店で食べれば何千円、何万円としそうな料理がどんどん運ばれてきており、どの料理の味も言い表せないほどに絶品だった。


 ......のだが、無料で食べるのをなんだか申し訳なく思った俺は結局腹一杯になるほどは食べられずに食事を終えた。



「えっと、じゃあ、そろそろ良い時間になってきたので、今日はこの辺で失礼します。今日は本当にありがとうございました。とてもおいしかったです」


「おー、それは良かった。満足していただけたみたいで何よりだよ。田島くん、今日はウチに来てくれて本当にありがとう。また来なさい。私たちはいつでも君を歓迎するよ」


「よし、じゃあ京香ちゃん、田島くんを門の前まで送ってあげて」


「え!? ああ、うん......わかったよ、ママ」


 こうして挨拶を済ませた俺は、岬さんと二人で門の前まで行くことになった。


 ......って、やっべ。あの場にいるだけで超緊張してたから、今日は岬さんとの距離をそんなに縮められなかったな......


 でも、まあ岬さんとは同じクラスだし、これから時間をかけて仲良くなっていければいいか。つーか、今日のところはひとまず家に帰ってゆっくりしたい。今日1日で新しい出会いが多すぎて流石に疲れたわ......




-side 岬京香-


 うぅ......結局田島くんとそんなに仲良くなれなかった......


 ていうか、ママが食事中に田島くんに話しかけ過ぎなのよ! 私が話しかける暇なんて全然無かったんだから!!


 そして......臆病な私は今こうして彼を門の前まで送っている間も話しかけることができていない。


 自分から話しかけた方がいいのは分かってる。でも今まで人を避けてきたせいで、私は今どうすればいいのかが全然分からないの......


「お、やっと門が見えてきたね」


「う、うん、そうだね...」


 ああ、どうしよう。田島くんがもう帰っちゃう。この機会を逃したら、もう二度と田島くんと話せないかもしれないのに。そうなったら田島くんと仲良くなることなんてできなくなるかもしれないのに。



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「じゃあ岬さん、俺はそろそろ帰るね。また明日学校で会おう」


 門に着くやいなや、彼はそう言ってこちらに背を向けて歩き出そうとした。


「あ、た、田島くん.....」


 必死に彼を呼び止めようとしても上手く声が出ない。私の声はすぐに虚空に消えて......彼の足を止めるきっかけにはなってくれない。


 このままだったら私は前に進めないのに。人の目を怖がる弱い自分のままで、顔を隠して殻に閉じこもる臆病な自分のままなのに。


 ああ、やっぱりそれは嫌だなぁ。変われるものなら、やっぱり今日をきっかけに変わりたいよ。『あの時』のトラウマに囚われたままなのはもう嫌なの。それに......



 --私の命を救ってくれたヒーローが目の前に居るのに何もできないのも絶対に嫌だ!! やっぱりこのままじゃダメなんだ!


「田島くん、待って!」


「うぇ!?」


 ようやく覚悟を決めた私は、帰ろうとしている彼の手を直接掴んで引き止めた。


「田島くん! ちょっとそのまま前を向いて待ってて!」


「え? え? 何!? 岬さん!? 急にどうしたの!?」


 そして私は、驚いている彼の手を掴んだまま眼鏡を外し、長い前髪を上げ、普段から持ち歩いている髪留め用のピンで留めた。


 眼鏡と前髪は私の中にある心の壁の象徴のようなものなんだもん。私はこれから彼と心の距離を近づけようとしてるんだから、心の壁は取り払わないと失礼よね。


「よし、田島くんこっちを向いて! 言いたいことがあるの!」


 そして私は初めて田島くんに顔を見せた。



-side 田島亮-


「田島くん! ちょっとそのまま前を向いて待ってて!」


「え? え? 何!? 岬さん!? 急にどうしたの!?」


 帰ろうとしたら、なんか背後から女の子の小さくて柔らかい手に触れられて、歩みを半強制的に止められた。


 ......そして現在、女の子にそれほど免疫の無い俺は『あぁ、なんか良い匂いがするなぁ』なんてことを思いながら、彼女の次の言葉を待っているところである。


「よし、田島くんこっちを向いて! 言いたいことがあるの!」

 

 ......ん? 言いたいこと? 何だろう。


 と思いつつ、俺は振り向いて岬さんの顔を見てみる。


 --瞬間。俺は先ほど手を掴まれた時とは比べものにならないほどの衝撃を受けた。


 そこには、美少女がいた。人形のような、くりくりと大きな目をした美しい少女。顔立ちは少し幼い印象を受けるものの、月明かりに照らされていることも相まって、今の彼女からは神々しさすら感じる。


 つーか、めちゃくちゃ美人だった。


 え? ていうか待って? 俺って今、こんなにかわいい子と暗い夜道で二人きりってことなんだよな? 


 いや、なにそれ。なんか急に緊張してきたんだけど。


 うーん、でもわざわざ前髪を上げてまで岬さんが俺に言いたいこととは何なのだろうか。


「で、その......岬さん? 言いたいことっていうのは何なのかな?」


「そ、それは......」


 手は震えさせ、顔も真っ赤にしながらも、真っ直ぐに俺のことを見つめている岬さん。そんな彼女には何か俺には推し量れないような、そんな大きな覚悟を持っているように見える。



「え、えっと......それは......!」


 震えながらも言葉を続けようとする美しい少女。その姿は弱々しくもあり、同時にとても凛々しいようにも見えた。


 もしかしたら、本当は女の子がこんな状態になっている時は、優しく声をかけて安心させるべきなのかもしれない。でもこの時に限っていえば、俺はなんとなくそれが間違っているような気がした。何か理由があるというわけではないが、ここで俺が言葉をかけてしまったら彼女の覚悟を邪魔してしまうような気がしたのだ。


 そんな思いを抱きつつ、俺は沈黙を貫いたまま彼女を再度見つめてみる。


 --すると彼女は俺から目を離さずに言い放った。




「......た、田島くん! もしよければ私と友達になってください!!」


「......!」


 そんなの、OKに決まっている。それに彼女との距離を縮めようとしていたのは元々俺の方なのだ。岬さんがこんなに真剣に俺と友達になろうとしてくれるのなら、これほど嬉しいものはない。そうか。岬さんは勇気をふりしぼって俺に気持ちを伝えようとしてくれたのか。


 --だったら俺はその厚意に対するせめてものお礼として、今自分が作れる最高の笑顔を見せて彼女の友達申請を快諾しないとな。



「はい、喜んで。これからよろしくね! 岬さん!!」



 こうして俺は登校初日に『新しい』友達を作ることに成功した。




-side 岬京香-



『はい、喜んで。これからよろしくね! 岬さん!!』


 そう言ってニッコリ笑ってくれた彼の顔が頭から離れてくれない。もうあれから何時間も経っているというのに、私はベッドでゴロゴロしながら、彼の眩し過ぎる笑顔を思い出してばかり。


 どうして......どうして、あの時のことを思い出すだけで胸がこんなにドキドキして苦しくなるんだろう。でも、苦しいはずなのに、それでもこの胸の痛みがなんだか心地良くて......


 --これじゃあ、まるで私が田島くんのことをす......


 って、いや、そんなの絶対ありえないし! だってまともに話したのって今日が初めてなんだよ!? ていうか私、今まで男の子を好きになったことなんてないし!!


 そ、そうよ。きっと田島くんが私の命を救ったヒーローだから、今はかっこよく見えてるんだわ。うんうん、いずれこの気持ちは落ち着くはずよ。えぇ、きっとそうに違いないわね。


 私が田島くんに抱いているのは友達としての『好き』のはずよ。だから、今日こうして友達申請したんだし。








「恋なんて......そんな眩しいこと、私にはできるわけがないもの」

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