二人は襲撃者

 そこは塔の頂。

 物々しい玉座はこの世の絶対者たる魔王が座するべくして用意された物であり、そしてそこに今腰掛けているものこそが現在の魔王と言うことになる。当然だが。

 僅かに紫がかった肌はその身に秘めたる強大な魔力の代償であり、頬に刻まれた紅き刺青はただでさえ強力な魔力を更に高めるべく全身に彫られた物のほんの一部でしかない。

 我が身を魔族へと貶める秘術までをも用いて、更に更に高めた魔力はその代償にそのものの肉体を肌の色ばかりではなく魔族のそれへと変えてしまった。

 鋭い牙に爪、紅い瞳の中の猫のような細い瞳孔。深緑に変色し蛇のようにうねる髪。そして側頭部より伸びた山羊の角のような捻れ角。

 しかしそのような醜い姿になっても、そのものに悔いはなかった。

 絶対の力が手に入ったのである。その力を用い、魔王の交代に伴う狂気に支配されたこの世を正すだけの力が。悔いなどあろうはずがない。


「――それで、反逆者とやらはどうなったんだ。塔に侵入されて、それで? イグニスにアクア。フルメ、フロン。グラキエスからの報告は!?」


 それが、と歯切れ悪く応えるのは純白の髪が眩い妙齢の女性で、魔王の秘書たる人間の彼女は掛けた丸い眼鏡を頻りに直したりしつつ、この報告をどのように主に伝えたら良いのかを思案していたが、それに痺れを切らした魔王はその玉座より立ち上がると秘書へと歩み寄り彼女が手にしている伝書を取り上げようとした。その時であった。

 突如として魔王がその身を翻すと、宙に舞った彼の纏う外套の一部が弾け飛ぶ。それだけではない、見開かれた魔王の両目が彼の脳に映し出したるはその細い首を丸まる吹き飛ばされ、頭部と胴体が生き別れとなった秘書の無残なる姿であった。

 あまりの事態に声も出ず、思わず地に落ちようとしていた秘書の頭部を受け止め見詰める魔王の角と一体化した耳に、聴覚に声が届く。


「その者どもであれば既に始末してくれたわ。残るはお主一人だけじゃ、青二才」

「俺もだいぶ始末されたけどな。焼死溺死感電死……風のはよく分かんねえ死、んで凍死。死亡のオンパレードだぜ」


 何着あっても着替えが足りないと愚痴るクラッシュの傍ら、秘書を撃ち抜いたフェチーネはノコギリの刃の様な歯を剥いた笑みを浮かべている。そして手にしている右の拳銃スミスをその手中でくるりと回転させながら「おじゃまするぞ」と告げ遂に魔王の間へと到達を果たす。


「さて、大人しく王の座を退くのであれば命までは取らん。――と、言いたいところじゃがのう。悪いが妾が今一度その座についた暁に掲げたる、魔王が偉業の一つにお主の首を曝す段取りなのでな。重ね重ね悪いがの、死んでくたばってもらう!!」


 首の無い秘書の遺体の側、驚きに両目を剥いたまま冷たくなる彼女の首をいつまでも抱える魔王へと向け、フェチーネは左のウェッソンもホルダーから引き抜くと此処に揃い並ぶ白銀の大型二丁拳銃“スミス&ウェッソン”。

 狙い澄ますまでも無く、フェチーネはその両方の引き金を同時に絞った。ガォォンッッ!! と揃い踏みした二頭の獅子の咆哮は宙を揺らし、吐き出された凶弾は魔王へと突き進む。

 だがしかし、その二発はその時顔を上げた魔王の一睨みにより生じた魔力の放出により蒸発し、そしてそれはフェチーネをまでもを襲う。


「迂闊だぜ」


 ジュッ! と、熱された鉄を水に浸したような音を短く響かせ、今まさに蒸発されようとしていたフェチーネの体を押し退けて割り込んだクラッシュの上半身、胸から上が消し飛んだ。

 よたよたと残された胸から下を支える両足がたたらを踏んだ後、鈍い音を立ててクラッシュだったそれは倒れた。


「確かに、迂闊じゃった……済まぬ。愛しておるぞ、クラッシュ!! その死、無駄にはせぬ!!」


 被ったテンガロンハットを空けた左手に取り、それをクラッシュの遺体へと投げたフェチーネはその艶やかな黒髪を踊らせながら魔王の側面へと回り込みつつ二丁を連続して発砲する。

 重低音が繰り返されるが、それを伴い発射された弾丸はしかし魔王の直前で何かに阻まれたように弾かれてしまう。

 バリアーかと察しを付けつつ、しかしフェチーネの顔から笑みは消えない。彼女は魔王の両目から放たれる魔力の放出サイクブラストを常に動き続けることで回避し、その間もスミス&ウェッソンを撃ち続けた。


「無駄だ、外道!! ――むっ!?」


 怒りに燃える魔王はサイクブラストでは仕留めるに難儀すると理解すると、差し出した右手の五指に光を灯す。五頭の狼を模する、標的を果てまで追跡する魔力の矢。それを放とうと言う時、しかし青年のようなまだあどけなさの残る魔王の顔が驚愕に歪み、そしてそれはひび割れた鏡に映ったように歪む。

 彼が張り巡らせたバリアー、それにフェチーネの弾丸が食い込んだのである。

 何故かと魔王が宙でバリアーに阻まれ制止するその銃弾を見ると、それは銃弾と言うよりはまるで剣の切っ先のような形状をしていることが明らかになった。


「かははっ! ソードバレットじゃ!! おまけもつけてやろうかのう!!」


 あらかじめ弾倉内に仕込んでおいた特別な弾丸であるそのソードバレットは、最後の一発ずつとしてスミス&ウェッソンに残っていた。

 フェチーネは二丁を掲げそれぞれをくっ付けた上で魔王へと狙いを付ける。弾倉に残された弾丸から溢れ出す神妙の輝きがスミス&ウェッソンの銃口から溢れ出し、そしてそれは一振りの剣が如き様相を呈す。

 フェチーネの目にはその輝きが懐かしく映り、そして魔王の目はそれが危険だと本能に直接語り掛ける。

 彼が急ぎ五指の光を矢として放つ。同時にフェチーネもまた二丁を包んだその輝きの剣を撃ち放った。

 一直線に飛ぶ輝きの剣は魔王の放った矢を一本二本と消し飛ばし突き進む。相変わらずの一直線。

 迫る輝きに唖然とした魔王は咄嗟にその両腕を組み合わせると、輝きの中に消える。

 残光の焼き付く両目を瞬かせながら、強気な笑みを浮かべたフェチーネが銃を下ろそうとした時であった、大きく旋回することでソードバレットを回避した矢の一つが彼女の眼前に現れたのは。


「――まこと、迂闊じゃった」

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