第15話 マリ
リョウによって街をあらかた案内された俺たちはその後、リョウに仮宿はあるのか、と聞かれてなし崩し的にリョウの家に泊めてもらう事になった。
そして朝からリョウに叩き起こされて、また街中に引っ張りだされた。
さすがに昨日のマリとの攻防は体にきているようで、今日はなんとも寝覚めが悪かった。そこをリョウに起こされるとなると、少しイライラするが、そこは大人の対応。デコピン一発で許してやった。
まあ、骨の音が鳴るくらいの強さだが。
「なあ、アキレアの兄ちゃん」
「どうした?」
言いながら振り返って、人差し指を親指で溜めるポーズをとる。
「ひっ……」
リョウは面白いことに、まだ腫れが残ったデコを両手で押さえて後ろに下がった。
一瞬で脊髄反射を体に染み込ませた気分だ。嫌いじゃない。
いや、悪くないとか言うと重度の変態みたいに聞こえる、訂正しよう。
いい人心掌握術だ。
「どうした? 何を怖がってるんだ?」
まだ人差し指の形を変えないままリョウに近づいていく。
するとリョウも一歩ずつ後ろへ下がる。
「リョウくん大丈夫?」
フリージアは俺がデコピンしたことは見ていない。きっと今も俺とリョウとの間で何が起こっているのかは分からないだろう。
「…………」
黙って手の形を戻しリョウに微笑む。
「……いや、今日は母ちゃんからお小遣いもらったから、兄ちゃんたちにここの食べ物食べさせてやろうと思ったんだよ」
「へえ、それでここではどんな料理が有名なんだ?」
「そうだな……あれなんてどうだ?」
そう言ってリョウは一つの屋台を指さした。
そこでは、野菜や魚介類を練り物に浸して、それを熱した油の中に入れていた。
投入された野菜たちは、時にはジュージューと時にはバチバチと音を立てて油の中で泡を吹きだしていた。
その音は道を歩く人の歩を止めて寄せ付けている。
そして売り子は、泡が噴き出すのを緩めたのを見計らい、野菜たちを油から引き揚げた。
引き上げられたそれを我先に食わんと、集まった人々は売り子にお金を渡し、まだ油が滴っているのも気にせず頬張り始めている。
その光景に俺もフリージアも一瞬で興味を書きたてられた。
「リョウ……あれはなんて言う食べ物なんだ?」
「あれは天ぷらって言うんだぜ、うまそうだろ!」
「ああ、すごく」
「よし、じゃあ兄ちゃんも早く買いに行こうぜ、天ぷらは人気だからすぐ売り切れちまう」
言いながら、リョウは俺の手を引っ張った。
リョウにつれられ屋台の前まで行く。
「ほら、アキレアの兄ちゃんにフリージアの姉ちゃん」
そう言って、いつ間にやら買ってきた天ぷらを渡たしてきた。
「今日は三日に一回の特別サービスの日だから、たくさん買えたぜ」
その言葉に何か違和感を感じた。何かとても大事な事を忘れているような感覚に襲われる。
「……何だったかなあ」
「どうしましたかアキレアさん」
「いやあ――リョウさっきの言葉もう一回言ってくれないか」
「えっ?」
「ほら、あのたくさん買えたみたいな」
「ああ、三日に一回のサービスだったから……」
「…………」
ようやく思い出した。今日は三日目だ。
慌てて空を見上げる。すると、太陽はまだもう少しで南中するかと言う所で、
「つまり、十一時前くらいか……まずいな」
「何がですか?」
口に天ぷらを頬張りながらフリージアが言う。
そんなフリージアに俺の分の天ぷらを押し付けて、俺は言い放った。
「悪いなフリージア、行かなきゃいけない」
「へっ?」
そんな風にとぼけていたフリージアだったが俺の真剣な顔を見てフリージアも思い出したようだ。顔が真剣実を帯びた。
そして、思い出すように指折り数え始める。
「そうでした、今日は三日目ですね。アキレアさんは一人で大丈夫ですか?」
「ああ、昨日の森の方へ行ってやりきる」
「そうですか……私もすぐに向かいます! この天ぷらを食べた後に!」
そんな冗談を言ってまた天ぷらを頬張るフリージア。
ふざけているのではなく、信じてくれているという事は確認せずとも分かった。
こんな風に冗談を言い合えるほどの仲になれたことに嬉しさを感じながらも、だからこそ俺はもしもこんな日が崩れてしまう時がきてしまったらなどと無駄な事を考えてしまう。
だったら、いっそ最初から縁なんてなかった方がよかったんじゃないか、と。
しかし今はそんな事を考えている暇はない。一刻も早く怪物と戦える場所を探さなければいけない。
俺は道行く通行人を躱しながら、山に向かって力の限り走り抜けた。
怪物との戦いの場を探すために山の中を走った。
出来るだけ人のいない場所を探して走ったが、最終的にはマリと戦った木が生えていない場所を選んだ。
怪物の攻撃をかわしやすく、怪物の武器となるものもない絶好の場所だと思う。
その場所を目指して走ったが、いかんせんリョウに連れられてきた場所だし一度来た道を瞬時に記憶する能力は俺にはない。
そうして、自信のない記憶を頼りに走り回っていると、いつのまにか小さな丘を登っていたらしく、俺の体は空中に投げ出された。
「っ……!」
なんとか体制を整えて着地をする。
すると、眼前には俺が探していた木のない平地があった。
しかしあったのは平地だけではない。いや、あったというよりいた。
そこには、昨日俺に勝負を挑み、連続してスタンプを加えた少女――マリがいた。
痛みのないはずの右腕がまた疼き始めたような気がした。
「マリ……どうしてここに?」
「そういう君こそ、たしか……」
「アキレアだ」
「そうか、アキレア早くここから去った方がいいよ。もうすぐここは戦場になる」
「戦場だって、どういう意味だ?」
俺が尋ねるが、マリは質問に答えずただ自分の用件だけを淡々と告げた。
「私とまともに戦ったのだから、ある程度は動けるのかもしれないけれど、今から相手をする奴はそんな程度でどうにかなる奴じゃない」
「何が言いたいんだ?」
「今から怪物と戦う、と言えばわかりやすいかな?」
「え?」
驚嘆した。怪物と戦うだって?
そんなことが普通の人にできるわけがない。それにどうして戦う相手が怪物だとはっきり言えるんだ。
俺の思考はまとまりがつかなくなった。
俺がしようとしていたことをマリもしていたという事もそうだが、それ以上にマリが怪物と戦うことを当たり前のように言っていることにだ。
そして俺の考えは一つの答えを導き出した。
いや、しかしそんなはずはない。
だって、あれはきっと俺だけの特別なもののはずで、他の人間が持っているはずがないのだ。
脳内でどれだけ否定しようと、俺の思考は必ず一つの答えに辿り着く。あるはずもないのに、どうしてもそれしか考えられない。
「お前も、俺と同じ
そう言った途端に耳をつんざくような音が聞こえた。
鉄の弦を張ったヴァイオリンをノコギリで弾くようなアイツの風切り音が。
そして、俺は眼前の事実に驚いた。
いや、驚いたというのはおかしい。俺はある程度の予想をしていた。だからこそ、俺が感じたのは驚愕ではなく、安堵だったのだろう。
俺が見つめていた、マリの瞳が青々と光っていた。
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