二人は討伐者
「“愛してる”なんて、シビれる言葉じゃあねえの。おかげで目ぇ覚めたぜ」
フェチーネに迫った矢であったが、それはあと一歩、彼女には届かなかった。
「今度はしっかり防いだのお……惚れ直したぞ、
尖った牙こそ持たずとも、生涯自慢とする美しい並びをした真っ白な歯を剥いて笑うのはクラッシュ。再生と甦生をした彼は再びフェチーネと魔王の合間に割って入ると、手にした黒鉄のリボルバーを盾にフェチーネを襲わんとした矢を弾き打ち消していた。
そんな彼の筋骨隆々とした裸の背中に、ふっと微笑みを浮かべスミスをホルダーに戻したフェチーネの右手が添えられる。
肩越しに横顔を彼女に向けたクラッシュもまた鼻を鳴らし笑い、先程彼女が放り投げたテンガロンハットを被りながら言う。
「よく言うぜ、
言うが早いか駆け出したクラッシュとフェチーネ。
フェチーネはクラッシュに魔王はバリアーで守られていると言うこと、そしてそのバリアーはソードバレットで突破が可能である事を伝える。
魔王が放つサイクブラストを右へ左へ跳びながら回避するクラッシュの動きはこれまでに無いほどの機敏さで、巻き添えにならないように距離を開けているフェチーネも目を見張るほどであった。
魔王と相対した時、その真価が発揮される。勇者とそういうものなのである。
しかし魔王も負けじとサイクブラストに加え五指から放つ矢までをも両手の十指全てから放つ。
クラッシュはサイクブラストの直線的な閃光を回避しつつ、引き金を絞りシリンダーを回転させ中の銃弾で次々と襲い掛かる矢を迎撃して行くが、矢は十本で弾倉は六発。四本もの矢がいまだ健在。クラッシュを襲う。
しかしそこに轟くのは獅子の咆哮。弾丸を装填し直したフェチーネの二丁拳銃が火を噴き、残る矢を全て打ち消してみせたのだ。
「良~ぃ腕だ、フェチーネ!! さすが、俺がされたら嬉しいことよく分かってるぅ~」
「当然じゃ! 妾を誰だと心得ておる。……死ぬなよ!!」
クラッシュが吹く口笛にフェチーネが愉快そうに笑う。まるで生娘のような浮かれた笑みである。頬を持ち上げ、つり上げた口角からはギザギザの歯の中でも特に大きく鋭い八重歯を覗かせ、そして最後に告げた言葉には想いがあった。
「そりゃあこっちのセリフだぜ……ったく、クラクラきちゃうね」
勇者という自らにとって天敵であるとクラッシュを理解した魔王はフェチーネなどもはやどうでもよいのか、彼女と軽口を交わし合うクラッシュを睨み続けては獣のような呻き声を挙げる。
そんな魔王へと気軽にウィンクを飛ばしたクラッシュは空になった弾倉へとスピードローターを用い素早く弾丸を込める。
「一発一発込めてくのはありゃあお馬鹿のすることだぜ。かっこつけも良いが、俺は敵を前にんなナメたことはしねえ……」
マガジン式で装弾数が多く、再装填も容易いスミス&ウェッソンを持つフェチーネが矢に対処し、クラッシュは魔王の主力たるサイクブラストを避けることに専念する。しかし近付けば近付くほど攻撃の間隔は短く激しくなり、やがては装填を済ませたクラッシュの左肩に魔力の閃光が命中し、ローダーを握ったまま彼の左腕は脱落した。
だが距離は十分、もはや致命傷の痛みにも度重なる死亡の連続で慣れているクラッシュは顔色一つ変えぬままに銃を握り締めた左腕を魔王へと突き出した。
そして彼の額に触れる銃口。そこまでの至近距離に、クラッシュはもはや迫っていたのだ。
「こうなりゃあ、バリアーも関係ねえよな……?」
じりじりと力場を掻き分けた右手首がそれに焼かれる中、クラッシュは片目を瞑りながら魔王へと笑いかける。
やがて手首が焼き切れてしまわぬ内に、そしてクラッシュは引き金を絞る。
スミス&ウェッソンほどの口径を持たないクラッシュの銃が奏でる銃声は大きくない。しかしその代わりに音は鋭く研ぎ澄まされ、その一発は剣の切っ先を突き立てるが如く鋭かった。実際にも、装填された弾丸はソードバレット。
その一発を受け、魔王の体が上体から仰け反る。そして両目を見開いたクラッシュの眼前で彼は踏ん張ること無く地面へと倒れるのであった。
「……また、つまんねえもんを――」
それを見届け、小粋に片膝を遊ばせながら腰に左手を当て銃口から挙がる煙を吹き飛ばそうとした時であった。その時「あっ」と言うフェチーネから間抜けた声が溢れ、クラッシュがそれを不思議そうに復唱しようとすると、魔王が放った矢が一本、背後から彼の腹部に風穴を空けた。
「ったくぅ……なんて、締まりねえ……ぐえぇぇ」
溢れ出て行く内容物を見下ろしながら、青い顔をして苦笑いするクラッシュはその後、眼球を一回転させ瞳を瞼の内側に潜り込ませて白目を作ると仰向けに力無く倒れる。
その際に宙に取り残されたテンガロンハットが血溜まりの中に落ちようとする間際、伸びてきたフェチーネの浅黒い肌をした細腕がそれを受け止め、彼女はそれを頭に被りつつ死んだクラッシュを見下ろして一言。
「済まぬ、クラッシュ。一つ仕損じてしまったのじゃ。許せっ!!」
そう言ってぱちんと合掌したフェチーネ。しかし腹部に穴が空いた程度ではすぐに再生するであろうと、死んでいるクラッシュが聞いているはずも無い謝罪もそこそこに、今度はクラッシュと同じ格好で倒れている魔王へと彼女はその目を向ける。
それを見下ろすフェチーネの紅い瞳に浮かぶ色は彼を蔑むようでありながら憐れんでもいて、魔王という存在は最後には必ず勇者により滅ぶものなのであると暗に告げていた。
しかしかくいう自分はどうなのか、それを考えると今度は可笑しくて彼女はクスクスとギザギザの歯を剥いて笑った。
「お主のおかげじゃ、異界の魔王ハヤトよ。お主が妾をその座より蹴落としてくれたおかげで、妾は勇者に滅されずに済んだのじゃ。クラッシュ、あ奴に殺されるのだけは癪だからのう……」
そして彼女と同じ紅い瞳を剥いて倒れる魔王の亡骸に背中を向けたフェチーネは、いまだ死んだままのクラッシュを見て「やれやれ、世話の焼ける奴じゃ。まぁ……そういうのも悪くない、か」と自らの発言に苦笑してしまいながらも彼女は彼の襟を掴むと引き摺って、そして二人は玉座を後にするのであった。
――その耳に、弱々しくも再動する鼓動の音は届くことは無く。
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