第16話 感情――怒り

「お前も、俺と同じ体質ちからを持っている……のか?」


 そう言った途端に耳をつんざくような音が聞こえた。

 鉄の弦を張ったヴァイオリンをノコギリで弾くようなアイツの風切り音が。


 そして、俺は眼前の事実に驚いた。

 いや、驚いたというのはおかしい。俺はある程度の予想をしていた。だからこそ、俺が感じたのは驚愕ではなく、安堵だったのだろう。

 俺が見つめていた、マリの瞳が青々と光っていた。


 そして、同じように俺を見つめていたマリも俺の青く光る眼を見て驚いたようだ。


「どうして、君も……」


 そんな風に驚いていたマリだったが、怪物が降り立った衝撃で我にかえる。


 怪物はちょうど俺とマリの間に降り、二人の標的を交互に見ている。


 その仕草は餌場に降り立った獣がどちらを先に食すかを決めかねているようだった。

 そして、怪物が下した判断は、俺を先に倒すことだった。


 怪物はまず俺に向かって突進を仕掛けてきた。

 単調すぎるその行動を横向きに走って大きく回避する。


 怪物はまたもや突進をし、俺はまた回避。

 そんな行動が数回行われた頃、怪物は突進によって俺を捕まえることを諦めたようで、今度は足を屈めて体を小さくする。


 一度見たその姿に全身が寒気立つ。あの攻撃だ。

 怪物は脚を折りたたんだことによって膨れ上がった太ももの筋肉を解き放ち、俺に向かって高速で飛びかかる。


 一度予習をしていたおかげで、その攻撃を少し余裕を持って躱すことができたが、怪物との距離は縮まる。

 怪物が腕を振り上げ、俺を殴りつけようとする。


 しかし、その行動はマリによって中止にされた。

 俺と怪物との行動を見ていたマリは、ようやく怪物の動きが止まったことを好機だと考え、腰に携えていた刀を怪物に向かって斬りつけた。


 普通の刃なら刃を通さないはずの怪物の表皮だったが、マリが振るった刀はそんな怪物の表皮を切り刻んでゆく。


 怪物の表皮を切ることができる刃など中々存在しない。きっと、マリの刀はかなり洗礼されているのだろう。


 しかし、俺は不安に思った。

 あんな風に怪物に向かっていっては、必ず怪物の狙いはマリに向いてしまう。それに、怪物に攻撃をするということは、怪物に近づくということ。そんなことをしていては、怪物の攻撃を喰らってしまうのは目に見えている。


 そんな俺の不安は的中し、案の定怪物はマリを振り払うように、回転しながら腕を振り回した。


 しかし、マリは俺との戦いで見せたような身軽さを持って怪物のもとから素早く離れる。


 だが、怪物の標的は俺のままのようで、また俺に向かってきた。

 そして、今度は俺の数歩前で(数歩とはいえ、怪物の数歩は人間の十歩程だ)立ち止まると、大きく跳躍してカエルのように俺にのしかかろうとする。


 それをバックステップを踏むことで回避するが、怪物が全体重をかけて降り立った衝撃で小規模地震が起こり、体の自由を少しの間奪う。


 その間に怪物は腕を大きく振り上げていた。

 刹那、怪物は全力で、腕を投げ出すように俺に向けて振りかざす。


 ひどく不恰好だが、慌てて後ろに下がりその拳を回避する。


 全力を持って繰り出された拳は怪物でも制御ができないようで、怪物の体が大きくぐらついた。

 そしてそのチャンスを見逃さず、またもやマリは怪物に刀を繰り出す。


「グォォォォァァァアッッ!」


 その連続した斬撃にさすがの怪物も身をたじろかせる。その体からは血が滴っている。


「さぁ、今のうちに速く! できるだけ多く!」


 そう言うマリだったが、俺はマリの言っていることが理解できずに、とにかく後ろに下がった。


 できるだけ多く?

 どういう意味だろう。


 そう思い、マリを見上げたがマリは俺を見て驚いていた様子だった。


「なっ!? どうして……」


 しかし驚いていたのは一瞬だけで、マリは怪物からの攻撃に備えるため、すぐにその場から離れた。


 自由を取り戻した怪物は、今度はマリに照準を合わせたようで、マリに向かって悠然と近づくと、目の前で立ち止まり、殴りつけようとした。


 しかし、そんな単調な攻撃はマリにかすりもせずにマリは最低限の動きで回避する。


 そして一転、マリは怪物の腕を土台に怪物の体へと登り始める。


 怪物の肩で立ったマリは、そのままそこから小さく跳び、怪物の体を駆け巡る。

 その際、同時に刀で怪物を切りつけていたようで、怪物の脚から腕から背中から首から血が噴き出した。


 そしてできた大きな隙を、満足するようにしてこちらを窺ったマリだったが、立ち尽くす俺を見て今度は軽蔑するような眼差しを向け、舌打ちをした。


「……どうしてっ!」

「グオォォォォォォォォォォォォッ!」


 全身を切り刻まれた怪物は明らかに怒りを露わにして、マリの方を向き直る。


 まだ血が噴き出しているのにも関わらず、怪物はマリに向かって今度は隙ができないように素早いパンチを繰り出した。


 それにはさすがのマリも身を引いて、反撃をすることはなかった。


 しかし、その代わりと言わんばかりに、マリは懐から小刀を取り出し、怪物の眼球目掛けて投げつけた。


 怪物は表皮こそはとてつもなく硬いが、体の全てが硬質なわけではない。掌や首回り、膝の裏などと、特定の部位だけだが他と比べると比較的柔らかな部分も存在する。その一つが眼球だった。


 しかし、怪物の眼球に向けて正確に小刀を投げることは決して容易な事ではないはずだ。

 それをやってのけるという事は、やはりマリは日頃から俺と同じ様に怪物を相手にしているという事なのだろう。


 投げつけられた小刀は見事に怪物の右目に直撃し、怪物もその目を抑えている。


 その隙にマリはまたも怪物の見えない、右側に移動してまたも怪物の柔らかな部位である膝裏を右脚、そして左脚にかけて刃を突き立てながら走った。

 膝裏の筋肉をそぎ落とされた怪物はその場に膝をつく。


「グゥゥァァガァァァァァァッ!」


 しかし怪物は目に刺さったままの小刀も膝裏の筋肉が断裂したことも気にせず、ただただ怒りを爆発させていた。

 マリはというと、またこちらを一瞥したが、今度はもう無表情ですぐに怪物に意識を転化させた。


 マリがさらに追撃をかけようとして怪物に向かって行った瞬間。怪物は膝をついたまま翼だけをはばたかせて空に舞い上がった。


 マリの渾身の踏切り斬りは虚しく空を切る形になった。

 そして空中に逃れた怪物はすぐに見えなくなってしまった。

 しかし、怪物が来た時ほどの勢いの風切り音が聞こえてこない。マリはそれほどまでに怪物に痛手を負わせたということなのだろう。


 勝ってしまった。あの怪物に俺たちは勝ってしまったのだ。二人がかりで、しかも倒したわけではないが、それほどに今は気分が高揚している。


 怪物が去ったことを確認したマリは刀を鞘に納めると、こちらを見て歩み寄ってきた。


「マリ……お前は俺と同じ力を持っているのか?」


 先程言いそびれた言葉を繰り返す。

 きっとその声は震えていただろうと思う。なにせ一人で怪物に痛手を負わせたのだ、八分の高揚と二分の恐怖がそんな入り混じった感情だ。

 俺はマリに少しの恐怖を感じた。


「そんなことはどうでもいい」


 しかし、返ってきたマリの言葉はどこまでも素っ気なく、吐き捨てるようだった。

 そして、マリは俺のすぐ近くまで寄ると、堂々と俺を睨みつけた。


「どういうことだ」

「どうって……何が?」


 俺のその一言にマリはさらに怒りを覚えたようで、口調は荒くなり、睨みつける目にさらに力が入る。


「どうして怪物に攻撃しなかったと聞いているんだ! いつでも隙はあっただろう!」

「それは……」

「お前が私と似たような体質を持っているのは分かった。ならお前はいつもああやって逃げ回って来たって言うのか!」

「……!」


 そこでようやくマリの言いたいことが分かった。

 つまり、俺が怪物にやられっぱなしで反撃しない事に怒っているのだ。

 だけど、だけどそれは。


「だけど仕方ないだろ、あんなの反撃しに行ったら返り討ちにあうのが目に見えている」

「仕方ない⁉ 仕方ないなんて言葉で済ませてたまるかよ。だったらお前は悔しくないのか? 何度も何度もやられて、逃げ回っていてもどうせ全てを避けれるわけじゃない。そんな中でお前は一度もやり返してやろうって思わなかったのか!」

「思ったよ、思ったけど無理なんだよ、俺たち人間には!」

 俯きながら言い訳のように吐いたその言葉を、マリは心から、忌み嫌うように鼻で笑った。


「ハッ、無理だって勝手に自分で決めてんじゃねえよ! 確かにあいつらに反撃するのは難しいよ、だからってそれは諦めていい理由にはならない。いつかあいつらを倒さなきゃずっと続くんだよ!」

「…………」

 

 だんだんと荒くなっていく口調に気づくことなく、マリは続けた。


「私は自分のこの体質を知った時は心底自分を嫌に感じたよ。だけど思った。これは私にしかできないんだって、私が生きているうちにしなくちゃいけないことなんだって、そうしないと自分が生きてるっていう証明にならないだろうが!」


 正論だ。マリが言っていることはどこまでも正しくて的を得ている。

 だからこそ、俺はここで怒りを抑えることができなかった。


「たしかにそれは正しいな、でもそれは、綺麗事だ。結局人間がどれだけ頑張ったって怪物って言う人間を超越した存在に歯向かう事は無理なんだよ!」


 しかし、この言葉でマリさえも怒りが頂点に達した。


「だから――」


 言いながら、マリは俺の胸ぐらを掴み、強引に引き寄せる。

 マリと俺の間にあった身長差を一瞬で覆し、噛みつくような鋭い眼差しとともに、怒気を最大限含んだ語調で叫んだ。


「――だから、無理とか勝手に言ってんじゃねえ! 何が無理なんだよ! まだお前は何もしてねえだろうが! 私も同じだ、まだ何もできてない。だって私もお前もまだ死んでないからな! 無理とか限界とかそういうのは、自分が死んでから決めやがれ、まだ生きてるのに死んだみたいなこと言ってんじゃねえよ!」


 マリの語調に充てられつい俺もカッとなってしまった。しかしそれに気づいた時には俺はもう言葉を発してしまっていた。


「けど、そうは言ったって気合で何とかできる相手じゃないだろ! さっきだって俺がいて意識が分散されたから、あそこまで戦えた。俺たちみたいに一人で戦ってる奴らには限界があんだよ!」

「別にお前はいいよ、それで構わない! どこまでもそうやって負け犬の思考を引きずっていればいいさ、だけど――」


 そう言って、マリはふっと深呼吸をしてまた言い直した。


「――だけど、他の奴らはどうするんだよ私たちは仕方ないから戦う力を手に入れた。けどそんな力を持っていない人たちはどうするんだ! 私たちが守るしかないだろ!」

 不意に、何故かフリージアの顔が浮かんだ。

 どうしてなのかは分からない、いやきっと正確にはフリージアだけではない筈だ。フリージアと同じ国に住む人たち。


 ふと、フリージアがこの前言っていたことを思い出した。

――アキレアさんって優しいですよね。

――一般の人に危害が加わらないようにしているんねしょう?


 そうだった、そのはずだったろ。

 俺がやるしかないから、護っていたはずだったんじゃないのか?


 だけど、だけどそんなこと。

 そんなこと――ずっと知っている。

 そんなこと――最初から分かってる。

 そんなこと――言われる前から気付いていた。

 そんなこと――はじめは俺だって思っていたことだ。

 そんなこと――正しくて、それが出来ればいいんだって憧れていた。

 そんなこと――ただのきれいごとでしか無くて、俺みたいな奴にはできないんだ。

 そんなこと――お前みたいに強い奴にしか言えないようなことなだって自分で気づけよ。

 そんなこと――全員が全員お前みたいに前向きになんでも生きていけるわけじゃないんだよ。


 そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと。



「――そんなことは、とっくの昔っからわかってんだよ! 自分しかできる人間がいないって、他の奴になすりつけることもできなくて、他の誰かにすがりつくこともできなくて、頼れるのは自分自身で自分一人で何とかしなくちゃいけない。そんなこと、お前に言われなくたって気付いてる!」


 気づかない間に感情のままに言葉を放っていた。マリに掴まれた胸ぐらを掴み返し、勢いよく振り回していた。

 しかし、小柄なはずのマリの体はずっしりと重たく、ぴくりとも動く気配が見えなかった。


「けど、やっぱり無理なんだよ。体に染みついちまった鈍い感覚はもうとれやしないんだ。どれだけ人に期待されても、すごいって褒められたとしても、俺にはもう戦う事はできないんだよ! 俺は……もう戦う事を放棄したんだ!」


 すべてを言いきり、荒げた呼吸を整えようとする。


 その時、奥の茂みからガサガサと音が聞こえた。

 反射的に見ると、そこにはフリージアが呆然と立ち尽くしていた。


「フリージア……」


 俺が声をかけるも、フリージアは踵を返して駆けていった。


「あっ……」


 伸ばした俺の手は虚しく空を切る。

 マリの胸ぐらを掴む手を無理やり放して、フリージアの後を追う。


「ハア……ハア……」


 呼吸が荒い、先程叫んだ名残がまだ抜けないらしい。

 それに頭も回らない。もう、何を考えているのか、自分でもわからない。


 きっと今考えていることなんて、明日になったら記憶の片隅にも残らないだろう。


 フリージアはいつからいたのだろうか、どこから聞かれていたのだろうか、もし、フリージアに追いついてフリージアに幻滅され、軽蔑されていたらどうしたらいいんだ。そんなことになったら、俺はもう、何に頼って、何を思って、何を想って生きていけばいいんだよ。


「ハッ」


 そんな自分の考えを思い返して笑みがこぼれる。

 今の言葉のどこにフリージアがいるんだろうか、結局は自分の為だ。


 自分が傷つきたくないから他人にすがろうとしている。


 俺は弱い。

 山を駆け下り、道を抜けて港でようやくフリージアを見つけた。

 フリージアは船着き場にある。小さな船の前で立っていた。


「フリージア」


 俺が呼ぶと、フリージアは振り返り、笑顔を見せた。


「アキレアさん。そろそろ帰りましょうか?」

「え……」

「だって、もう目的の場所にはつきましたし、この街も一通り見ることはできました。そろそろ帰りましょう」

「ああ……」


 いつも通りの笑顔で何もなかったように接してくれるフリージアの行動はとても嬉しかった。だけど違うんだよフリージア。俺が言ってほしかった言葉は。


 俺がしてほしかったことはそうじゃない。

 知らないふりなんて、見て見ぬふりなんてしてほしくない。しっかりと見て、聞いたものを受け止めてほしかった。

 そしてその上で理解してほしかったんだ。「大丈夫」だって、「私がそばにいる」ってそう言ってほしかった。


「……ああ、結局また自分のことじゃねえか」

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