泣きたいくらいの雨降り
和泉ロク
泣きたいくらいの雨降り
断続的な雨の音は、どうにも降りやむこともなく。むしろ好都合だとさえ思う。
ああ、それはきっと美しいものでもなく、洗い流してもらおうなんてどうにも都合のいいことばかり。きっと私は意気地がないだけなのだ。
今日のような雨だったら、きっと涙なんて簡単に出たのに。
「例えばさ、ほんとに例えばの話なんだけど」
「ん?」
「この雨がいつまでも降りやまなかったなら、どうする?」
「いきなりだなぁ」
「だから、例えばって話だよ」
彼は少しご立腹なようで。割と小さいことでイライラしてしまう彼のことを面白いやつだと思えたのはいつの日だったか。
「んー……とりあえず、街が沈むんじゃない?」
「おお、ポセイドン」
また急に機嫌が直るものだと感心さえ覚える。コロコロと表情が変わる彼のその笑顔が可愛らしく、少し笑ってしまう。
梅雨だった。降水確率は見事80%を超えていて、不快指数もウナギのぼりだ。今時、自動改札すら設置されないような、木造の駅舎。まるで時代から忘れ去られたようなその場所に、私と彼はなんとなく二人でいた。どちらかが帰ると言い出せば、いとも簡単にこの空間はなくなってしまうくらいに、なんとなく。駅員などいるはずもなく、申し訳程度についている券売機がギリギリ雨にさらされない位置取りで佇む。
もう、帰ろうかな、いや、それはほんの少し勿体無いか。
やおら立ち上がって、歩き出した彼に「もう帰るの?」投げかける。
「まだ帰らんよ」振り返らずに答えた彼に少しの安堵。
「よかった」
「よく、降りやまない雨はないなんて言うけど、あれってよく考えたら、そりゃそうだよなって思わないかい?」
「どういうこと?」
「いや、なに。当たり前のことを、さも良いことを言っているように表現するのはどうなんだろうと思ってね」
「ああ、そういうこと。身も蓋もないなぁ」ケラケラ笑う彼が少し怖くもあり。
「当たり前のことなんだよ。明けない夜はない、とか。それなら、我々は人間ですって言ってるのと変わりないのだよ」
彼の話のスイッチが入ってきたのがよくわかる。カチッと音が聞こえた気がする。
「ロマンがないなぁ」ぼんやり呟いてみる。
「ロマン?そんなものなくてもいい。何が言いたいかっていうと、そういう風な詭弁は好かないってことだ」
彼の表情が少し曇り、目が細くなる。
ああ、きっと私は本当に意気地がないのだ。だから、わかっていても、こういうことしか彼に言えない。
「……いきなりどうしたの?」
「明けない夜はない、やまない雨はない。詭弁は好かないから、はっきり言うよ。もう、ここに来るのはやめなさい」
「どうして?」
「聡明なキミならきっとわかっていて、理由を聞いてくるのだろうね。キミのそういう狡賢い部分は嫌いではないがね」
彼の顔が怖くて、見ていられなくて。この話をもう聞いていたくなかった。だから、私は。
「やめてよ……」小さく呟くしかないない。
「やめない。この雨がやまないなんてことはないんだ。先程、投げかけた疑問に対してのキミの回答。面白いものだった。街が沈む。そうなんだよ。沈んでしまうんだ。だから、もう、ここに来てはいけない」
彼は息を深く吸い込み、真剣な顔で私に真実を。
「死人でありながら、ここに漂うだけの存在に、会いに来てはいけないんだと言ってるんだ。きっとこれを続けてしまえば、キミの心は深く沈んだまま、上がってこなくなる」
断続的な雨の音は、どうにも降りやむこともなく。むしろ降り続けてほしく思う。
ああ、それはきっと美しいものでもなく、なにも私の気持ちは、洗い流れず、どうにも都合のいいことばかり。きっと私は意気地がないだけだと深く思い知った
今日のような雨だから、涙なんて簡単に出ないだけだ。
認めたくなかった、だからこそ、ここに来ていた。わかっていたはずなのに。
「さよなら」
それだけ残して、彼は。
それだけの言葉で彼は。
雨は降りやんでいた。
泣きたいくらいの雨降り 和泉ロク @teshi_roku
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