第8話 想定外のお誘い

-side 田島亮-


 突然だが、黒歴史という言葉をご存知だろうか。


 まあ、それは学生(主に男子)が学生生活でやらかした思い出の数々の総称のことだ。つっても、一口に黒歴史と言っても種類は色々あるんだが。


 ある者は自分には異能の力があると思い込んで、わけの分からない技名を叫んで謎のポーズをとったり。


 また、ある者は自分が考えた世界の設定を書き殴ったノートを作って、その設定を他人にも強要して冷めた目で見られたり。


 また、ある者はかわいい子にちょっと優しくされただけで勘違いして告白して、


「ごめん、友達じゃダメかな?」


 というお約束のセリフをもらって玉砕したり。


 そんな、後で冷静になると過去の自分を殺したくなって羞恥で悶絶するような思い出。それを人は黒歴史と呼ぶわけだ。


 

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 そして俺、田島亮はつい先ほどその黒歴史を作ってしまったのだ。現在、教室の窓側の列の一番前の席、つまり自分の席で頭を抱えて悶絶中。つい先ほどHRが終わったところである。


 クラスメイト全員の前であんなクサい事を言って号泣。それだけに飽き足らず、皆が見てる前でクラスメイト数人と抱き合って号泣......これを黒歴史と呼ばずして何と呼ぼうか。


 いや、まあ、あの瞬間は『ああ、青春ってこんなものなのかな』とか思ったりしたよ? 感動してたのも事実だしさ。でも、クラスメイト全員の目の前でやることじゃなかったわ...


「はぁ......」


 恥ずかしいぃぃぃぃ! 恥ずかしいよぉぉぉぉ!


 死ね、あの時の俺よ。疾(と)く死ね。つーか、今も俺のせいで教室の空気が自習中なのにシリアス一色なんだけど。マジでこの場に居るのが辛いんだけど。お願いだ。誰か俺を殺してくれ。


「田島ぁ、なんで頭抱えてるの? どうかしたの?」


 そんなシリアスな空気を切り裂いて俺に声を掛けてきたのは、俺の右隣の席の女子だった。


「お、おぉ......」


 そして声の主の、そのあまりにも豊満な胸部を見た俺のシリアスな気分も見事に切り裂かれた。


 つーか、マジで大きいな。うん、多分咲の3倍くらいあるな、コレは。


「マ、マスクメロン...」


 しまった、つい胸元に対する感想が。


「ん? なんか言った?」


「いいや、断じて何も言ってない。あと申し訳ないけど、今は涙目で俺の顔が色々酷いことになってるから、会話は後にしてくれないか?」


「えー、普通に話せてるからいいじゃん。顔とか気にしないし」


 いや、俺が気にするんですけどね。


 え? ていうか君もさっきまで泣いてたよね? なんでそんなに目の周りがカラッカラに乾いてんの?  ちょっと切り替え早すぎない?


 うーん、しかし会話のお誘いを断るのも申し訳ないといえば、申し訳ないな。よし、ここはこのまま話を続けるとしよう。


「じゃあ、さ。君の名前を聞いてもいいかな」


「あ、そっか! 名前教えなきゃだよね! えー、コホン。私は仁科唯だよ。入院中に結構SNSでやりとりしてたよね?」


「ああ、お前って仁科か。駅伝部の」


「そうそう。これからもよろしくね」


「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 なるほど。この子が仁科唯か。確かにSNSでやりとりをしていたが、今まではメッセージで文面を見るだけだったからな。こうして実際に顔を見て話すのはコレが初めてだ。


 つーか、思ってたよりもずっと美人だったんだけど。メッセージの文面はサバサバしていて男っぽかったのにな。なんかちょっと意外だわ。

 

 ......って、え、どうしよ。なんか女子として意識したら急にドキドキしてきた。


「あ、そうだ。田島はいつから部活に来るの?」


「あ、ああ、それは...」


 しまった。入院中は記憶喪失のことを伝えるので精一杯だったから、『右足の後遺症のせいで二度と走れない』ってことを伝えるのは完全に忘れてたな。まあ、柏木先生は母さんから聞いてて最初から知ってたっぽいけど。


「あー、えっと、すまない。部活のことについては放課後に駅伝部に顔を出して話すつもりなんだ。申し訳ないけど、それまで待っててくれると嬉しい」


 まあ、いずれ駅伝部に顔を出して、俺の口から部を辞める旨を話さなければならないことは分かっていたからな。良い機会だ。今日のうちに全てを話しておくとしよう。


「そうなの? まあ、わかったよ。じゃあ今は聞かないことにするね」


「すまん、そうしてくれると助かる」


 そしてその後、結局仁科はそれ以上部活のことについて聞いてくることはなかった。



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 仁科との雑談を終えた俺は、1限目の残り時間を睡眠に費やすことにした。


 いやー、奈々ちゃん先生ごめんよ。1限の時間をクラスメイトとの交流に当てて欲しかったんだろうけど、眠いんだよ。昨日とか不安で一睡もできなかったんだよ。それじゃあおやすみ...


 と、机に突っ伏そうとした時だった。


「た、田島くんちょっといい...?」


 ちょうど自分の席の前から俺を呼ぶ声がする。女の子の声だな。ちょっとアニメ声っぽいだが、一体誰なんだ......?


 と、考えつつ、突っ伏しかけていた顔を上げると、俺の目の前には女子小学生が立っていた。


 あー、いや、違う。女子小学生じゃない。普通に制服を着てるから、この子はアレだ。『女子小学生並みに小さい女子高生』だ。


 って、なんかややこしいな、オイ。


 目の前でモジモジしながら立ち尽くしている彼女は前髪が目を隠すほど長く、大きな眼鏡をかけていて顔がよく見えない。いかにも引っ込み思案な感じがする子だが、一体俺に何の用があるのだろうか。


「え、えーと......じゃあ、まずは君の名前を聞いて良いかな?」


「あ、え、えっと、わ、私は......み、岬京香です!」


「なるほど、岬さんね、岬さん......って、えぇ!? き、君が岬京香さんなの!?」


 なんと突然目の前に現れた少女は岬京香だった。


 でも、あれ? この子にとっての俺ってさ、『事故から助けられたとしてもメッセージの返信を無視したくなるレベルの男子』なんじゃなかったっけ? 


 ん? この子はなんでわざわざ俺の席まで来たんだ?


「え、えっと、その......ご用件は何でございましょうか」


 なんか岬さんを警戒してめっちゃ敬語になってしまった。


「あ、あの......えと......その......じ、事故から助けてくれて本当にありがとうございました!」

 

 瞬間。岬さんの声が急に大きくなったために、教室中の視線がこちらに集まった。そして俺の席から5席分ほど後ろの席に着いている咲も、自習の手を止めてこちらに注目している。そういえば、この子も同じクラスでしたね。


 ていうか、あのー、咲さん? 貴女はなんでこちらを睨んでいるのでしょうか? メッチャ怖いんだけど?


 と、咲に怯えつつも俺は岬さんに返答してみることにする。


「はは、お礼は俺が入院してる時にもしてくれたじゃないか。そんなに固くならなくても大丈夫だよ」


 まあ俺は助けた時のことを覚えていないわけだから、この子にお礼を言われる資格は無い気もするんだけどな。


「そ、その、お、お礼は前もしたんですけど......その......やっぱり......私、直接感謝を田島くんに伝えたくて......」


 この様子を見る限りでは、どうやら彼女は人と話すのが少し苦手なようである。


 つまり裏を返せば、今の状況は、そんな引っ込み思案な彼女が、多くの人の目があるにも関わらず、わざわざ俺の席までお礼を言いに来てくれた、ということにもなるわけだ。


 うーん、どうにも俺はこの子がメッセージを無視するような人には見えない。


 というわけで少し疑念を抱いた俺は、昨夜のメッセージ無視の件について岬さんに尋ねてみることにした。


「ねぇ、岬さん。昨日さ、俺、メッセージで岬さんに時間割を聞いたんだけど......見てくれたかな?」


 実は、俺が岬さんのことをここまで気にするのには1つ理由がある。


 その理由とはズバリ、『俺が岬さんと友達になりたい』と思っているということだ。正直、感謝の気持ちを伝えられるよりも、岬さんと仲良くなれる方が俺としては嬉しいのである。


 別に女子だから仲良くしたいというわけではない。記憶が無いとはいえ、わざわざ命を張って救った人との関係が事故の時限りで終わる、というのがなんとなく寂しいと思っただけだ。まあ、岬さんが俺のことを良く思っていないなら交友関係を強要するつもりはないんだが。


 だから今は直接会話をして、彼女の態度を見て、本当に嫌われているのかを見極める。今はあくまで嫌われている『かもしれない』状態だ。確証は得ていない。


 と、1人で勝手に確変シリアスモードに入りかけた時だった。


「ご、ごめん! 昨日は私が携帯を水没させちゃって......そ、それでそのまま携帯が壊れちゃって......だ、だから、その......昨日はメッセージを見れてないの......」


「......へ? あ、なるほどね。アハハ......」


 ふむふむ、なるほどなるほど......


 って、なぜ俺はその考えに至らなかったあぁぁぁ! 


 返信ができない理由なんて、今考えればいくらでもあるじゃないか! その日は忙しかったとか、携帯壊れてたとかさぁ!!


 なのに? 俺は勝手に『うわぁー、嫌われてるかもー!』とか勘違いしてたわけ? なんだよ、それ。メッチャ恥ずかしいんだけど。


 まあ、昨日は母さんから補習のことを聞いて鬱になってたからな......あの時はなんでも悪い方向に考えていたのかもしれん。

 

「......た、田島くん!」


「え!? み、岬さん!? ちょっと顔が近くないっすか!?」


 俺が勝手に自己完結をしていると、なんと岬さんが突然顔を俺の耳元に近づけてきた。


 って、え!? 何この急展開!?


 と、そんな具合に動揺している俺に向けて、岬さんは予想だにしない言葉を俺の耳元で囁く。


「あ、あのね、私のパパとママがね、今日田島くんを家に招きたいって言ってるんだけど......」


 あー、なるほどね。だからわざわざこうして耳打ちをしてるわけね。うんうん、そんなことは大きな声で言えないもんね。


 って、え? ちょっと待って。それってつまり......






「俺が岬さんの家に行くってことですか!?」

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