小4の八つ当たり。



 〔来週1週間位日本に帰る。久々に飲むべ〕


 大学以来、正月のNEWYEARメールくらいしか連絡の取り合いをしていなかった森田から、突然メールが来た。




 「どうしたんだよ、突然。何かあったのかよ。正月だって帰ってこないくせに」


 『…おい。今こっち何時だと思ってんだよ。切るぞ』


 久々の友の電話を出た瞬間に切ろうとする森田。


 「俺がメール見たのさっきだし」


 『知らねーし。こっちは翔太の仕事の時間とか考慮してメールにしてんのに、何で気も遣わずに電話してくるかねー。切るぞ』


 「森田は日本時間分かってるだろうけど、俺はそっちの時間知らねぇもん」


 『調べろや。気利かせろや。じゃあな』


 -------プ。


 切ーらーれーたー。


 心配して電話かけてきたた友の電話を、そんなにあっさり切るか? 普通。


 携帯の画面を睨みながら放課後の廊下を歩いていると、


 「青山先生」


 後ろから声を掛けられた。


 「朝倉先生。これから家庭科部の部活ですか?」


 振り返ると、朝倉先生が俺を見上げていた。


 「今日は部活ないんです。…ちょっといいですか?」


 朝倉先生に腕を引っ張られ、通り過ぎようとしていた家庭科室に連れ込まれた。


 用事がないから滅多に入る事のない家庭科室を『こんな風になってんだ』とキョロキョロ見回していると、


 「私、青山先生が好きです」


 突然朝倉先生に告られた。


 「は?」


 「返事は?」


 「ごめん」


 「そうですか」


 何。告白ってこんな淡々としてるもんなの?


 最近の告白はこうなのか? 俺の時代はもっとこう、ドキドキでハラハラでバクバクだったぞ?

 

 「はぁー。緊張したー」


 大きく息を吐きながら、手のひらで胸の辺りを摩る朝倉先生。


 「嘘吐けよ」


 「してましたよ!! なのにあっさり振ってくれるし」


 白けた態度の俺に、朝倉先生が憤慨した。


 最近の子の緊張の仕方は、俺の時代とは違うらしい。あのサクサクした告白の中にも、緊張は織り交ぜられていたらしい。


 「安田に触発されたー」


 朝倉先生が苦笑いを浮かべて伸びをした。


 「安田?」


 脈略なく出てきた『安田』の名前に反応すると、


 「安田、高村先生に告ったじゃないですか」


 朝倉先生が、思わぬ返事をした。


 つーか、知らねーし。聞いてねーし。


 「そーなんだ? じゃあ、2人って付き合ってんだ?」


 「気になるんだ?」


 朝倉先生が意味あり気に笑った。


 多分、玉ねぎパーティーの時に色々察したのだろう。


 「つーか、バレてんだろ?」


 勘の良さそうな朝倉先生なら恐らく…。


 「バレバレっすね。なんで高村先生は気付かないんだろ?」


 やっぱり感付かれていた。というか、サヤ子以外は全員気が付いたんだと思う。安田だって気付いていたからサヤ子に告ったんだろうし。


 「桜井先生の事、どうするんですか? きっと、結婚とかも考えてたと思いますよ」


 朝倉先生が責める様な目で俺を見た。


 それ、俺が聞きたい。どうすりゃいいの。


 「自分の事、ちゃんと想ってくれていない男と結婚とか、瑠美にとってもよくないだろ」


 「青山先生の言う通りですけど、その態度は気に食わないですね」


 朝倉先生の可愛い口から『チッ』という小さな舌打ちが聞こえた。女の子が、しかも可愛い女の子が舌打ちをするのを見たのは初めてだ。女の子はそんな事しない生き物だと思っていたから。


 自分の中の女の子像を崩されて驚きつつも、何故に朝倉先生にキレられているのか分からない。


 「え?」


 「『ずっと想い続けてあげられなくてゴメン』くらいの気持ちでいて欲しいですね」


 不服そうに、俺の胸に軽く拳を叩きつける朝倉先生。


 あれ。俺、朝倉先生の事、誤解してたかもしれない。


 「俺、朝倉先生は瑠美の事嫌いなのかと思ってた」


 「私が桜井先生を『捨てられていい気味』とでも思う人間だと思ってたんですか?」


 俺の失言により、朝倉先生のご機嫌が更に角度をつけて斜めに傾いた。


 「そうは言ってない」


 すぐさま否定すると、


 「じゃあ、どう思ったんですか?」


 不機嫌なままの朝倉先生が、喰い気味で質問を被せてきた。


 「スゲエいい奴だなと思った」


 口調強めだし、勝気な朝倉先生は、顔が可愛い分、もっと傲慢で性格悪いのかと勝手に思っていたから。


 「ッッツ!!」


 俺にふいを突かれて褒められたもんだから、驚いて顔を真っ赤にする朝倉先生。


 うわ。かっわいー。照れてるし。


 「惚れました?」


 涙目になりながらも強気な姿勢の朝倉先生。


 「ない」


 大学時代なら、間違いなく手出してただろうな。こんな可愛い子が自分を好きだと言ってくれているのだから。だけど、無理だ。また同じ事をしてサヤ子がまた遠くに行ってしまうのは、どうしても嫌だ。それに、朝倉先生も滅茶苦茶いい奴だから、軽い気持ちで変な事したくない。


 「あー、もう!! なんで青山先生なんか好きになったんだろう!?」


 朝倉先生が地団駄を踏み出した。


 何この子。可愛い上に面白いのかよ。最強だな。


 「朝倉先生さぁ、そこらのアイドルなんかより全然可愛いし、言い寄ってくる男なんかいくらでもいるだろ。俺なんかじゃなくてもいいだろーよ」


 「自分が好きにならなきゃ意味ないじゃないですか」


 朝倉先生が今度は頭をグシャグシャに掻き始めた。


 サヤ子が前に、安田の事を『弟にしたい』って言ってた気持ちが分かる気がする。


 朝倉先生がもし俺の妹だったら、変な虫がつかない様に全力で守ってただろうなってくらいに可愛いわ。


 …つーか、サヤ子にとって安田は、『弟にしたい男』が『彼氏にしたい男』に変わったりしたんだろうか。


 「…で、サヤ子と安…「私、もう行きますね!!」


 朝倉先生には最早俺の声など聞こえない様だ。


 地団駄を踏み始めたあたりから自分の世界に入ってたもんな。


 『あー、もう。あー。、もう』と言いながら朝倉先生は家庭科室を出て行った。


 直接サヤ子に聞くか…。


 どうしても気になって、取り敢えず保健室に向かう。


 入る前から静かな保健室。扉を開けると、やはり誰もいなかった。


 サヤ子、どこ行った?


 じゃあ安田に聞くか。


 今度は軽音部の部室向かう。


 大きい音が鳴る軽音部の部室は、校舎の離れにあり、家庭科室同様、全く所用がない為ほぼほぼ渡る事のなかった渡り廊下を歩く。


 音漏れ激しい部室の前に着き、部室の窓から中の様子を見ると、何故かサヤ子がいた。


 「イイ曲だねー。誰が作ったの? 才能ありすぎるよ!!」


 サヤ子、音に負けじと大声で大興奮。そんなサヤ子を見つめる安田の視線が優しこと。


 やっぱ付き合ったのか?


 「でも…この英詩の言い回し…ちょっとカタイかも」


  出た!! 英語大好きサヤ子。サヤ子が譜面を見ながら、ボーカルらしき生徒に一丁前に指図をかました。


 「高村先生って英語得意なんですか?」


 サヤ子の指摘に『なになに』と興味深々にイケメンボーカルが喰いついた。


 「全然。好きなだけ。喋れないもん」


 『イヤイヤイヤ』と手のひらを平つかせながら否定するサヤ子。


 サヤ子は謙遜するくせにしゃしゃり出るんだよなー。


 「ゴメンね!! 曲に乗せにくいカモだけど、こっちのほうが砕けてていいと思う。どうかなー?」


 そのくせ 勝手に歌詞を書き換えるサヤ子。それを見てボーカルが固まった。


 「…取り敢えず、歌ってみろって」


 笑いを堪えきれていない安田。


 「…イヤ。これはちょっと…」


 「イケるって。お前ならやれるって!!」


 戸惑うボーカルの口もとに、安田が強引にマイクを近づけた。


 観念したボーカルが歌う。


 …さっきとメロディ違くね?


 歌詞乗せ切れなくてメロディを変えたらしい。


 自分で勝手に歌詞変えておいて、大爆笑のサヤ子と安田。 


 「あはは。ゴメン。やっぱ乗らなかったかー」


 「故意犯でしょ。サヤ子センセ」


 安田の言葉に『バレてた?』とサヤ子がにっこり笑った。


 サヤ子の笑顔は昔のままだ。


 あの笑顔は俺に見せない。


 俺に見せる笑顔はいつもどこか強ばっていて。


 安田だから見せるの?


 ボーっと軽音部の部室を眺めていると、サヤ子と目が合った。


 「あれ? 青山先生?」


 サヤ子がこっちに寄ってきて部室のドアを開けた。


 「どうしたんですか? あ、安田に用事ですか?」


 「え? 俺に用なんですか?」


 サヤ子の後ろからヒョコっと安田が顔を出す。


 「用事っつーか…サヤ子先生はなんでここにいるの?」


 「あ、安田って昔バンドやってたって言ってたじゃないですか。ちょっと見てみたくて。すっごいカッコイイんですよ!! ギター弾きながら歌ってる安田、オーラがスゴイんです!!」


 目をキラキラさせて安田を褒めちぎるサヤ子。ノロけてんの? やっぱ付き合ったのか?


 「サヤ子センセ、まじで恥ずかしいからヤメテ」


 と言いつつ、まんざらでもない安田にイラっとした。


 「てゆーか、青山先生まじでどうしたんですか? 青山先生が軽音に来るとか、不自然でしょ」


 安田は、サヤ子に褒められて嬉しかったのか、口元の緩みが抑えられないらしく、口に手を当てながら俺に話しかけてきた。


 …言えねぇ。2人が付き合ったのかどうかを聞きにきたって…俺、小学生かよ。


 つーか俺、どうやって聞こうとしてたんだよ。


 うわー。何やってんだ、俺。


 「あー…。サヤ子先生のとこにも森田から連絡あったかなーと思って」


 どうにかこうにか、どうでも良い用件を絞り出す。


 「あ、はい。飲みに誘われたんですけど、青山先生も来るんですよね? …私がいると邪魔じゃないですか?」


 律儀なサヤ子は『あ、森田くんは大学時代の友達で、今アメリカで働いてるの』とすかさず安田に説明した。


 「全然邪魔じゃねーし」


 「それを聞きに軽音部まで?」


 何かを感じ取った安田が、ニヤニヤした目で俺を見た。


 あー、黙らねぇかな、安田。


 「…ちょっとサヤ子先生、借りてく」


 安田が鬱陶しいので、場所を変えようとサヤ子の手首を掴むと、


 「え?」


 突然手を取られて困惑気味のサヤ子が俺を見上げた。


 「ちょっと聞きたい事があるから」


 サヤ子は鈍感だから、俺がどんなに小学生みたいな事聞いても呆れたりしないだろう。


 サヤ子の手を引き部室を出て行こうとした時、


 「さっき、朝倉先生からLINEきたんですけど…クックッツ…」


 安田が引き笑いをしだした。


 つか、何安田に話してんだよ、朝倉先生。


 「朝倉先生? 何? 何かあった?」


 鈍感サヤ子は何の話をしているのかさっぱり分からない様子で、キョトン顔をしながら安田を見た。


 「おーい。お前ら、後は勝手にやっとけ。先生たちは仕事してくっから」


 安田は軽音部の部員たちにそう言うと『青山先生の聞きたい事、教えてあげますよ』と俺に耳打ちをして『サヤ子センセ、喉渇いたね。ジュース奢ってあげる』と安田お得意の可愛い子スマイルをサヤ子に向けた。


 安田、二重人格かよ。俺に対する態度と大違いじゃん。


 3人で自販機に行き、飲み物を買うと、俺が放送委員の顧問である為に放送室の鍵を持っているという理由で、放送室へ向かった。


 「青山先生、朝倉先生の事振ったんですね」


 放送室に入り適当な椅子に腰を掛けたところで、早速安田が口を開いた。


 「えっ!? てゆーかそれ、私聞いちゃっていい話なの?」


 俺は別に差支えないのに、サヤ子は俺に申し訳なさそうな顔を見せると、安田にの腕を揺すった。


 「つーか、お前は?」


 サヤ子のザワつきをスルーして、安田との会話を続行。


 「振られましたよ。でも、サヤ子先生がキスしてくれました」


 口を真横にニッと伸ばし、意地悪な顔で笑って見せる安田。


 「ちょっ!! 安田!!」


 一瞬で顔を真っ赤にして、サヤ子が立ち上がった。


 「それはお前からしたんじゃん」


 サヤ子の焦りも綺麗にスルーして、午前中のサヤ子と安田のキスを思い出して、沸々と怒りが再燃。キレ気味で安田に聞き返す。


 「あの後ですって。告って、振られて、キスしてもらった」


 安田が意味不明な発言を続ける。


 「安田!! 何でそんな事言うの!!」


 サヤ子が慌てふためきながら、安田の押さえようとした。


 「隠しておきたかったんだ?」


 そんなサヤ子の手を避けながら、ケタケタ笑う安田。


 「そうじゃなくて、わざわざ人様に話すような事じゃないでしょうが!!」


 「俺は嬉しかったから言いたいもん。言いふらしたいもん。あと、振られた腹いせ」


 笑う安田の横で、サヤ子が真っ赤になった顔を両手で覆っていた。


 つまり…。


 「サヤ子から安田にキスしたの?」


 「そう♬」


 俺の質問に安田が意地悪く笑って答える。そして俯くサヤ子。


 「サヤ子、どういうつもり? 俺が保健室の噂を消そうとしてる時に何やってんの?」


 ヤバイ。イライラが止まらない。頭に血が上っていくのが分かる。


 「…すみません。軽率でした」


 サヤ子は下を向いたままこっちを見ようとしない。


 「振っておいてなんでキスする流れになるんだよ」


 どんどん低くなっていく俺の声。その声が怖かったのか、サヤ子の肩がビクっと動いたのが分かった。


 「…やっと」


 怯えたサヤ子が遠慮がちにぽつりと零す。


 「やっと?」


 それでも俺は優しく話せない。


 「やっと、青山先生の気持ち分かった気がするんです」


 サヤ子が顔を上げ、俺を見た。


 俺の気持ちが分かったって、何それ。


 「昔、青山先生って色んな女の子と関係持ってたじゃないですか。なんで好きな子だけじゃないんだろうって不思議だったんです」


 嫌味なく話すサヤ子は、当時の俺を本当に不思議に思っていたのだろう。


 だからって、なに俺のチャラ男時代をサラッと安田にバラしてるんだ、サヤ子。


 安田が俺の顔を見てニヤニヤしだしたではないか。


 「でも、安田に『好き』って言われて、付き合う事は出来ないけど凄く嬉しかったんですよ。『好き』の種類が安田と私とでは違ってしまったけど、安田の事、大好きで大事で…言葉だけじゃ、『断った』って事実が強くて伝わらない気がしたんです」


 それでも話を続けるサヤ子。


 つか、何その理由。俺もそうだったんでしょ? って事?


 「じゃあ、例えば森田がサヤ子に告っていたら、森田ともしてたんだ? サヤ子って、案外軽い女だったんだな」


 自分のしてきた事を棚にあげて腹を立てている俺は滑稽だ。


 分かっているけど、止まらない。


 「森田くんとはキスしませんよ」


 「なんで?」


 「仮にそんな事をしたら悲しむ女の子がいるからです。森田くんの事を好きな子、たくさんいたじゃないですか」


 全く納得の出来ないサヤ子の言い分に溜息が出た。わざと出したのかもしれない。


 「安田としたって悲しむ女はいるだろうよ。安田、かなりイケメンだしモテるじゃん。安田を好きなヤツだっていっぱいいるだろ」


 キレながら、謎にうっかり安田を褒めてしまう始末。


 俺の思いもよらない褒め言葉にビックリした安田が、目を丸くしてこっちを見た。が、構わず怒り散らす。


 「それに、俺が色んな女と遊んでる時に、千佳が悲しんでたってサヤ子言ってたよな? 俺の気持ちが分かったとか、なんなの? 全然分かんねぇだろ? 自分のした事を正当化したいからって、それらしい理由くっつけんなよ」


 「ご…めんなさ…い」


 俺のブチギレ加減に、涙目で謝るサヤ子。安田は未だに半笑い。イヤ、苦笑いかも。


 「サヤ子センセー、お腹空いた。保健室に隠し持ってるお菓子持ってきてー」


 安田がそんなサヤ子を逃がしてやろうとした。


 「でも…」


 「腹減りすぎて死ぬ。はーやーくー」


 安田は戸惑うサヤ子の背中を押すと、放送室のドアまで追いやり、半ば無理矢理放送室から押し出した。


 ドアに耳を近づけ、サヤ子が離れた事を確認したところで、安田が口を開いた。


 「青山先生、キレすぎ。たかがキスっすよ」


 『フッ』と小さく息を吐き笑う安田。


 「…ダサすぎ。俺」


 サヤ子がいなくなると、一気に冷静さを取り戻す。もう、うなだれるしかない。


 「桜井先生、切ないっすね」


 今度は溜息の様な小さな息を漏らす安田。


 「それ、朝倉先生にも言われたわ」


 安田につられて俺の口からも溜息が出る。


 「サヤ子センセの事、そんなに好きなんだ?」


 「…だいぶ」


 完全に安田に自分の気持ちを見透かされているのは明白で、嘘を吐くのも面倒だし、意味もない気がして、正直に安田の質問に答えると、『ぷはッ』と安田が吹き出した。


 「素直ー。桜井先生には言ったんですか?」


 「言った。玉ねぎパーティの日。お前らが帰った後に」


 ここまでくると、とことん素直な俺に、安田の尋問は止まらない。


 「桜井先生はなんて?」


 「気持ちの整理がつかないって」


 『ふー』最早溜息以外の呼吸法が出来ない俺。


 「そっか。そりゃそうですよね。でも、桜井先生の事をキレイにしないとサヤ子センセに行きづらいですもんね」


 安田の言葉に『ふー』と何回目になるのか分からない溜息を吐き続ける俺。


 「ふーふーうるさいわ」


 『ふー』


 そう言われても出てきてしまうのだよ。


 「じゃあ、溜息出しきりますか?」


 「あ?」


 安田の良く分からない提案に『はい』とも『いいえ』とも返せない俺に、安田が不敵に笑いかけた。


 「キス、舌入れた」


 「殺す。」






 

 「――――で、俺のイライラが再燃した所で、サヤ子がお菓子持って戻って来るしよー」


 『あははは。いいな、翔太。仕事楽しいだろ』


 「面白がりすぎ。カンジ悪いぞ、森田」


 『クックッ…。ダメだ。堪えきれん』


 電話の奥で笑う友、森田。


 森田は俺からの電話は出ないと踏んで、森田から電話が掛かってきた時にここぞとばかりにサヤ子と安田のキス話を一気にした。


 『つーか、またサヤちゃんに当たったりしなかっただろうな?』


 「してねーし。サヤ子、俺の事めっさ怖がってあんま近寄って来なかったから当たりようがなかった。しかも、サヤ子がずっと安田の隣にいたから安田にも当たれない始末」


 『たかがキスでブチキレて、サヤちゃんと後輩に当たろうとするとか…小4か!!』


 森田がひーひー言いながら笑っていた。


 『大学の時のサヤちゃんの痛みが少しでも分かったか? サヤちゃんの場合はもっと辛かっただろうに』


 さっきまで笑っていた森田が、笑うのをやめると声のトーンを戻した。


 「分かってるつもり。俺がキレる事自体おかしい事も分かってるのに…」


 『その続きは来週な。時間と店はメールで送っとく』


 日本にいる俺に店の予約くらいさせればいいのに、『自分が誘ったから』という理由で自分で店探しをする森田は、アメリカに渡ってジェントルマンになったらしい。


 まぁ、元々いい奴ではあったけど。


 森田との電話を切って、ふと気付く。


 森田、何の用だったんだ? 折角かけ直してくれたのに、自分の話ばっかしてたな、俺。


 来週はちゃんと森田の話聞こう。

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